彼女たちの事情
「ススムさん、あたいの体を弄んだ分、払うもの払ってさぁ、後腐れなくバイバイしましょうよぉ」
「本当に楽しんだのならともかく、単なる言い掛かりで金銭を要求するのなら、お前らは追い剝ぎだ」
「追い剝ぎだなんて、失礼しちゃうな」
オーシロ姉妹のリーダー格シノLv20が、意図的にレベルダウンしていないのなら、銃後から指示する司令官だ。
シノは、美人局作戦を指揮しているが、二人の少女を焚きつけるだけで、戦闘に参加する素振りがない。
「私たちは、追い剝ぎではありません。あなたの犯した罪に対して、正当な慰謝料を要求しているだけです」
「犯罪者は、お前たちの方だ」
また俺Lv49より高レベルのニウLv51だが、治癒魔法だけで攻撃魔法を取得していない。
しかし属性魔法を覚えているニウは、身体能力Lv40もあり、能力値だけで考慮すれば、剣士を名乗ったミケーレと変わらなかった。
ただニウは、修道服のような裾の長いワンピースを着ていれば、武器を持っていないようなので、回復役の衛生兵だと思われる。
「あなたが、お金を恵んでくれないなら、私たちは、冒険者ギルドに駆け込んで、賞金首にしてもらいます。婚前交渉を無理強いした賞金首は、ギルドに自首するまで、生死を問わず追い回されるのです」
「好きにしろ」
冒険者ギルドが地域の治安維持だけでなく、警察機関を兼ねているなら、国家憲兵のような役割を担っている。
カルディラでの入団テストが、なぜ魔物狩りではなく、対人戦闘だったのか理解した。
冒険者が狩るのは、魔物だけではなく、魔王軍の魔族や犯罪者が含まれるからだ。
「おうおうッ、お兄ちゃんよ! うちの姐さんを傷物にした落とし前はッ、無理やり奪っても良いんだぜ!」
ミケーレは赤髪を逆立てて威嚇すると、抜き身の小太刀を正面に構えた。
ミケーレが小女であれば、狭い室内で、刃渡りの短い刀を振り回されると厄介だ。
ヒノの背負い太刀の一撃は驚異だが、狭い室内で振るうのが難しく、敵を制圧するのが目的なら、小太刀を使うのが正解だろう。
もっとも俺なら、マシンピストルを使うがな。
「ミケーレちゃん、無理やりはダメですよ」
「うちは、姐さんたちみたいに頭が良くねえけど、お兄ちゃんの死刑が確定なら、ここで殺っちゃえば良いんじゃないの?」
「ええ、まあそうなんだけど−−」
ニウが『ミケーレちゃん勝てる?』と、小声で耳打ちしているが、しっかりと聞こえていた。
「お兄ちゃん、武器を持ってねえし、うちの小太刀なら勝てるよ」
「けど、あの人、さっきブーメランみたいの取り出そうとしていたわ。最初の予定どおり、穏便にお金だけ恵んでもらいましょう」
「かったるいなぁ」
ニウは、ベレッタ92を柄の曲ったブーメランだと勘違いしたようだ。
しかし襲いかかってくるなら、さっさとしてほしい。
かったるい。
その点だけは、血気盛んなミケーレに同意する。
「そろそろ行かせてもらう」
ミケーレに襲いかかってくる気配がなければ、ニウの態度もどっちつかず、シノは、賞金首になると脅せば、焦った男が金を出すと思って、十分な打合せをしていなかったのだろう。
これ以上は、三文芝居に付き合いきれない。
俺はダッフルバッグを床に置いて、ミケーレに向けられた小太刀を手で払い除ける。
「待ちやがれ!」
叫んだミケーレは、小太刀の刃を返さぬまま、俺の手首を峰打ちで斬り上げた。
俺が小太刀を払って呼び水をやると、挑発に乗ったミケーレが、予想通りに斬り込んでくる。
「うッ」
「お兄ちゃん、武器は取らせないぜ」
しかし誤算だったのは、素早さや腕力をレベルアップしているミケーレの剣速が、俺の想像より素早く、対応が遅れて腕を上に弾かれたことだ。
ただしミケーレの幼い容姿から繰り出される剣速が、想像を上回っていただけで、俺自身の身体能力もレベルアップしていれば、対応できないスピードではなかった。
俺は、気が緩んでいる。
手持ちの装備で大型魔物を銃殺した俺は、魔物ばかりか、エクスフィアの住人まで弱いと侮っていた。
「やっぱ殺して奪おうぜ!」
俺の腕を弾いたミケーレが、間合いを詰めながら小太刀を横に振り抜いたので、斜に躱した俺は、すれ違いざまに膝の裏側に蹴りを入れる。
俺の膝裏へのカーフキックで、ミケーレが背を折るように仰け反ったので、首を掴んで体重を乗せると、そのまま後頭部を床に打ち付けた。
常人ならば即死である。
「いってて……お兄ちゃん、強いっすね」
「殺す気で倒したのに、その程度のダメージか?」
「殺す気で!? じゃあ、うちも本気で行くしかねぇ」
ミケーレは、鼻血を袖で拭って立ち上がった。
ミケーレが全身硬化をレベルアップしていれば、この程度の衝撃で頭蓋が割れないらしい。
それならば、身体能力がレベル40を超えた冒険者の肉体が、どれほどのダメージに耐えられるのか試してみよう。
「ミケーレの怪我は、ニウの治癒魔法で治せるのか?」
俺が横目で見ると、ニウが頷いた。
では遠慮なく、レベルアップして得た力を試せる。
剣士を名乗るミケーレの剣速は、常人であれば瞬殺できる領域にあるが、同じ反射速度で動けるなら、軍で格闘戦の訓練された俺に負ける要素がない。
