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そういう宿屋

 ラファトでは、タマーノ商会の世話になれないので、ヤハエからもらった素材を換金した俺は、村外れの安宿を探すことにした。

 俺が素材を換金した店を出れば、先程まで喧騒とした村が寝静まっていたので、急ぎ今夜の宿屋に向かわなければ、路上で夜明しする羽目になりそうだ。

 俺はダッフルバッグを背負うと、とにかく高台に向かって歩いた。

 なぜならヤハエから海の見える宿屋より、街道沿いの宿屋の方が安く泊まれると、教えてもらったからだ。


「ラファトでは、街道沿いに魔物が襲ってくるから、冒険者が安く泊まれる宿屋が集まっているのか」


 俺は住宅地の入り組んだ坂道を上がると、ンラ砂漠からラファトにやってきた街道があり、その街道には『冒険者大歓迎』や『冒険者割引あり〼』などの看板が目に入った。

 ヤハエの話では、街道沿いには、ソンゴとの分岐路まで冒険者目当ての宿屋が点在しているらしい。


 市街地には、ラファトの冒険者ギルドがあるものの、他の村から流れてくる冒険者は、この街道沿いに安宿を取る。

 冒険者であれば、どこの村の冒険者ギルドでも宿を手配してもらえるが、滞在中に依頼クエストを受注する決まりがある。

 つまりラファトに長居するならともかく、ラファトを経由して他に向かう短期滞在の冒険者や、ただ依頼と無関係に魔物討伐を稼業とする冒険者は、わざわざ海の見える眺望良好な高価な宿が必要ない。

 魔物討伐が稼業の冒険者ならば、魔物に怯えないので、人里離れた宿屋でも安ければ泊まる。

 それが、街道沿いに集まっている理由なのだろう。


「お兄さん、宿をお探しですか?」


 俺を呼び止めた獣人族の女は、【空室アリ】と書かれた提灯を手にしていた。

 街道に出たばかりであれば、ソンゴとの分岐路に近いほど、宿賃は安くなるだろう。

 それに呼込みするような店には、ろくな店がないという持論もあった。


「お兄さんは、とてもラッキーなんだよ。普段なら一泊金1本のところ、今夜は遅いし、素泊まりなら銀10本で泊まれるんだからね」


 俺が手を煽って追い払うと、呼込みの女が食い下がってくる。

 しかし金の棒貨1本は、銀の棒貨10本なので一銭も得ではない。


「素泊まりで銀の棒貨10なら、どこも安くないぞ。むしろ夕飯が食えない分だけ、割高ではないか?」


 俺は、思わず聞き返した。


「お兄さん、頭が良いんだね。あたいは、学がなくて計算できないんだよぉ」

「そういう問題なのか?」


 呼込みの年頃は三十路前、俺と同世代に見える。

 いくら学がないとはいえ、商人の村ラファトの獣人族が、四則算程度の計算ができないわけがないだろう。


「お兄さんは、いくらなら泊まってくれるの?」


 頭の弱いふりは、呼込み女の客引きのテクニックだ。

 俺は彼女の手管に弄ばれて、まんまと立ち止まって話を聞いてしまったのである。


「あたいの名前は、シノ・オーシロ。けっこう良い女だろう?」

 

 呼込みの女はシノ・オーシロ、なぜウインクをしながら自己紹介したのか、些か首を捻るところだが、抜け目ないのが気に入った。

 べつに出し抜かれたのが悔しかったわけではないが、シノのような強かな女は、嫌いでなければ、歩き回るのも疲れている。

 

「今夜は懐具合が良いし、銀の棒貨10本で泊まらせてもらう」

「え、それは申し訳ないよ」

「うん?」

「だって、うちの宿は素泊り銀5本なんだもん」

「もともとボッタクリだったのか……獣人族は、どいつもこいつも利に聡いのだな」

「てへへ」


 シノは、最初に宿代をふっかけておいて、半額に値引きして正規料金で泊まらせるつもりだったのだ。

 俺は正規料金を支払うと、シノの案内で宿屋に向かった。


「ここが、あたいの宿屋だよ」

「シノが主人なのか?」

「うん。空き家を引取って、私が宿屋にしたんだよ」


 シノの宿屋は、街道から少し離れた森の中にあり、彼女の客引きがなければ、誰も見つけることが出来ないように思われる。

 彼女は宿屋に到着すると、鍵を取り出してドアを開けた。

 薄暗い室内を見渡せば、受付のカウンターと応接セットが置かれており、カウンターの横から二階に続く階段が見える。

 しかし宿屋というよりは、急ごしらえで廃墟を寝泊まりできるように改装した様相であり、これで銀の棒貨5本を支払ったのは、そもそも高過ぎたかもしれない。


「他の客はいないのか?」

「うん。今夜は、お兄さんだけだから、いくら騒いでも平気だよぉ」

「俺は、宿に泊まって騒ぐ歳じゃないぜ」


 俺は肩を落として、宿帳に名前を書いたものの、シノは万能翻訳魔法を取得してないらしく、俺の名前が読めないらしい。

 仕方ないので名乗ると、シノは、ススムゥ、スゥスム、ススゥムと、何度か言い直して『ススムさんね!』と、良い感じのイントネーションで俺を呼んだ。


「トイレと浴室は、受付の奥にあるし、部屋は、二階の一番手前を使ってね」

「部屋の鍵は?」

「鍵なんてないよ?」


 建物は廃墟同然、部屋には施錠もできない。

 銀の棒貨5本が、どの程度の価値があるのか解らないが、ヤハエと飲んだ酒場の支払いは、銀の棒貨2本でおつりがきた。


「今夜は、たっぷりサービスしちゃうよ」


 シノは、階段を上がる俺の背中に、愛嬌たっぷりに言うのだが、いったい何をサービスする気なのか。

 部屋に入れば、雨戸が閉められており、燭台に灯る蝋燭の灯りでは、大き目のベッドと脱衣カゴしか見えない。


「べつに景色を見たいと思わないが、客を通す部屋の窓くらい開けておけ」


 俺は愚痴をこぼしながら、窓を開け放つと、差し込んだ月光で部屋が明るくなった。

 ベッドに仰向けに倒れて一息ついた俺は、夜が明けたら、ソンゴ行きの馬車をチャーターして、早々にラファトを引き上げようと心に決める。


「ススムさん、もう寝ちゃったの?」


 だから疲れ切っていた俺が寝息を立てる頃、部屋に入ってきたシノが、脱衣カゴに服を畳んでいたなんて、本当に気付かなかった。

 シノの宿屋が、そういう宿屋だとも知らなかったのである。

安心してください健全図書です!


( ╹▽╹ )〈明日も更新予定だよ

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