模擬戦
俺の冒険者登録試験は、カルディラの闘技場で行われることになった。
闘技場はテニスコートほどの広さで、足元は砂地、ところどころに身を隠す板が遮蔽物として置かれている。
俺の得物は本来、飛び道具であり、ペルカは模擬戦用の矢尻を使えば、弓やボウガンを装備しても良いと言うのだが、さすがに銃器を持ち込むわけにいかないので、木刀の短剣を用意してもらった。
「それにしても冒険者登録の模擬戦なのに、やけに立会人が多くないか?」
「観客席にいるほとんどは、村人なのです。これから冒険者になるススゥムに、どれほどの実力があるのか見に来ているのでしょう」
「見世物ってわけか」
「闘技場での模擬戦は、ギルドの収入にもなっています」
闘技場では普段、賭けの対象として冒険者同士が模擬戦を繰り広げており、村人の娯楽となっているらしい。
「今日のエキシビションマッチは、酒場のペルカちゃんが迷いの森で見つけた男が、ビレッジガーディアンのザンザさんと戦うんだってさ」
「ザンザさんを相手に、素人が勝てるわけがない。今日は、賭けにならんな」
俺の相手は、ザンザのようだ。
ザンザはレベル45、本気の勝負なら俺に勝ち目がない。
「ススム、俺はレベル15までの能力しか解放しないから安心しろ」
後ろから現れたザンザは、俺の肩に手を置いた。
取得した能力は、その場に応じてレベル調整が可能であり、ザンザのレベル45は全ての能力を解放したときのレベルで、俺との模擬戦では、レベル15までしか発動しないと言う。
「レムちゃん、ススムに俺のレベルを判定魔法で開示してやれ」
闘技場の中央に立ったザンザは、水晶を手にしたレムに声を掛ける。
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ザンザ・ラフト(Lv15)
称号:ビレッジガーディアン
身体能力:肉体Lv10(基礎Lv1/腕力Lv3/逆力Lv3/素早さLv3)/五感Lv1
取得魔法:万能翻訳魔法Lv1※永続/痛み緩和Lv3MAX※永続
固有能力:なし
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ザンザの能力は、ペルカが確認して伝えてくれた。
「ザンザさんは、腕力、脚力、素早さの能力限界を三段階向上して、魔法は万能翻訳魔法、それに痛覚緩和をレベルMAXにしていますね」
「ザンザの身体能力が向上していると言われても、どれほど強化されているのか解らないから、聞いても意味がないな」
「ザンザさんは武器を装備していないので、殴り合いで勝負したいのでしょう」
ペルカの言うとおり、ザンザは両手にバンテージを巻き付けると、大きなボクシンググローブを嵌めた。
「ススムさんがギブアップしないで、ザンザさんに短剣を3度当てたら模擬戦を終了します」
レムが模擬戦のルールを説明すると、観客席の村人から賭け金を徴収するギルド職員が、オッズを公表した。
ザンザ・ラフト 1.7倍
東堂進 5.8倍
冒険者ギルドの連中は、オッズを見る限り、俺の負けを予想しているようだ。
「ススゥム、冒険者登録の試験は、試合内容で決まりますので、無理だと思ったらギブアップしてくださいね」
「なるほど、レベル15の冒険者に善戦すれば、負けたところで冒険者になれるんだな」
「はい。試験は、ススゥムの実力を確認するだけです」
「了解した」
俺が闘技場の中央に向かうと、両手に嵌めたボクシンググローブを叩き付けたザンザが、ファイティングポーズを決める。
「しかし俺を組み伏せたススムが、まさかレベル2の無能者だったとは、さすがに驚いたぜ」
「俺は、冒険者じゃないと言ったはずだ」
「おっと、俺は馬鹿にしたんじゃあないんだ。俺を組み伏せたときの動きが、能力限界を超えていないなら驚嘆に値するってことだ」
