陰謀論
地中海のリゾート島コルシカ。
ポルト湾の奇岩群を望む丘の中腹には、俺が所属する外国人傭兵部隊が所有する別荘がある。
上官であるポール・デュポン少佐に招集された俺は、別荘の個室でスナイパーライフルMK−15を調整していた。
クリーニングロッドの先にフェルトを巻いて、組み上げたスナイパーライフルの銃身を除銅剤で清掃する。
銃器の手入れは、洗い矢で煤を払い、朔杖で弾を込めていた火縄銃の頃から、さして変わるものではなかった。
俺はMK−15の調整を手早く済ませると、ブリーフィングに備えてライフルケースに収める。
微妙な調整を必要とする超長距離射撃用のスナイパーライフルにとっては、コルシカ島の高温多湿、窓から吹き込む潮風が大敵だからだ。
「東堂准尉、部屋に入っても良いか」
「問題ない」
入室してきたデュポン少佐は、閉めていた窓を開け放つと、軍装の手入れを終えた俺の前にあった椅子に腰掛ける。
デュポン少佐の部下としての暗殺任務は、今回が初めてだった。
「東堂准尉が『魔弾のスナイパー』と呼ばれているのは、私も知っているのだが、ザダール将軍の暗殺任務では、GPS誘導を無効化する新型ECMが使用されるので、君の腕前を事前に確かめておきたくてね」
「射程2,000メートルの集弾性は、直径300ミリだ」
「GPSの支援なしで?」
「俺は、どんな状況下でも2,000メートル以内の標的を外したことがない」
デュポン少佐は『この距離なら?』と、窓から見えるポルト湾の灯台を指差したので、口角を上げて頷いた。
灯台までの距離が目測で1,500メートルならば、問題なくヘッドショットできる。
「その自信が本物なら、大したものだ」
「話は、それだけか?」
「いいや。東堂准尉には、ザダール将軍暗殺作戦の真意について知らせておきたい」
デュポン少佐は、ブリーフィング前に伝えることがあるらしい。
ザダール将軍は、南ア密林地帯に点在するゲリラ組織のカリスマ的な指導者であり、西側諸国でテロ行為を指揮する民族解放を掲げる独裁者だ。
多くの者は、独裁者一人を暗殺したところで、ゲリラ組織が壊滅するわけもなく、ましてテロ行為が止まるはずがないと考えるだろう。
しかしカリスマ指導者の死が、ゲリラ兵士やテロリストの士気低下に与える影響は大きく、その後の内紛、地域の紛争解決に結びつく事例は多い。
「ブリーフィング前に、わざわざ知らせる理由はなんだ?」
ザダール将軍暗殺計画は、同地域における紛争解決に繋がると聞いているのだが、真意が別にあるとは、どういう意味なのだろうか。
「日本人の君が、どうして外国人傭兵部隊に志願したのか。私は理由を知っていれば、今回の任務に招集させてもらった。ザダール将軍は数年前、同地域のゲリラ活動家として確認されるまで、その経歴の一切が不明だったが、どうやら紛争地帯だったサヘル地域で二十年前、MIA(作戦行動中行方不明)になった外国人傭兵が正体らしい」
「ザダール将軍は、俺の先輩だったのか?」
ゲリラ組織のリーダーであり、西側諸国に潜伏するテロリストの最高指導者ザダール将軍が、MIAの外国人傭兵ならば、国際的なスキャンダルである。
しかし腑に落ちないのは、スキャンダル隠しが真の目的だとしても、ザダール将軍の暗殺自体が紛争解決に繋がるならば、狙撃手の俺に特段聞かせる話ではない。
デュポン少佐が、俺の志願理由を知った上で、この話を聞かせているのならば、ザダール将軍の生死が志願理由に関係しているのだろう。
「ザダール将軍は、君と同じ志にあった」
「俺と同じ志?」
「第三世界の惨状を目の当たりにしたザダール将軍は、力無き正義の失望から銃を手にしている。東堂准尉も、サヘル地域の惨状を知って外国人傭兵に志願したのだろう?」
第三世界とは、東西冷戦下において東側、西側諸国のどちらにも所属しなかった国々のことである。
「ザダール将軍が第三世界に平和をもたらすために、外国人傭兵部隊に志願したのは理解できる。しかしザダール将軍が雑兵の立場を超えて、自ら紛争の火種になっているのはナンセンスだ」
