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魔弾のスナイパーは、敵の射程圏外から無双する。  作者: 幸一
■オアシスの集落ムゥハ
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藤堂進の計略

 魔王軍がムゥハ族に水源を与える見返りに、要塞建設用の資材や物資だけではなく、なぜ水と食料の提供を求めたのか。

 魔物を操る魔族の人口は少なく、主な労働力はゴブリンやオークなどの人型魔物(モンスター)を働かせている。

 しかしゴブリンやオークが川や湧水で喉を潤し、狩猟や略奪行為で空腹を満たしていれば、人型とはいえ魔物には、水源を管理したり、田畑を耕して食料を得ることが困難なのだろう。


 つまり魔王軍は当時、カラド地方のカルディラ、ラファト、ソンゴ、どこかの村を占領して戦略拠点としたかったが、人々の抵抗で攻めあぐているうちに、水や食料が底をつき、その結果、好敵手だったムゥハとの密約により物資を調達した。

 ムゥハ族に不戦協定を待ち掛けた魔王軍は、それだけ戦況がひっ迫していたのである。


「ンラ砂漠の魔王軍には、ムゥハ族が水や食料、それに物資を提供しない限り、本隊からの補給ルートや調達手段が確立されていない」


 それに魔族の文明度は、エクスフィアの人々に比べても明らかに劣っている。

 迷いの森で会敵したゴブリンの装備は、冒険者から奪ったであろう錆びた短剣だったし、俺が狙撃した悪魔バラクバラーダもアマゾンで暮らす孤立部族のような様相だった。


 そういう連中は、俺の世界にもいる。


 サヘル地域のゲリラ兵は、周辺集落から水や食料を搾取するだけで、自分たちの力で手に入れようと考えていなかった。


 魔王軍の実情も、似たようなものだろう。


 そして不戦協定の見返りとはいえ、さすがに武器類を魔王軍に提供していなかったらしく、オークの大弓も現地調達可能な石の(やじり)に木製の弓だった。

 だからンラ砂漠の魔王軍には、本隊からの補給が行き届いていると思えない。


「ムゥハの水源は、魔王軍が与えたものですよ?」


 ノルティは懐疑的だが、日の差さない地下空洞に潜伏しているオークが、武器を農具に持ち替えて、田畑を耕していると言うのだろうか。

 ある程度の水や食料は、自前で調達しているとしても、カラド地方を攻略するほどの大所帯を維持する量ではないはずだ。

 

「ススムさんは、よもや水と食料の補給を断てば、魔王軍が撤退すると言うのですか?」


 ヌガカは、俺を短絡的な人間だと思っているらしい。

 確かに補給ルートを断てば、魔王軍の食料実情がひっ迫するが、それではムゥハが、ゲリラ兵に壊滅されたアサラの集落の二の舞になるだけだ。


「魔族や魔物の食性は解らんが、連中も生物である以上は、ムゥハ族が提供する水と食料がなければ、ンラ砂漠に潜伏できないと言っている。つまり魔王軍は、カラド地方攻略作戦が開始されるまで、ムゥハ族との密約を公表できない」

「魔王軍が密約を公表すれば、ムゥハからの水と食料の補給が止まるからですな」


「魔王軍は攻略作戦が開始されるまでに、お前たちが魔王軍の同盟になるのか知りたかったから、俺の身柄を要求した。そしてムゥハ族が、魔王軍の同盟にならないと解かったところで、攻略作戦が始まるまで密約を公表できない」

