藤堂進の計略
魔王軍がムゥハ族に水源を与える見返りに、要塞建設用の資材や物資だけではなく、なぜ水と食料の提供を求めたのか。
魔物を操る魔族の人口は少なく、主な労働力はゴブリンやオークなどの人型魔物を働かせている。
しかしゴブリンやオークが川や湧水で喉を潤し、狩猟や略奪行為で空腹を満たしていれば、人型とはいえ魔物には、水源を管理したり、田畑を耕して食料を得ることが困難なのだろう。
つまり魔王軍は当時、カラド地方のカルディラ、ラファト、ソンゴ、どこかの村を占領して戦略拠点としたかったが、人々の抵抗で攻めあぐているうちに、水や食料が底をつき、その結果、好敵手だったムゥハとの密約により物資を調達した。
ムゥハ族に不戦協定を待ち掛けた魔王軍は、それだけ戦況がひっ迫していたのである。
「ンラ砂漠の魔王軍には、ムゥハ族が水や食料、それに物資を提供しない限り、本隊からの補給ルートや調達手段が確立されていない」
それに魔族の文明度は、エクスフィアの人々に比べても明らかに劣っている。
迷いの森で会敵したゴブリンの装備は、冒険者から奪ったであろう錆びた短剣だったし、俺が狙撃した悪魔バラクバラーダもアマゾンで暮らす孤立部族のような様相だった。
そういう連中は、俺の世界にもいる。
サヘル地域のゲリラ兵は、周辺集落から水や食料を搾取するだけで、自分たちの力で手に入れようと考えていなかった。
魔王軍の実情も、似たようなものだろう。
そして不戦協定の見返りとはいえ、さすがに武器類を魔王軍に提供していなかったらしく、オークの大弓も現地調達可能な石の鏃に木製の弓だった。
だからンラ砂漠の魔王軍には、本隊からの補給が行き届いていると思えない。
「ムゥハの水源は、魔王軍が与えたものですよ?」
ノルティは懐疑的だが、日の差さない地下空洞に潜伏しているオークが、武器を農具に持ち替えて、田畑を耕していると言うのだろうか。
ある程度の水や食料は、自前で調達しているとしても、カラド地方を攻略するほどの大所帯を維持する量ではないはずだ。
「ススムさんは、よもや水と食料の補給を断てば、魔王軍が撤退すると言うのですか?」
ヌガカは、俺を短絡的な人間だと思っているらしい。
確かに補給ルートを断てば、魔王軍の食料実情がひっ迫するが、それではムゥハが、ゲリラ兵に壊滅されたアサラの集落の二の舞になるだけだ。
「魔族や魔物の食性は解らんが、連中も生物である以上は、ムゥハ族が提供する水と食料がなければ、ンラ砂漠に潜伏できないと言っている。つまり魔王軍は、カラド地方攻略作戦が開始されるまで、ムゥハ族との密約を公表できない」
「魔王軍が密約を公表すれば、ムゥハからの水と食料の補給が止まるからですな」
「魔王軍は攻略作戦が開始されるまでに、お前たちが魔王軍の同盟になるのか知りたかったから、俺の身柄を要求した。そしてムゥハ族が、魔王軍の同盟にならないと解かったところで、攻略作戦が始まるまで密約を公表できない」
「魔王軍が密約を公表した瞬間、ムゥハからの補給が止まるから? しかし私たちが同盟にならないと解かれば、ムゥハが真っ先に狙われる」
ンラ砂漠が激戦区だったとき、魔族の勢力圏にあった砂漠地帯には、水や食料を蓄えた集落のムゥハがなかった。
魔王軍がムゥハの発展を待ったのは、カラド地方に戦略拠点を作る意味合いもあるのだろう。
砂漠に点在する地下要塞の補給ルートとしては、砂漠のほぼ中央に位置するムゥハは最適だ。
「ンラ砂漠の戦闘再開が、ムゥハ族の滅亡の日になりそうです」
「ノルティは悲観しているが、攻略作戦が開始されるまでは、魔王軍から密約を公表できない。これを逆手に取れば、ムゥハ族はエクスフィアの人々を裏切らずに済む」
「逆手に取る?」
