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束の間の休息

 ムゥハを出立して五日目の夕刻。

 ンラ砂漠を抜けてから馬車は、ラファトまで森を切り開いた街道を走っている。

 この街道はソンゴにも続いており、ラファトで馬車をチャーターすれば、三、四日で辿り着けるらしい。


「ススムさん、あれが私たちの故郷ラファトです」


 馬車が高台を通過すると、眼下には、夕焼けに照らされる煉瓦色の屋根と白壁の街並み、地中海沿岸地方の港町のような風景が広がった。


「私は、ここから見下ろすラファトが好きなのです」

「ああ、綺麗な景色だ」


 俺は、クリルに同意する。

 しかし彼女にとって、この風景には別の意味もあった。


「美しい風景もありますが、私がカラド地方の隊商に出れば、故郷には三ヶ月戻れません。この景色を見ると、無事に戻ってこれたと安堵するのです」


 クリルは、ラファトを指差して無邪気に笑う。

 読書家でストイックなクリルが無邪気に笑うのは珍しく、俺はこのとき初めて年相応だと感じた。

 クリルは十四才、日本で暮らしていれば、中学校に通っている子供である。

 ヒノとクリルは、まだ遊びたい盛りだろうに、家業を手伝うために年2回、砂漠地帯を渡る隊商に同行していれば、祖父母をンラ砂漠のドラゴンに殺されていた。

 ンラ砂漠を渡る隊商が、命の危険と隣り合わせの仕事であれば、張り詰めたものがあったのだろう。


「ラファトには、学校があるのか?」

「はい。お兄ちゃんは、商人のくせに剣術道場に通うからと、学校を辞めてしまったけれど、私は席を残しています」

「ヒノは、冒険者になりたいのか?」

「タマーノ商会の次期社長には、魔物から隊商を守る力が必要だと言っています。私には、帳簿管理のために勉強が必要だと言うくせにですよ」

「ヒノは、勉強が嫌いなのか?」

「せっかく双子なんだから、力仕事と頭脳労働を分担しようと−−。お兄ちゃんは、口が達者なのです」


 クリルはラファトが近いせいか、いつもより軽口を叩いている。

 隊商の馬車は、ゆっくり下る街道に沿って進んでいるので、村に到着する頃には日が暮れているだろう。

 ラファトに到着したら、まずヤハエにムゥハでの出来事を説明する必要がある。


 ◇◆◇ 


 ラファトは、東西で違う二つの顔を持つ村だ。

 癒やしの海ホスピに面している東側の住人は、漁業や海上貿易を生業としており、ンラ砂漠に続く街道が乗入れる西側の住人は、カラド地方での商いを生業としている。

 ガイドブックでは、東西の食文化が違うので『ラファトは山海の幸が味わえる』と紹介されていたが、この生業や食文化の違いが、住人たちの意見が対立とするところなのは、なかなか面白い。


「ラファトの獣人族は、誇り高きライオンの末裔なのに、東の者が魚ばかり食べているから『猫が祖先』なんて言われるのです」

「ヤハエの髭は、ライオンを意識していたのか?」

「お恥ずかしながら、そのとおりです」


 俺の思いつくライオンと、エクスフィアのライオンが同じなのか解らないが、こればかりは、ライオンのような動物が、この世界にもいると理解するしかない。


「しかし、この酒場は落ち着く」

「それは良かったです」

「俺が、子供の頃に暮らしていた日本を思い出すよ」


 俺がヒノとクリルの案内でタマーノ家に着くと、出迎えてくれたヤハエを近くの酒場に連れ出した。

 夜の帳が下りたラファトの酒場には、木造の梁に小さなランプがいくつも吊るされており、縁日に吊られた提灯を思わせる。

 それに遠くに聴こえる笛の音も、どこか陽気で祭囃子のようだ。

 カルディラを出てから、砂漠の月明かりや、毒を警戒していたムゥハの酒宴、こうして腰を落ち着けて酒を飲むのは久しぶりだった。


「ところでススムさん、私に話があるのではなかったのですか?」

「俺が同行した隊商にも口止めしたが、ラファトには、ヒノとクリルだけが戻ったことにしてほしい」

「それは、どういう了見ですか?」

「俺はムゥハ周辺で狩猟中、魔物に襲われて死んだことになっている」

「死んだ……それは、穏やかではありませんね」


 ヤハエは酒を呷ると、酒場娘を呼んでから真顔になった。


「死を偽装する理由には、ススムさんが倒した悪魔が関係していますね。まさか魔王軍の報復ですか?」

「そんなところだ」

「魔王軍は、数十年前にンラ砂漠から撤退しています。だから私は、どうして砂漠地帯に悪魔がいたのか、とても不可解だったのです。しかし魔王軍が、ンラ砂漠に戻っているなら−−」

「商人には、口の堅さが必要だろう?」


 俺が人差し指を唇に当てると、ヤハエは表情を緩めて、運ばれてきた酒を酒場娘から受取る。


「タマーノ商会は、この件に深入りしない方が良さそうですね」

「それが賢明な判断だ」


 そしてムゥハで死んだ俺は、ラファトで素材を売った代金を受取れなければ、サンドキングやオーク討伐の報奨金も換金できないと伝えた。


「だいたいの事情は解りましたが、本当に素材買取りの代金は要らないのですか? ソンゴでは、ドワーフとの商談があるのでしょう」

「俺が素材の代金を受け取ったり、サンドキング討伐の報奨金を換金すれば、金の流れから足がつく可能性がある」

「しかし文無しでは、ドワーフとの商談がまとまりません。ドワーフの拝金主義は、筋金入りですからね」

「獣人族の商人が、そう言うのなら余程なのだろう」

「では買取り代金分には満たないのですが、すぐに換金できる素材をお譲りします」

「あまり高価なものだと、換金時に仕入れルートを疑われないか?」

「お譲りする素材は、王都周辺にしかいない魔物の素材です。だから素材屋も、素材を持ち込んだススムさんが、まさかカルディラやムゥハから来たと思わないでしょう」


 譲られる素材を売ったついでに、身元が偽れるなら都合が良い。

 俺は了承すると、ヤハエから王都エクスフィア周辺でしか狩れない魔物の素材を譲り受けた。

 またソンゴに出入りするヤハエに、腕の良い鍛冶屋がいないか聞くと、中央政府御用達のヨーゼスという鍛冶屋を紹介される。

 中央政府御用達の鍛冶屋ヨーゼスは、数年前まで王都エクスフィアで鍛冶屋を営んでおり、王都騎士団のザダール団長も贔屓にしていたドワーフだった。

ラファト編は短いと思う


明日も呼んでください!

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