「魔王軍が密約を公表した瞬間、ムゥハからの補給が止まるから? しかし私たちが同盟にならないと解かれば、ムゥハが真っ先に狙われる」


 ンラ砂漠が激戦区だったとき、魔族の勢力圏にあった砂漠地帯には、水や食料を蓄えた集落のムゥハがなかった。

 魔王軍がムゥハの発展を待ったのは、カラド地方に戦略拠点を作る意味合いもあるのだろう。

 砂漠に点在する地下要塞の補給ルートとしては、砂漠のほぼ中央に位置するムゥハは最適だ。


「ンラ砂漠の戦闘再開が、ムゥハ族の滅亡の日になりそうです」

「ノルティは悲観しているが、攻略作戦が開始されるまでは、魔王軍から密約を公表できない。これを逆手に取れば、ムゥハ族はエクスフィアの人々を裏切らずに済む」

「逆手に取る?」


 俺は椅子から立ち上がると、ノルティたちの前まで歩いた。

 歩み寄ったのは、彼らの覚悟を見極めるためだ。


「お前たちは、魔王軍との関係を中央司令部に報告しろ」

「そ、そんなことをすればっ、ムゥハ族の背信行為が明るみになります」


「中央司令部には、敵である魔王軍に問い質す術がなければ、バカ正直に報告する必要がない。ムゥハ族は偽計を用いて、ンラ砂漠に潜伏する魔王軍の情報を奪ったことにすれば良い」

「魔王軍の情報? 私たちは、そんなもの知りませんよ」


「いいや、ムゥハが提供している水や食料の量から部隊規模の見当がつくし、地下要塞の位置だって調べれば解るのだろう。それにムゥハが魔王軍の同盟を装えば、執政官代理から攻略作戦の詳細を聞き出せるかもしれない」

「魔王軍の同盟を装うですって?」


「人々を裏切ってきたムゥハ族が、魔王軍と決別したいなら腹を括るしかない。俺の提案を断って静観しても、魔王軍のカラド地方攻略作戦が始まれば、ムゥハが真っ先に攻撃される」


 俺が選択を迫ったのは、魔王軍と密約を交わしたムゥハの二重スパイ行為である。

 魔族の手先となっているムゥハ族は今後、中央司令部に情報提供して、魔王軍のカラド地方攻略作戦の裏をかく。

 ただしスパイ行為が魔族に露見した場合、この部屋に集まった魔王軍と内通している者の命は保証できない。


「わかりました。ススムさんの言うとおり、私がソーシャ(執政官代理)の同盟申し入れに従ったふりで、魔王軍の情報を集めてまいりましょう」


 ノルティが名乗り出ると、ヌガカが肩を押さえた。


「ノルティ、魔王軍との不可侵条約は、お前の生まれる以前に交わされたものだ。魔王軍の情報収集は、酋長である私が引き受けよう。謀ったとバレれば殺されるのに、大切な娘に任せられるものか」

