プロローグ「夜が白み始める前に」
―人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかである。―
月の光も届かないような深い深緑。
全く整備されていない道の真ん中で、誰かの話す声が森の擦れる音に混じって聞こえてくる。
「…そしたらさ。もし、今この場に旅の行く末を教えてくれる人物が現れたら、リゼはなんて言って欲しい?」
硬い地面に設置された寝袋に横たわりながらリゼと呼ばれた少女は答える。
「はっきり言って欲しいかな。この旅は、きっとあなたには耐えられないだろうね…って」
どうして?と聞き返す声に向かって少女は静かに語り出す。
「きっとその言葉の方が下手な励ましより真実に近いから、かな…。この旅は、いや人生っていうのは。毎日毎日が楽しくて苦しいことがない、なんて事は絶対になくて。それはきっと耐え難いようなもので、辛いことや、苦しいことが幾度となくやってくるものなんだ」
決して寝心地の良さそうではない寝床の上、少女は地面から伝わる冷たさに何一つ文句無さそうに体を少し持ち上げると、そばに置いてあったランタンに体を向ける。
「だからこそね、エノ。人生にも旅路にも、寄り添ってくれる相棒が必要なんだよ」
誰もいないところに向かって、少女はそう優しく語りかけた。
すると、エノと呼ばれたランタンの中の”炎”はゆらゆらと揺れながら、少女の顔を見つめるように照らす。
少女はそれから何も言わずに、目にかかる伸ばしっぱなしの黒髪を、視界の邪魔にならない位置まで戻すと、優しいオレンジ色の灯りに眩しそうに目を細めた。
数秒見つめあった後、少女は体を仰向けに戻すと、袖に置いておいたキャスケット帽を顔の上にのせ、ランタンから漏れる視線を遮断する。
「そろそろ寝るよ、明日は夜明けとともに出発ね」
「了解、おやすみ、リゼ」
二人の声が森にのみ込まれると、深い新緑の中では木々の擦れる音と暗闇にうかぶランタンの灯だけが、いつまでも静かにゆらめいていた。