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軍事郵便

 シノたちが脱走に使用した馬車は、魔王軍の兵員輸送用の馬車であり、住処から持ち込んだ家財道具を詰め込んでも、十分な居住空間が確保できた。

 彼女たちの説明によると、馬車でオーク15体を輸送できるらしい。


「魔王軍は、魔界から馬車で兵員輸送しているのか?」


 俺は出掛ける準備を終えると、砂馬を荷台に繋いでいたニウに聞いた。

 

「私たちの魔界は、海の向こうだったので、海獣艦でカラド地方に上陸しました」


 海獣艦。

 人や物資を海上輸送できる大型魔物(ドラゴン)、そう認識できたものの、どんな船なのか絵面が浮かばない。


「魔界は、海の向こうにあるのか?」

「ホスピ海……、私たちは『魔海(まかい)』と呼んでいるのですが、その果てにある大陸が魔界です」

「魔界の海は、魔海なんだな」

「魔王軍が勝利したときは、全ての大陸が魔界であり、全ての海は魔海になります。魔王軍は、エクスフィア全土を魔界にするために戦っている。魔界では、そのように教育されました」


 胸に手を当てたニウは、少しだけ誇らしげに見える。

 魔王軍を脱走したとはいえ、魔界は、ニウの親兄弟や友人が暮らす故郷だ。

 もしや戦場を離脱するために脱走したものの、まだ魔王軍に心残りがあるのだろうか。


「ススム様」

「なんだ?」

「私はいつか、魔王の精神支配から魔族を解放してあげたいのです。そのために何ができるのか、私には解りませんが」


 魔界の話で郷愁に駆られても、魔王軍を抜け出した意味を見失っていないのなら、俺の杞憂に過ぎない。


「まずは、ニウたちが平穏に暮らすことだ。お前たちが魔界の外で暮らせるなら、他の魔族だってエクスフィアの人々と暮らしていける」

「そうですね」


 俺は御者台から降りて、改めて馬車を眺めた。

 外見は、ヒノとクリルの乗っていた幌馬車と似ており、大型弩砲など武装が確認できない。


「強奪した馬車が、上陸先から前線基地までの兵員輸送車だとしたら、保有数から機動部隊の戦力規模が計算できるな。地下要塞は、兵員輸送車を何台保有していた?」


 しかし外見こそ非武装に見えるが、荷台の内側が鉄板で補強されていたり、車輪の外側にスパイクが取り付けられていたり、ちょっとした装甲車のようである。

 それに下から見上げても解らないものの、幌を捲れば屋根に投石機(カタパルト)が設置されていたので、戦場では強襲にも使うつもりだろう。

 馬車1台当たりオーク15体なら、馬車2台で一個小隊規模の運用が可能である。


「任地の前線基地には、10台くらい配備されていましたが、上陸先に30台くらい迎えに来ていました」


 ニウが答えると、荷台の家財道具を整理していたシノが顔を出して、砂漠地帯に点在する地下要塞の行き来は、同型の馬車を利用しており、総数は解らないと教えてくれた。

 シノには、他にも地下要塞の位置や、兵力について質問したものの、調理場の給仕だった彼女の持っている情報が少なく、有益な情報は、提供していた一回の食事量が、約2,000食だったことくらいだった。


「砂漠の地下要塞は、何ヶ所建設している?」


 ニウとシノが首を傾げて顔を見合わせると、


「場所は知らねーけど、ンラ砂漠の基地は三ヶ所あるぜ」


 聞き耳を立てていたミケーレが、話に加わってきた。

 シノは給養員、ニウは衛生兵で、あまり戦線の状況を知らされていなかったらしい。

 しかしミケーレは、戦闘に特化した魔族の剣士であり、魔物のオークを操ることができれば、カラド地方攻略作戦で小隊長に着任予定だったので、ニウやシノより内部情報に通じていた。

 

