105 帝国の情報収集
きたるべき帝国との戦いに備え、情報を得るべく帝国の上位層への接触を試みる。
上位層と言っても占領地の地方都市管理担当クラスだから、帝国全体で見れば中級。下手したら下級役人レベルかもしれないけど、それでも中央と連絡を取っているだろうから、それなりの情報は持っているはずだ。
そう期待して、俺とシーラはなじみの商会員さんが支店長をやっている、南東の街へと向かう。
中下級の役人とはいえ、先代皇帝や伯爵令嬢である俺やシーラの顔を知っている可能性は皆無ではないので、俺達は直接接触しない。
顔を出せないクレアさんや、帝国への恨みが強すぎるクレアさんの実家商会の人達もこの仕事には適さないので、付き合いのある商会にお願いするしかないのだ。
……という事でアルパの街から馬で四日ほどの街に到着し、そこで支店長をやっているなじみの店員さんに会いに行く。
商会に顔を出すと、新規開店の支店だけあって忙しそう……な様子は特になく。むしろガランとしていて暇そうだった。
応対に出てくれた店員さんに店長に会いたいと告げると、すぐになじみの店員さん改め、支店長さんが姿を見せた。……ホントにすぐだったけど、暇なのだろうか?
軽く挨拶をして状況を訊いてみると、『いやー、参りました。どこの街も似たようなものかと思っていましたが、アルパは景気がいい方だったんですね』と、苦笑いだ。
どうやら支店経営は上手くいっていないみたいだけど、話によると商会としてはまだ情勢が不安定な今のうちに影響力を広げておいて、将来の成長を見込む方針らしい。
なので多少の赤字は覚悟の上での出店。そしてそんな強気の経営ができるのは、俺が大量に卸している塩の売り上げがあるおかげらしい。
俺にとっても商会のネットワークが拡大するのはありがたい事なので、ぜひ頑張って欲しい所だ。
そんな訳でその一助もかねて、テーブルにメープルシロップの瓶を三本並べる。
「新たに商おうとしている商品なのですが、ハチミツに似た甘味になります。試しに少し味見をどうぞ」
そう言って一つの栓を開け、中身をスプーンに一垂らしする。
「メープルシロップと言います。まずは一口どうぞ」
毒見を兼ねて俺も少し舐めて見せると、支店長さんも慎重にスプーンを口に運ぶ……そして、目を見開いた。
「これは――たしかにハチミツに似ていますが、より上品でさっぱりした、それでいて強い甘さですね。それに容器の作りもいい」
お、ガラス職人さんが作ってくれた小瓶は高評価なようでなによりだ。そしてメープルシロップ自体の評価も、クレアさんの見立てと同等の好感触である。
「ついてはアドバイスを頂きたいのですが、どう売るのがいいと思いますか? ちなみにあまり沢山は用意できません」
「でしたら当然、相手を金持ちや有力者に絞るべきですね。
広く客を取ってなるべく高値で売る方法もありますが、これは珍しい品ですしご婦人に人気が出るでしょうから、取り入るのに使う方法もあります。
あるいは特定の相手に専売する事で友好関係を築き、他の商売に繋げる選択肢も。
どちらも今回の利益としては少なくなりますが、将来的にはより多くの利益を見込めると思います」
なるほど……俺が欲しいのはお金よりも情報なんだけど、取り入る方が有効だろうか?
「特定の相手を選ぶ場合は一人だけになりますか?」
「商品の数によりますが、複数に卸す選択肢も取り得ます。ただし、一か所に専売する場合に比べて関係が希薄になってしまうのは間違いありません」
一人と特別強い関係を築く必要は……特にないよね。
「分かりました、では複数箇所に卸す方法を採りたいと思うのですが、こちらの商会で販売を代行して頂けませんか?
取り入るで思いついたのですが、実はもう一つ本命の商品があるのです。それを上手く売る事ができればおしゃる将来の大きな利益になると思うので、そのための情報が欲しいのです。
メープルシロップの売り上げは……そうですね、そちら7のこちら3でいいですから、代わりに情報を集めて頂けませんか?
