文化風習の違い
頬を照らす朝日を感じて目を覚ました俺は、隣で寝ていたペルカの寝顔を見ている。
ペルカの年頃は十代半ば、一つ布団で無防備な寝姿を晒して少女だが、一回り年が違うせいか、とくに劣情を掻き立てられなかった。
「しかし初対面の男と、同じベッドで寝るものかね」
よく考えてみれば、冒険者ギルドに所属する冒険者のために用意されている部屋なのだから、ここはペルカの部屋であり、このベッドは彼女のものである。
ベッドから起き上がった俺は、軍服に着替えると、まだ寝ているペルカを揺すって起こした。
「おはようございます」
「起こしてくれたら、俺は床で寝た」
「床は硬いし、冒険者の私は、誰と一緒に寝ても気にしませんから」
「そうか」
エクスフィアの女性は、貞操観念が低いのか、それともジェンダーフリーの思想が進んでいるのか。
長期のクエストでは、狭いテントで男女問わず冒険者が雑魚寝するというのだから、たぶん後者なのだろう。
「よっこらせ」
と、掛け声とともに掛け布団から抜け出したペルカは、一糸まとわぬ全裸だったので、もしかすると前者なのかもしれない。
「なんで裸で寝ているんだ?」
「え、寝るときは、裸に決まっているではないですか? ススゥムこそ、なんで服を着たまま寝ていたんですか?」
ペルカは、服のまま湯船に浸かる人はいませんよ、と言った風に、服のままベッドで寝る人はいませんよ、と言い放った。
確かに服のまま風呂に入る奴はいないが、服のまま寝る奴はいるだろうと、言い返したかったものの、これが文化風習の違いであれば、総合理解の観点から言葉を飲み込んだ。
南ア密林地帯に暮らす部族には、衣類を身に着ける習慣もなければ、そもそも衣類を見たこともない連中だっている。
ペルカが裸を見られることに羞恥心を感じないのは、裸で暮らす部族と同じ感覚なのであろう。
エクスフィアでは、寝るとき全裸であり、俺たちが風呂に入るとき、服を脱ぐのと同じくらい常識だとしても、朝から刺激が強すぎる。
「さすがに目のやり場に困るから、すぐに服を着てくれ」
「女の子の裸を直視できないなんて、もしかしてススゥムは−−」
「もしかして何だよ?」
「ホモ?」
どーしてそうなるッ!?
「俺に男色の趣味はない」
「でも私と一緒に寝るのが嫌だったみたいだし、裸を見るのも避けてますよね?」
「べ、べつに嫌ではない」
「嫌ではないなら、私のことは気にしないでください」
気になるだろうッ!
朝起きたらッ、全裸の少女と同衾していたんだぞ!
気になるだろうがッ、ボケナス!
「その……ペルカのことが嫌ではないからこそ、いろいろと問題があるんだ」
「え?」
「俺が男で、ペルカが女だからこそ、全裸で同衾して間違いがあったら、ペルカだって困るだろう」
「あ〜、そういう意味でしたか」
「そういう意味だよ」
どうやら俺の意図は、ペルカに伝わったらしい。
「エクスフィアでは婚前交渉すると、厳罰で死刑です」
「死刑!?」
「はい。ススゥムの世界では、どうなるのか知りませんが、婚前交渉は死刑なので気を付けてください」
「あ、はい」
「知らずにいたら危なかったですね」
危なかったのは、ペルカ自身のことか、それとも死刑になる俺のことか。
文化風習の違いについては、万能翻訳魔法を覚えたら、真っ先に調べる必要がありそうだ。
◇◆◇
服に着替えたペルカは、一階にある冒険者ギルドの職員に声を掛けて、俺の冒険者登録について手続きしてくれている。
「おい、葉っぱのお兄さん。ちょっと話があるんだが、顔を貸してくれねえか?」
いかつい顔の男が、椅子に腰掛けてペルカを待っている俺に話しかけてきた。
葉っぱのお兄さんとは、迷彩柄の軍服を着た俺のことだろう。
「要件があるなら、ここで聞く」
「てめえ見掛けない顔だが、どうしてギルド酒場のマスコットガールと一緒にいるんだ?」
「マスコットガール……、ああ、ペルカのことか」
「ペルカ? 恋人気取りで、みんなのマスコットガールのペルカちゃんを呼び捨てか! ペルカちゃんさんだろうが!」
口角泡を飛ばす男が、俺の胸倉に掴み掛かってきたので、後ろ手に捻り上げて床に倒すと、背中を膝で押さえつけた。
「や、やめてくれ!」
「自分から喧嘩を売ったくせに、情けない声を出すな。俺とペルカが一緒にいると、何か問題があるのか?」