「ザンザだって、能力を使っていなかったんだろう?」
「俺だけが能力を発揮していたら、そいつは不公平だからな。しかし俺はあのとき、ススムと同じ条件なら勝てないと理解したし、実力も十分に把握した」
「では、どうして模擬戦を?」
レムが試合開始を告げると、ザンザが、間髪入れず右ストレートを繰り出したので、俺はバックステップで飛び退いた。
しかし俺の体はパンチの風圧に負けて、尻もちをつかされる。
腕力Lv3の威力は、ヘビー級ボクサーのパンチ力と同等以上に感じた。
「決まってるじゃねえか、俺だってペルカちゃんに良いところを見せたいんだよ!」
「やっぱり嫉妬なのかよ!」
ザンザは脇を締めると、足場の悪い砂地を物ともせずに距離を詰めてくる。
これも脚力Lv3の為せる技なのだろう。
上から振り下ろされる拳を警戒した俺は、横に倒れて転がったものの、ザンザは躊躇いなく俺を蹴り上げた。
「ぐはッ!」
ザンザはボクシンググローブを嵌めているが、これはボクシングの試合ではなく、実戦を模した戦闘である。
「どうしたススム、これで終わりじゃないよな?」
ザンザに蹴り上げられた俺は、空中で体勢を立て直して、地面に片膝ついてから立上がった。
「1タッチ!」
「なんだと!?」
レムの言葉に、ザンザが動揺している。
俺は横に転がりながら逆手に持ち替えた木刀で、ザンザの脚を斬りつけていた。
「あと2回当てれば、俺の勝ちだな」
「おのれ、俺の死角にナイフを隠したな」
「これが実戦なら、お前のフットワークは使い物にならないぞ」
「くッ」
まず敵の脚力を削いだ俺は、激情に駆られて突貫してきたザンザに、握っていた砂をぶつけて視界を封じる。
「目が!」
目に砂の入ったザンザが、顔を手で拭うので、俺は右腕を木刀で斬り上げた。
「2タッチ!」
レムの判定に、観客席の村人が落胆の声を上げる。
ほとんどの村人は、ビレッジガーディアンのザンザの勝ちに賭けていたのだろう。
「これでは、右ストレートも使えないな」
「痛覚緩和の永続魔法を発動しているんだから、実戦でも問題なく動けるぜ!」
これは模擬戦なので、実際に斬りつけていないのだから、ザンザは軽いフットワークで近付いて、容赦なく右ストレートを打ち抜いてくる。
「猪突猛進しか芸がないのか?」
「ススムッ、逃げるだけじゃあ勝てねえぞ!」
ザンザは、大きく飛び退った俺を挑発しているが、俺だって、ただ木刀をザンザに当てるだけなら、いくらでもやりようがある。
「3タッチ! ザンザさん、そこまでです」
「え?」
最後の一太刀は、逃げるときに投げつけておいた。
勝敗は、ザンザに木刀を3回当てれば良いのだから、そこで試合終了となる最後の一回は、投げつけてポイントを取れば良い。
「レベルだけが戦闘力を測る指標じゃないと言ったのは、ザンザだったよな」
「ああ、俺の完敗だ」
試合の終わった俺とザンザは、お互いの健闘を称えて闘技場の中央で拳を合わせた。
「ふっ、さすが俺の親友だ。ススムなら、試験に合格するとわかっていたぜ」
ザンザは、肩を竦めながら負けを認めると、友情ごっこに浸っているが、やはり一方的にやられても、友情が芽生えるものなのだろうか。
「ビレッジガーディアン! 負けてもかっこいいぞ!」
「卑怯な真似で勝つなんて、ススムとかいう奴はきたねー野郎だな!」
「ススム、俺の金返せ!」
村人は地元のザンザが負けたことより、新参者の俺が勝ったことが面白くないようだ。
罵声の内容は理解できなくても、村人に向けられる冷たい視線を見れば、おおよそ何を言われているのか予想がつく。
観客席から罵声を浴びせられた俺は、番狂わせで勝った競馬馬の気分である。
評価よりブクマが欲しいのです……
( ;∀;)〈マジでマジで