俺は椅子から立ち上がると、ノルティたちの前まで歩いた。
歩み寄ったのは、彼らの覚悟を見極めるためだ。
「お前たちは、魔王軍との関係を中央司令部に報告しろ」
「そ、そんなことをすればっ、ムゥハ族の背信行為が明るみになります」
「中央司令部には、敵である魔王軍に問い質す術がなければ、バカ正直に報告する必要がない。ムゥハ族は偽計を用いて、ンラ砂漠に潜伏する魔王軍の情報を奪ったことにすれば良い」
「魔王軍の情報? 私たちは、そんなもの知りませんよ」
「いいや、ムゥハが提供している水や食料の量から部隊規模の見当がつくし、地下要塞の位置だって調べれば解るのだろう。それにムゥハが魔王軍の同盟を装えば、執政官代理から攻略作戦の詳細を聞き出せるかもしれない」
「魔王軍の同盟を装うですって?」
「人々を裏切ってきたムゥハ族が、魔王軍と決別したいなら腹を括るしかない。俺の提案を断って静観しても、魔王軍のカラド地方攻略作戦が始まれば、ムゥハが真っ先に攻撃される」
俺が選択を迫ったのは、魔王軍と密約を交わしたムゥハの二重スパイ行為である。
魔族の手先となっているムゥハ族は今後、中央司令部に情報提供して、魔王軍のカラド地方攻略作戦の裏をかく。
ただしスパイ行為が魔族に露見した場合、この部屋に集まった魔王軍と内通している者の命は保証できない。
「わかりました。ススムさんの言うとおり、私がソーシャの同盟申し入れに従ったふりで、魔王軍の情報を集めてまいりましょう」
ノルティが名乗り出ると、ヌガカが肩を押さえた。
「ノルティ、魔王軍との不可侵条約は、お前の生まれる以前に交わされたものだ。魔王軍の情報収集は、酋長である私が引き受けよう。謀ったとバレれば殺されるのに、大切な娘に任せられるものか」
「いいえ。魔王軍との交渉は、今までどおり私が続けた方が良いでしょう。あの子は勘が鋭いから、交渉相手が変われば疑われます」
ノルティが敵の幹部を『あの子』と、親しげに言ったのは、少し気になるが、執政官代理ソーシャとは、同世代の魔族なのだろうか。
「しかしノルティ−−」
「それにムゥハ族を率いる私は、自分の手でヤマド家の過ちに終止符を打ちたいのです。中央政府への書簡にも、私が責任をもって署名します」
ヌガカや集落の有力者が及び腰の中、ノルティの覚悟が決まったようだ。
ノルティには、魔王軍の戦力分析に必要な情報と、情報収集の手段などを説明する。
そして王都エクスフィアの騎士団とやらには、魔王軍のカラド地方攻略作戦に合わせて、ンラ砂漠での挙兵を働きかけるように伝えた。
「でもススムさん、魔王軍の同盟を受け入れるには、身柄の引渡しに応じなければなりません」
「ああ、彼らの要求に従わなければ、魔王軍の報復も納まらないだろう」
「でもススムさんを魔族に引き渡せば、生きていられないと思うのです」
「魔王軍の要求には、俺の身代わりを立てるので問題ない」
「身代わり……その者は、生きて帰れないですね」
「その通りだ。だから、お前たちには、生きて帰る必要がない者を用意してもらう」
「なんて酷いことを言うのですか!」
「自分の身代わりを死地に送るのに、なんたる言い草なのだ!」
ノルティとヌガカは、俺の言い放った言葉を誤解して憤慨しているが、俺が調達をお願いした身代わりは、言葉通りの意味である。
俺は、ソンゴで装備を整えた後、再びムゥハに戻ると約束すると、その日から次の隊商がムゥハを訪れるまで、集落を離れて身を隠すことにした。
◇◆◇
ノルティは翌日、魔族ソーシャを屋敷に招くと、藤堂進の泊まっていた部屋に案内した。
部屋の壁や天井には、無数の刀傷とボウガンの矢が刺さっている。
ソーシャは争った痕跡を見渡してから、血で汚れたベッドの寝具を捲ると、変り果てた姿の黒髪の男が横たわっていた。