メープルシロップの顧客になるような客層と、その周辺の情報を。どんな事でもいいですから、なるべく多くお願いしたいです。商品は、年内に80本くらい供給できると思います。
あと、俺が個人的に献上品に使うかもしれませんから、完全に専売契約とかはやめて頂けると助かります」
本当は帝国の情報。中でも政治や軍事の情報が知りたいけど、そこを指定してしまうと思いっきり不審人物だから、あえて範囲を広く取る。
今この辺りで高価なメープルシロップを買えるのなんて、帝国の関係者か、関係者と太いパイプを持っている人くらいだろうから、これでもそこそこの情報が入るだろう。
俺の提案に支店長は……疑わしげな視線を向けてくる。
うんまぁ、気持ちは分かるよ……。
「7対3はさすがにこちらに有利過ぎませんか? 盗品を疑う場合以外仕入れ先を訊かないのが商人の礼儀ですが、これほどの品安くはないでしょう?」
……どうなのだろう? 瓶は自給自足ができるようになったし、メープルシロップは季節限定だけど、採取の手間はそれほどでもなかった。
煮詰める作業は塩作りの片手間でできたし、燃料も白い石油から調達している。ここまでの輸送はそれなりに手間ではあるけど……原価どのくらいだろう?
思わず計算しそうになったが、今はそんな場合ではないと気付いて意識を引き戻す。
「確かに安くはありませんが、ギリギリ赤字にはならないと思う金額です。本命の商品は別にありますから、それを売るための事前準備。情報収集と人脈作りを今回の目的にしようと思います」
本当は本命商品なんてなくて情報が本命だけど、これでなんとか納得してくれないだろうか……うん、渋い表情だね。
「大量の塩をどこからともなく調達してくるアルサル殿の事です、商品についてはもうこれ以上訊きませんが、当商会で売るのなら品質は確認したい所です。
特に身分の高い方に売るとなれば、なにか問題が起きたら商会ごと吹き飛びかねませんから……」
――なんだろう、微妙な表情だ? ……これはもしかして、毒入りで暗殺とかを警戒しているのだろうか?
「それなら、樽に入った中身と小瓶を別々で提供して、そちらで瓶詰めしてもらうという事でどうでしょうか? それならなにか変な物が混入する心配もなく、品質が保てるでしょう」
そう口にすると、支店長は慌てた様子で頭を下げた。
「お気を悪くしないでください。……私がまだ新人だった頃に、当時街で一番大きかった商会が領主様にハチミツを献上し、それを食べた領主様のご子息が死んでしまうという事件があって、それで商会が取り潰しになったのを思い出しただけなのです」
あー……子供にハチミツはなんか聞いた事あるな。乳児ボツリヌス症だったかな? 赤ちゃんに食べさせるのはダメだった気がする。
「その案件は、子供が赤子だったのではありませんか? 赤子にハチミツは毒だと聞いた事があります」
「――本当ですか? 確かに領主様のご子息は当時産まれてまだ半年ほどでしたが……」
「全員にあまねく起きる事態ではありませんが、危険のある行為なので慎むべきと、私の知識ではそうなっています。あ、ちなみにメープルシロップにも危険があるので、赤ちゃんには食べさせないようにしてください」
「……わかりました、よく覚えておきます」
「はい……それで、情報収集と販売依頼は受けて頂けるでしょうか?」
「もちろんです。商品を預けてもらえるほど信用して頂けるのなら、こちらとしてもそれにお応えしない訳にはいきません」
「それは助かります。では人脈作りと情報収集、よろしくお願いしますね。とりあえず今あるのはこの三本だけで、残りは半月後以降順次運び込む形になると思います」
「承知しました」
「はい、ではよろしくお願いしますね」
そんな感じで話をまとめ、俺は瓶とメープルシロップを取りに、一旦中洲の拠点経由で北の拠点まで戻るのだった……。
帝国暦165年8月19日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・3582万ダルナ(-5万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2611万ダルナ@月末清算(現在7月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×57
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(部下・中州の拠点管理担当 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)
ガラス職人(協力者・帝国暦166年6月分まで給料前払い)