「いいえ。魔王軍との交渉は、今までどおり私が続けた方が良いでしょう。()()()()()()()()から、交渉相手が変われば疑われます」


 ノルティが敵の幹部を『あの子』と、親しげに言ったのは、少し気になるが、執政官代理ソーシャとは、同世代の魔族なのだろうか。


「しかしノルティ−−」

「それにムゥハ族を率いる私は、自分の手でヤマド家の過ちに終止符を打ちたいのです。中央政府への書簡にも、私が責任をもって署名します」


 ヌガカや集落の有力者が及び腰の中、ノルティの覚悟が決まったようだ。

 ノルティには、魔王軍の戦力分析に必要な情報と、情報収集の手段などを説明する。

 そして王都エクスフィアの騎士団とやらには、魔王軍のカラド地方攻略作戦に合わせて、ンラ砂漠での挙兵を働きかけるように伝えた。


「でもススムさん、魔王軍の同盟を受け入れるには、身柄の引渡しに応じなければなりません」

「ああ、彼らの要求に従わなければ、魔王軍の報復も納まらないだろう」


「でもススムさんを魔族に引き渡せば、生きていられないと思うのです」

「魔王軍の要求には、俺の身代わりを立てるので問題ない」


「身代わり……その者は、生きて帰れないですね」

「その通りだ。だから、お前たちには、生きて帰る必要がない者を用意してもらう」


「なんて酷いことを言うのですか!」

「自分の身代わりを死地に送るのに、なんたる言い草なのだ!」


 ノルティとヌガカは、俺の言い放った言葉を誤解して憤慨しているが、俺が調達をお願いした身代わりは、言葉通りの意味である。

 俺は、ソンゴで装備を整えた後、再びムゥハに戻ると約束すると、その日から次の隊商がムゥハを訪れるまで、集落を離れて身を隠すことにした。


 ◇◆◇


 ノルティは翌日、魔族ソーシャを屋敷に招くと、藤堂進の泊まっていた部屋に案内した。

 部屋の壁や天井には、無数の刀傷とボウガンの矢が刺さっている。

 ソーシャは争った痕跡を見渡してから、血で汚れたベッドの寝具を捲ると、変り果てた姿の黒髪の男が横たわっていた。


「彼が、バラクバラーダ様を射抜いた男なの?」

「はい。彼が、ドラゴンと執政官を殺したカルディラの流れ者です。屋敷に招待して捕縛しようとしましたが、激しく抵抗されて、やむを得ず殺してしまいました」

「本当ですか?」


 ノルティたちが、藤堂進のために用意したのは、魔王軍の報復で殺された冒険者の遺体だった。

 藤堂進の身代わりになった冒険者は、昨晩の宴席に出席していた有力者の親族であり、日本人とも似ているムゥハ族の青年である。

 荼毘に付すだけの遺体であっても、魔王軍に引渡すのを快く思わなかった有力者だが、まざまざと見せつけられたノルティの覚悟や、一族郎党のために涙を飲んだ。


「バラクバラーダ様Lv230を、どうやって殺害したのか詳しい情報が聞きたかったので、できれば生きたまま、引き渡してくれると助かったのですが−−」

「サンドキングは新型の突火槍で一突き、執政官は、保護色のフードで身を隠しながら、遠距離から大弓で射抜いたと豪語していました。それからオークは、短剣とボウガンを使って倒したらしいです」


 ノルティの話は、現場から敗走したオークの報告と一致していれば、これは犯人しか知り得ない秘密の暴露である。

 それに目の前の遺体は黒髪で、これもオークから聞いた男の特徴と相違ない。


「相手は、あのバラクバラーダ様を倒したドラゴンキラーです。屋敷の警備では、生きて捕らえるのが難しかったのでしょうね」


 遺体に寝具を掛けたソーシャは、ヤレヤレといった感じで首を竦める。


「期待に応えられず、すみませんでした」

「ノルティは、謝らなくて良いのですよ。私は、ノルティを咎めていないわ。でも拷問して本人だと確かめようにも、死人に口なしだから困っているのよ」


「彼の素性を疑うなら、現場に立ち会っていたオークに、首実検してもらえば良いのではありませんか?」

「そうね。ノルティが、そこまで言うのであれば、この件は手打ちにしましょう」

「ありがとうございます」


 ノルティは、人間にオークの区別がつかないように、オークが人族の人相を見ても、区別がつかないことを知っていた。


「ノルティは、身柄の引渡しに消極的だったのに、どうした心変りなの?」

「執政官代理が、魔王軍との密約を公表するのであれば、ムゥハ族は、人々から断罪されるでしょう。それに魔王軍のカラド地方攻略作戦が始まれば、どちらかの側に立つしか、私たちに生き延びる方法がありません」


 ソーシャはノルティに向き直ってから、上目遣いに赤い瞳で見上げて『ふ〜ん』と、鼻を鳴らして相槌を打つ。


「私としては、()()()()()()()と争わずに済むのは嬉しいわ。心変りの理由が、私じゃなかったのは残念だけれどね」

「執政官代理が()()()()()だってことも、魔王軍との同盟を決めるときに考慮しました」

「なら嬉しいわ。あなたが鬼子だとしても、ノルティには思慕の情があるのよ。さあ、こちらに来なさい」


 ノルティを正面から抱きしめたソーシャは、じつは異父姉妹だった。

 悪魔バラクバラーダと砂漠地帯に着任したソーシャの母親は、不可侵条約により解放された捕虜だったムゥハ族の娘であり、現在は酋長ヌガカの妻である。

 執政官代理ソーシャは、悪魔と人族の異種交配により誕生した魔族であり、魔王軍がカラド地方攻略に乗り出すために、ンラ砂漠に送り込まれた魔王軍の幹部だった。


「私たちが姉妹が架け橋となり、魔族とムゥハ族が手を組んだことは、きっと魔王ギラマノイズ様もお喜びになるでしょう」


 ノルティとソーシャが異父姉妹だったことが、後の戦局を大きく左右することになるのだが、藤堂進が事実を知るのは、まだ先のことである。

異種交配の布石回収_φ(・_・


明日も読んでね!

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