「兵員輸送車は、各基地10台ずつ配備されているし、基地に配置される兵力も似たようなもんだ」

「ではニウが見た馬車、上陸先に迎えにきていたのが全車両なのか」

「うちの情報は、お兄ちゃんの役に立つ?」

「ああ、役に立つとも」


 頭を撫でようと手を伸ばしたが、ミケーレは顔を上げたので、顎下を撫でてやった。


「ミケーレちゃんだけ、ずるいです! 私の話だって、ススム様のお役に立っていますよ」


 ニウも顔を上げながら、俺に駆け寄ってきたので、顎下を撫でてやった。

 出遅れたシノは、両手が塞がっている俺を恨めしそうに見ている。


「一つの地下要塞に2,000人以上が駐留可能だとすると、王都エクスフィアの騎士団が、ンラ砂漠で挙兵しない限り勝ち目が薄いな」


 ガイドブックによれば、カルディラの人口が13,000人、ラファトが8,500人、ソンゴが5,600人。

 カラド地方以外からの出稼ぎ労働者を加えても、カラド地方全域の人口は、3万人余であり、モナコの人口にも満たないのだ。

 しかも俺の目算で戦力となる冒険者は、全体の数%3,000人未満、ほとんどの住民が戦力と呼べない一般人で、魔王軍の兵力6,000+大型魔物などが本気で攻めてくれば、持ち堪えるのが不可能だろう。


「カラド地方の戦力では、魔王軍に勝てないの?」


 シノは、不安な顔で聞いてきた。

 彼女たちは脱走兵であり、カラド地方が魔王軍に占領されれば、ここで生きていられない。


「航空支援があれば、話は別だが−−」


 俺は、言葉を飲み込んだ。

 狙撃により世界を救ってきた俺が、INS(慣性航法装置)ミサイルによる空爆に頼ろうとするなんて、歴然とした戦力差に弱気になっているようだ。

 しかし魔王軍の指揮系統は、魔王から悪魔、悪魔から魔族、魔族から魔物の上意下達であり、前線で戦う悪魔さえピンポイントに狙撃できれば勝機がある。


「ミケーレ、砂漠地帯の戦力を細大漏らさず報告してくれ」

「お兄ちゃんの命令なら、なんでも話すぜ!」


 ミケーレにカラド地方攻略作戦の詳細を聞けば、日程や戦略などの作戦内容は、直前まで開示されないが、現状の戦力に、海獣艦で海上輸送される戦力が加わること、砂の王の他、空の王者(スカイチャンピオン)という大型魔物と、スカイスカベンジャーという魔物が配備されるらしい。

 また地下要塞の指揮官は、それぞれ悪魔バラクバラーダ、サガサルーラ、ワグラワラダであり、地下要塞の名前にもなっているらしい。


「地下要塞バラクバラーダは今、魔族ソーシャが指揮官ということか」

「え?」

「悪魔バラクバラーダは、この俺が倒している」

「えーっ、お兄ちゃんが、執政官バラクバラーダを倒した!? バラクバラーダは、次期将軍候補で、カラド地方攻略作戦の最高指揮官なんすよ!?」

「そうなのか。ではバラクバラーダの狙撃は、良い時間稼ぎになったな」


 バラクバラーダは、執政官と呼ばれているのだから、魔王軍の高官だと思っていたが、自ら軍を率いていたなら、魔族には、文民統制の概念がないようだ。

 もっとも魔族の支配構造を考えれば、上位者の利権が軍事行政に偏るのが自明の理、魔族は魔王ギラマノイズによる独裁政治、統治者は軍事を司る悪魔、典型的な軍事政権ということだ。

 つまり頭さえ叩けば、瓦解する可能性が高い。

 狙撃手の活躍の場が、きっとあり、そこに防衛戦の光明を見い出せる。


「ススムさん、どちらに?」

「俺は、ラファトで手紙を出してくる」


 シノたちの情報は、タマーノ商会のヤハエに託して、ムゥハのノルティに届けることにした。

 俺がバラクバラーダを狙撃したことで、魔王軍のカラド地方攻略作戦は、新しい執政官が着任するまで足踏みするはずだ。

 それが半年先なのか、一週間後なのか解らないが、少なくとも執政官の暗殺を知った魔界が、新たな執政官を用意するには、一ヶ月以上かかると思われる。

 俺の狙撃は奇しくも、エクスフィアの人々に戦いに備える時間を与えたわけだ。

ラファト編は終わりです!

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