「彼が、バラクバラーダ様を射抜いた男なの?」
「はい。彼が、ドラゴンと執政官を殺したカルディラの流れ者です。屋敷に招待して捕縛しようとしましたが、激しく抵抗されて、やむを得ず殺してしまいました」
「本当ですか?」
ノルティたちが、藤堂進のために用意したのは、魔王軍の報復で殺された冒険者の遺体だった。
藤堂進の身代わりになった冒険者は、昨晩の宴席に出席していた有力者の親族であり、日本人とも似ているムゥハ族の青年である。
荼毘に付すだけの遺体であっても、魔王軍に引渡すのを快く思わなかった有力者だが、まざまざと見せつけられたノルティの覚悟や、一族郎党のために涙を飲んだ。
「バラクバラーダ様Lv230を、どうやって殺害したのか詳しい情報が聞きたかったので、できれば生きたまま、引き渡してくれると助かったのですが−−」
「サンドキングは新型の突火槍で一突き、執政官は、保護色のフードで身を隠しながら、遠距離から大弓で射抜いたと豪語していました。それからオークは、短剣とボウガンを使って倒したらしいです」
ノルティの話は、現場から敗走したオークの報告と一致していれば、これは犯人しか知り得ない秘密の暴露である。
それに目の前の遺体は黒髪で、これもオークから聞いた男の特徴と相違ない。
「相手は、あのバラクバラーダ様を倒したドラゴンキラーです。屋敷の警備では、生きて捕らえるのが難しかったのでしょうね」
遺体に寝具を掛けたソーシャは、ヤレヤレといった感じで首を竦める。
「期待に応えられず、すみませんでした」
「ノルティは、謝らなくて良いのですよ。私は、ノルティを咎めていないわ。でも拷問して本人だと確かめようにも、死人に口なしだから困っているのよ」
「彼の素性を疑うなら、現場に立ち会っていたオークに、首実検してもらえば良いのではありませんか?」
「そうね。ノルティが、そこまで言うのであれば、この件は手打ちにしましょう」
「ありがとうございます」
ノルティは、人間にオークの区別がつかないように、オークが人族の人相を見ても、区別がつかないことを知っていた。
「ノルティは、身柄の引渡しに消極的だったのに、どうした心変りなの?」
「執政官代理が、魔王軍との密約を公表するのであれば、ムゥハ族は、人々から断罪されるでしょう。それに魔王軍のカラド地方攻略作戦が始まれば、どちらかの側に立つしか、私たちに生き延びる方法がありません」
ソーシャはノルティに向き直ってから、上目遣いに赤い瞳で見上げて『ふ〜ん』と、鼻を鳴らして相槌を打つ。
「私としては、同腹のノルティと争わずに済むのは嬉しいわ。心変りの理由が、私じゃなかったのは残念だけれどね」
「執政官代理が母さんの娘だってことも、魔王軍との同盟を決めるときに考慮しました」
「なら嬉しいわ。あなたが鬼子だとしても、ノルティには思慕の情があるのよ。さあ、こちらに来なさい」
ノルティを正面から抱きしめたソーシャは、じつは異父姉妹だった。
悪魔バラクバラーダと砂漠地帯に着任したソーシャの母親は、不可侵条約により解放された捕虜だったムゥハ族の娘であり、現在は酋長ヌガカの妻である。
執政官代理ソーシャは、悪魔と人族の異種交配により誕生した魔族であり、魔王軍がカラド地方攻略に乗り出すために、ンラ砂漠に送り込まれた魔王軍の幹部だった。
「私たちが姉妹が架け橋となり、魔族とムゥハ族が手を組んだことは、きっと魔王ギラマノイズ様もお喜びになるでしょう」
ノルティとソーシャが異父姉妹だったことが、後の戦局を大きく左右することになるのだが、藤堂進が事実を知るのは、まだ先のことである。
異種交配の布石回収_φ(・_・
明日も読んでね!