俺の志願理由も似たようなものだが、ゲリラ組織のリーダーに寝返ったザダール将軍が、第三世界に理想国家を作るつもりだったのなら、対極にあると言って過言ではない。
一介の傭兵に過ぎなかったザダール将軍が東西冷戦下、紛争地域だったサヘル地域の現状を見て、俺と真逆の判断を下して同地域の治安維持を見限った。
ザダール将軍が誇大妄想の果てに、民族主義を掲げたゲリラ組織のリーダーに鞍替えしたのであれば、ただの夢想家であり、呆れて物が言えない。
「俺の志願理由は、もっと現実的だ。一人の人間が追い求められる夢には、領分がある。ザダール将軍は、自らの理想に謙虚であるべきだったと思う」
と、話を続けた俺は、ゲリラ組織に襲われたアサラの集落を見て、民族主義を掲げた独善的な人間が、同地域における安定を妨げていると言った。
俺の話に頷いたデュポン少佐が、手招きして声を潜める。
「東堂准尉は『人には領分がある』と言ったが、それが暗殺任務に従事する狙撃手を目指した理由か?」
「そうだ。独善的な指導者の死をもって、非武装の民間人を巻き込んだり、カリスマを盲信するゲリラ兵士やテロリストとの武力衝突が回避できる。無駄な血は、流す必要がない」
「東堂准尉が暗殺任務に従事している理由は、君の持てる力が一発の銃弾だったからだね」
「少佐の言うとおりかもしれないが、それが銃を手にした俺の領分ってやつだ」
傭兵が金で雇われた人殺しである以上、綺麗事を言うつもりはない。
俺の持てる力が一発の銃弾だったから、一発の銃弾を最大限に活かすために、狙撃手として人殺しの腕を磨いた。
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Assassination has the greatest effect on conflict resolution with minimal damage.
暗殺は紛争解決において、被害を最小限に最大限の効果をもたらす。
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悲劇を繰り返すサヘル地域の惨状を見過ごせず、人殺しに加担すると決めた俺には、自分に言い聞かせている言葉がある。
【この一発で世界を変える】
大義名分や主義主張ではなく、俺の放った一発の銃弾で、紛争地域の安定に寄与するのが領分だ。
「ザダール将軍が、もっと大きな力を手にしているなら−−、国を丸ごと破壊できる力を手にしているなら、その銃口を何処に向けると思う?」
デュポン少佐は、話の本題に入るようだ。
「ザダール将軍が、いくらカリスマ性のある指導者だとしても、西側諸国を標的としたテロリストやゲリラ組織のリーダーでしかない。彼の銃口は、常に俺たちに向けられている」
「まあ、そのとおりなのだが……。東堂准尉ならば、違う結論に至るかと思った」
デュポン少佐は、俺とザダール将軍が似ていると前振りしているのだから、国を破壊できる力を向ける矛先が、自分たちの結論と違うだろうと考えている。
しかし俺は、民族主義を鼓舞してゲリラ組織に決起を促すような夢想家でもなければ、軍を裏切ったザダール将軍と共通するところがない。
「情報分析官でもない俺に、ザダール将軍の考えが理解できるはずがないだろう。そもそも奴の手にした大きな力とは、いったいなんだ?」
「国を破壊できる力だ」
「話すと決めたのなら、歯切れが悪い言い方は止めろ」
デュポン少佐は『ここだけの話だ』と、俺に口止めする。
「ザダール将軍が手にするのは、国を破壊できる核兵器だ」
「ザダール将軍は、核兵器を手にしているのか!?」
「情報は錯綜しているが、その可能性も排除できない。既に現物を入手しており、起爆コードの取引が行われるとの情報があれば、核兵器自体の商談だとの情報もある。だから今回の任務は、ザダール将軍の暗殺により起こり得る事態を未然に防ぐことと、商談相手の身柄確保による核兵器市場の解明が目的だ」
