深夜の考察
ラファトを出発してから二日目の深夜。
俺たちを乗せた馬車は、深い森を抜けると、ドワーフ自治区ソンゴ村の入口がある大峡谷に差し掛かった。
ここは、既にソンゴの勢力圏である。
これより先の街道は、岩肌を侵食して大峡谷を作った川沿いに進むので、水棲魔物の襲撃に注意が必要だ。
「今夜の食料調達には、シノを連れていく」
「あたいは、足手まといになるだけだよ?」
俺は砂馬を休ませる時間を利用して、レベルの低いシノを、草地で寝静まっている魔物の狩猟に同伴することにした。
厨房勤務だったシノのスキルは、味覚と嗅覚に特化しており、魔物どころか、そこいらの一般人と戦っても勝てないだろう。
「シノは、護身用にレベルを上げておけ」
「あたいの仕事は給仕だし、べつに強くならなくて良いよぉ」
「では食材を自前で調達できれば、生きていくのに困らない。つべこべ言わずに、さっさと用意しろ」
「はーい」
シノは、しぶしぶ馬車の側面にあるトランクから洋弓銃を取り出すと、弦を引いて鉄矢をセットした。
馬車のトランクには、他にも太刀や大弓があったものの、非戦闘員のシノが武器を選ぶのなら、狙い定めてトリガーを引くだけの洋弓銃が向いている。
「狩猟経験は?」
「あたいは魔物の巣窟、魔界育ちだよ。子供の頃は、日がな一日魔物を狩っていたさ。主にスライ厶だったけどね」
「魔族にとって魔物は、狩猟対象にもなるのだな」
「当たり前でしょう」
犬や猫がペットでも、牛や豚は家畜であり、魔族に従う魔物だからといって、全ての魔物が庇護下にあるとは限らない。
では幼少期に狩猟経験があるシノが、なぜ狩りに誘われて乗り気ではないのか。
彼女の夢は、レストランの料理人として働くことだったので、魔力吸収して能力限界の閾値を超えたとき、調理系のスキルにばかり極フリした結果、現在のレベルで頭打ちになってしまったらしい。
高レベルになるほど、レベルアップするには、自分より格上の魔物を狩る必要があるのだから、肉体レベルにも魔力を振分ける必要があった。
シノは以前、『学がなくて計算できない』と言っていたが、自己評価として正しいのかもしれない。
「お兄ちゃん、うちらはどーすれば良いんすか?」
焚き火にあたっているミケーレが、狩りに出掛ける俺を呼び止めた。
「ミケーレとニウは、交代で周囲を警戒しながら仮眠していろ。俺たちが戻ったら、ソンゴに向けて出発する」
「わかったよ、お兄ちゃん」
しかし余談だが、ミケーレは当初、チンピラのような口調で『お兄ちゃんよぉ!』と、俺を呼んでいたが、今は韓流ドラマのヒロインのような口調で『お兄ちゃん』と、そのニュアンスが変化している。
万能翻訳魔法が発動しているので、口の動きと発声に微妙なズレがあり、それが余計にアテレコされたヒロインと重なる。
「ススム様、お気をつけてくださいね」
「ニウ、留守を頼んだぞ」
「はい、いってらっしゃいませ」
これも余談だが、3人の中で最も従順に振舞うニウは、いつか俺を『ご主人様』と、呼ぶような気がしてならない。
いいや、そのような目で俺がミケーレやニウを見ているから、深層心理が反映されて、そのように万能翻訳魔法が通訳しているに過ぎない。
きっとシノの一人称が『あたい』なのも、擦れっ枯らしの第一印象が影響しているのであろう。
「あたいは、今のところ欲しいスキルが、とくにないのよね」
シノは現状に満足しているようだが、カラド地方で生活するなら、それこそ万能翻訳魔法の取得が必須だ。
「シノは、俺の書いた宿帳が読めなかったよな。俺の万能翻訳魔法がなければ、この会話だって成立しないんだ」
「でも冒険者は、みんな万能翻訳魔法を覚えているから、冒険者相手の商売なら問題なくない?」
「ソンゴの公用語は、ドワーフ語らしい。シノが万能翻訳魔法を取得しなければ、生活していくのに不都合があるだろう」
「あ〜、確かに」
ある疑問が、脳裏に過る。
万能翻訳魔法は、その関係性において術者の深層心理が反映されて、言葉のニュアンスが変更される。
つまり術者の俺は、シノの印象から言回しを無意識に選択しているのだが、術者ではないシノには、俺の言回しが、どのように伝わっているのだろうか。
「ススムさんの言葉遣い? そうだな、ススムさんの言葉遣いは、オレ様系かな。下働きだったあたいは、そういう上から目線に免疫あるから気にならないけど、ニウちゃんと、ミケーレちゃんは、キュンキュンしちゃうかもね。あの子たちは、まだお子様だからさ」
「俺は、そんな言回ししていない」
「だって宿屋で『俺についてこい、後悔させない』って、言ってたよね? あのセリフで、二人ともイチコロだったのよ」
シノに聞いてみれば、俺の言回しは、オレ様系のドSセリフに聞こえるらしい。
困った。
術者ではないシノに、俺の言葉がオレ様系の言回しに聞こえる理由は、術者の俺が、オレ様系の言回しを選択して伝えていると言うことだ。
「シノには、やはり万能翻訳魔法を取得してもらう」
「まあ、そのつもりだけど」
ミケーレとニウが、俺の言回しを勝手に解釈してもらう分には構わないが、術者でないシノには、俺の深層心理が露骨に伝わってしまうらしい。
冷静沈着を売りにした俺が、じつは人を見下した俺様なんて思われるのは御免だ。
「パーティーを組まないの?」
シノは、魔物が寝転がっている草地に到着すると、パーティー契約を結ばないのかと聞いてきた。
狩猟前にお互いのドックタグを握り、パーティー契約を済ませば、俺が倒した魔物の魔力吸収をシノにも配分できる。
しかしパーティー契約による魔力吸収は、レベル差で配分されるために、レベルの低いシノに配分される魔力が目減りする。
「俺が獲物を弱らせるから、シノは洋弓銃で、とどめだけ刺せば良い」
「それじゃあさ、なんか横取りするみたいで申し訳ないよぉ」
「俺にとっては、街道沿いの雑魚から吸収できる魔力なんて微々たるものだ。今夜の狩猟で得る魔力は、シノに全部くれてやるよ」
「もしかして今夜の狩りは、あたいのレベルアップだけが目的で誘ってくれたの? あたいは、ススムさんから金銭を巻き上げようとした女なのに、どうしてそこまでしてくれるの?」
顔を覗き込んだシノには、俺が向けた優しさを理解できないようだ。
俺の目的は当面、ソンゴで装備を整えた後、ノルティと約束したカラド地方での反攻作戦に加勢して、迷いの森から原隊復帰することにある。
いつまでもシノの側にいてやれないのだから、俺がいなくなっても、魔族の三人がカラド地方で暮らしていける力を授けたい。
できるうちに、できることをしておく、それを怠って最善を尽くさなかった俺は、きっと後悔することになる。
「足手まといが困るだけだ」
シノは『ありがとう』と、視線を逸して頬を赤らめている。
他者から向けられる善意は、ときとして照れくさいものなのか、シノは火照った頬を手で仰ぎながら、俺を横目でチラチラ見ていた。
そういう態度がオレ様系なんだけど……
(・∀・)〈ブクマしても良いんだぜ!