「ペ、ペルカちゃんは、冒険者の憩いの場になっている酒場のアイドルなんだ。彼女を目当てに酒場に通う村人だって、大勢いるんだぜ」
俺は『嫉妬かよ』と、男の背中から退いて解放した。
「カルディラの守護神ザンザ様を瞬殺とは、葉っぱのお兄さん強いね」
「いや、お前が弱すぎるんだ」
「言ってくれるぜ」
男の名前はザンザ・ラフト、ペルカと同じギルドに所属する冒険者で、称号は『ビレッジガーディアン』だった。
「村の守護者? たいした称号じゃないな」
「あんたの称号は何だよ」
「俺の名前は進、まだドッグタグがないから称号は解らんが、村の守護者よりマシな称号を得るだろう」
「ススムは、俺を捻じ伏せるほど強いくせに、今まで冒険者登録してなかったのか」
ザンザは、俺に捻られた手首を撫でながら、向い合せの席に座った。
「腕は、大丈夫か?」
「俺の痛覚は、永続魔法で痛みに耐性があるし、治癒能力を上げたから心配いらねえよ。それにしても、本当にススムは強いな。ペルカちゃんが惚れたのも納得するぜ」
「ペルカとは、そんな関係ではないから安心しろ」
俺はザンザに迷いの森での出来事を話して、元の世界に戻るまで、ゴブリンから助けてやったペルカの世話になると説明した。
ザンザは俺の事情に納得すると、ペルカを独占しないように改めて忠告した。
「ススムの強さなら冒険者登録は、あっさり終わると思うぜ」
「ペルカは、試験があると言っていたが」
「試験が必要なのは、登録基準に満たない魔力の低い者だけだ。それに試験は、模擬戦で実力を確かめられるが、レベル45のザンザを倒したススムなら楽勝だ」
「レベル45? それは魔物を倒して能力限界の閾値を45回超えたという意味か?」
「その通りだ。ただし身体能力に特化して伸ばした者と、ひたすら魔法を覚えた者では、同じレベルでも強さの方向性が違う。俺のように身体能力の向上に重点を置いた戦士は、同じレベルの魔法使いとタイマン勝負なら負けやしない」
「なるほど、同じレベルでも魔力を振分け方で、一律の戦闘力になるとは限らない。ザンザの言うレベル45は、単純に相手から奪った魔力の量を測る基準なんだな」
ザンザは、バツ悪そうに後頭部を掻き上げた。
「カルディラ出身の俺は、クエストで遠征しないからよ。もう村周辺の魔物を討伐しても、得られる魔力が少なくてレベルアップは頭打ちなんだわ」
ザンザの称号『ビレッジガーディアン』は、生まれ育ったカルディラを守り続けた証であれば、小馬鹿にしたことを詫た。
「ザンザさん、ススゥムとお友達になったのですか?」
手続きを済ませたペルカが戻ってくると、ザンザはテーブルに身を乗り出して、俺の肩を強引に抱き寄せる。
「ペルカちゃん! そうなんだよ、俺とススムは親友になったんだ!」
「俺と、お前がいつ親友になった?」
「エクスフィアでは、昔から『拳を交えた者には友情が芽生える』と言われているんだぜ! だから俺とススムは親友さ!」
一方的にやられた場合にも、友情が芽生えるものなのか。
「そんなことより、冒険者登録はどうなった?」
「ススゥムは異世界から来たばかりで、魔力が登録基準を満たしているか解らないので、まずは魔力判定することになりました」
「魔力判定?」
「魔力判定は、判定魔法の使える冒険者にススゥムの魔力を調べてもらうのです」
「俺の魔力は、登録基準を上回っていると思うか?」
俺は、生粋の日本人である。
魔法が使えなければ、魔力が備わっていると思えない。
「ススゥムは魔力吸収しましたが、まだ能力に振分けていません。判定魔法では、その人の能力値を測定するので、現時点ではゼロかもしれないです」
「そもそもの身体能力は、判定魔法で測定できるんだろう?」
「でも魔力が登録基準値以下の場合は、模擬戦になるのですが、短剣でゴブリンを倒したススゥムなら合格間違いなし」
「わかった」
俺とペルカは、マスコットガールに愛想を振るザンザを残して、判定魔法の使える冒険者が待っている別室に向かった。
そしてペルカの予想通り、ゴブリンを倒して魔力吸収した俺だったが、全ての身体能力が能力限界Lv1の上限値でストップしており、登録基準に満たずに模擬戦で合否をつけることになる。
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