デュポン少佐は、俺の顔を覗き込んでいた。
「改めて聞くが、東堂准尉がザダール将軍なら、手に入れた核兵器を何処で使用する?」
「俺に解るはずがない」
「では『真の第三世界』という言葉に聞き覚えがないか? 東西冷戦が終結した現在もなお、なぜかザダール将軍がゲリラ組織の将兵に語っている言葉だ。ザダール将軍は、大国のエゴに属さない真の第三世界があると言っている」
デュポン少佐の問い詰めるような言い草は、まるで俺が何かを隠していると、疑っているようだった。
上官の口ぶりは、サヘル地域のNPOスタッフだった俺が、同地域の民兵組織と内通しており、ザダール将軍とも繋がりがあると言いたげである。
「俺をスパイだと疑うのなら、今回の作戦に招集した意図はなんだ?」
「私は、東堂准尉をスパイだと疑ったことはない。サヘル地域にいた君なら、ザダール将軍について噂の一つでも知らないかと尋ねただけだ」
「ザダール将軍が軍を抜けたのが二十年前だとすれば、そんな男の話なんて噂にならない」
俺が、たまたまサヘル地域でNPOに従事していたから、ザダール将軍との関係を疑われたのならば、それはデュポン少佐の勘繰りが過ぎる。
「そうだな。今の話は、全て忘れてくれ」
今にして思えば、デュポン少佐の言い分には無理があった。
ザダール将軍がMIAになったのが二十年前であれば、それからの十五年間、将軍はエクスフィアに異世界転移しており、軍には足取りが掴めなかったはずだ。
そして俺がNPOスタッフを辞めたのは五年前、大学卒業と同時に渡米しているので、南ア密林地帯にザダール将軍がエクスフィアから帰還したとき、同地域にいなかったのである。
デュポン少佐たちが、異世界転移していたザダール将軍の消息を追ったところで、俺との接点が見つかるはずもない。
◇◆◇
ラファトを出発した俺たちは、陽光で赤く染まるシノたちの瞳の色が、すれ違う者にバレないように、夜間は、彼女たちに馬車を走らせるように頼んだ。
交雑種の魔族間で世代交代を重ねた彼女たちの瞳は、夜間であれば茶色に見えるので、行き交った馬車の御者に魔族と見破られないからだ。
「ススム様、あとはお願いします」
ニウは日が昇る頃、寝るために服を脱いで荷台に移ると、御者台を変わった俺に言った。
俺は女の裸に見慣れたらしく、ニウの向こうで寝ているシノやミケーレを見ても、全く動じなくなっている。
「ああ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
日中の移動は、夜通し操舵したニウたちと交代して俺が手綱を握る。
ソンゴまで4、5日間掛かる道程は、砂馬を休ませながら昼夜を問わず馬車を走らせることで、3日間に短縮できる予定だ。
「ザダール将軍が異世界転生していたと解った今、デュポン少佐の言葉の意味が変わってくる」
俺は、昨夜の夢を思い出して呟いた。
魔王軍との戦争で『エクスフィアの英雄』と呼ばれたザダール将軍が、大きな力を手に入れたなら、その銃口を何処に向けるのか。
ザダール将軍がゲリラ組織の将官に語っていた、大国のエゴに属さない真の第三世界とは、いったい何処にあったのか。
そう自問自答すれば、銃口は魔界に向けられており、真の第三世界はエクスフィアと言うことになりそうだ。
「問題は、軍がどこまで把握しているのか」
ザダール将軍の目的は、俺が異世界転移して知り得た事実にも関わらず、あのとき問い詰めてきたデュポン少佐は、この状況を予見していた。
そうでなければ二十年前に消えた傭兵が、俺と関わりがあるなんて、どうして考えつくものか。
つまり新型ECMによる異世界転生は、何者かに仕組まれている可能性があり、俺が暗殺作戦に招集されたことにも隠された理由がある。
俺は陰謀論者ではないが、そう考えれば辻褄が合う話だった。
東堂進の異世界転移は偶然じゃないらしい……
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