「お兄ちゃん、本気で行くよ」
「俺は、お前のお兄ちゃんではない」
「うっせーわ!」
俺は防刃のタクティカルグローブで、ミケーレの剣を払い除けながら、襟首や袖を掴んで投げ飛ばす。
投げ飛ばされたミケーレは、その都度、空中で身を捻って体勢を立て直すので、俺は、彼女が負けを認めるまで、掴んだ服を離さないで、壁や床に強く体を押し付けて、腹部に肘を入れた。
「ぐはッ!」
ミケーレは、腹部のダメージが一定量を超えたらしく、血反吐を吐いて情けない声をあげる。
俺は攻撃を止めて、倒れているミケーレの手を取った
「この部屋は、天井が低くて上段からの打込みがない。ミケーレの太刀筋が限定されていれば、カウンターを取るのは容易い」
小太刀とはいえ、刺突、斬り上げ、左右の攻撃に限られており、間合いの内側で戦うなら、素手による打撃の方が有利である。
「お、お兄ちゃん……つよす」
「いいや、ミケーレが弱すぎるのだ」
ミケーレがタフな犯罪者とはいえ、女の子を一方的に叩きのめすのは、如何なものかと思った。
しかし戦場では、実力が拮抗した者同士が白兵戦を演じるなら、相手を徹底的に捻じ伏せなければ、こちらが殺される。
「ミケーレちゃんの敵討ちです!」
ニウは、服の下から苦内を取り出すと、片手に持って俺に駆け寄ってきた。
ニウは、レッグホルスターに暗器を忍ばせていたらしい。
「当たれ! 当たれ! 当たれ!」
ニウは目をギュッと閉じて、俺に向かって闇雲に刃物を振り回す。
ニウの苦内は、無軌道で素人丸出しだが、レベルアップしている腕力と素早さのせいで、全てを避けるのが難しく、タクティカルベストとグローブを何度か掠める。
「ニウは、痛み緩和と治癒魔法を覚えていたな?」
「は、はい」
「では、ミケーレより強めに行くぞ」
「え?」
「痛み緩和Lv3は、どこまでの痛みに耐えられるのか楽しみだ」
「ひ、ひぃーッ!」
ニウは、俺が拳を振り上げると、頭を両手で押さえてしゃがみ込む。
ミケーレとの戦闘で、自分たちとの実力差を見せつけられていたニウには、もう反撃する気力が残っていないだろう。
俺は、怯えたニウの頭をポンポンすると、シノがベッドに運んだミケーレを、早く回復するように指示した。
◇◆◇
ミケーレとニウの身体能力は、ベテラン冒険者と呼べるものなのに、なぜ追い剝ぎのような美人局に関わっているのか。
三人を床に正座させた俺は、ベッドに腰掛けて事情を聞いてみた。
先を急ぐ身であれば、彼女たちの事情に深入りするつもりはないものの、このまま放置して立ち去れば、いずれ彼女たち三人、もしくは被害者に死人が出るだろう。
「ミケーレの傷は、完治したのか?」
「ニウ姐さんのおかげさんで、すっかり回復しました」
後頭を掻きあげたミケーレは、小太刀を取り上げると、まるで借りてきた猫のように大人しくなった。
それに厚化粧を落としたシノも、悪巧みがバレて立場が逆転すると、視線を逸してしょんぼりしている。
「シノはともかく、高レベルのミケーレとニウが冒険者になれば、犯罪に手を染めなくても金を稼げるだろう? お前たちに事情があるなら、俺に聞かせてみろ」
「あなたのことは、もう襲わないので、何も聞かずに出て行ってくれませんか?」
ニウは『お願いします』と、頭を下げるのだが、シノとミケーレは、そっぽを向いている。
「お前たちが、無辜の冒険者を襲う可能性があるなら、俺が見過ごせば黙認したも同然だ」
外国人傭兵部隊の狙撃手に従事している俺だが、人を殺すのも、人が殺されるのも、黙って見過ごせない性質である。
むしろ黙って見過ごせないから、傭兵部隊に所属して、紛争解決のために暗殺任務をこなしていた。
だから俺が立ち去った後、彼女たちが懲りずに刃傷沙汰を起こせば、夢見が悪く後悔する。
俺が見過ごした結果、そうとあっては、実力を行使して紛争解決に携わってきた心情に反するのだ。
「お前たちに話す気がないなら、ギルドに通報するしかない」
「ススムさん、冒険者ギルドに通報するのだけは許してよ」
「シノは、俺に強姦されたと、ギルドに駆け込むのではなかったのか?」
「それは、ただの脅し文句だと知っているでしょう。ススムさんの言うとおり、ニウとミケーレの実力なら冒険者になれるのに、なれないのだからね」
シノは『ならない』ではなく、『なれない』と言ったのだから、彼女たちには、ラファトの冒険者ギルドに出入りできない理由があり、その理由が街道沿いで美人局をしている事情なのだろう。
「その理由には、お前たちの瞳の色が関係しているのか?」
純血の悪魔バラクバラーダの瞳は、燃える炎のような真紅だった。
混血の魔族の瞳が、どの程度赤みを帯びているのか知らないが、三人の瞳をよくよく見ると、赤く見えなくもない。
昨晩の月明かりで見たシノの瞳は、色素が薄く赤茶けていたが、こうして陽光の下で見ると、彼女の瞳が赤かと問われば、赤だと即答できた。
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