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魔弾のスナイパーは、敵の射程圏外から無双する。  作者: 幸一
■オアシスの集落ムゥハ
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死中に活あり

 これは、ノルティからムゥハ族の現状を聞き出した夜の出来事だ。

 ムゥハ族はノルティの祖父、先代の酋長が魔王軍と取引して、ンラ砂漠のオアシスに定住を決めた。

 ムゥハ族に不可侵条約を持ち掛けたのは、ンラ砂漠の魔族や魔物を率いる魔王軍の幹部だったらしい。

 魔王軍の悪魔は、ムゥハの定住する集落に水源を提供する見返りとして、定期的な水や食料などの提供を要求、それを魔族とムゥハ族の不可侵条約を条件とした。


「魔王軍は、不戦協定を履行していたのか?」

「砂漠の魔物に襲われることは、今でもありますが、ムゥハ族が魔族に襲われることはなくなりました。ムゥハ族と魔族が砂漠で出会っても、お互いに戦わず見過ごす取決めなのです」


「それを見た人々が、魔族がムゥハ族を恐れていると誤解した?」

「そうだと思います。ンラ砂漠は以前、カラド地方における魔王軍との激戦区だったところ、ムゥハ族が何度も返り討ちにしていました」


「ムゥハが観光業で栄えたのは、その英雄史観が後押ししているのだな」

「ムゥハ族がいれば、魔族に襲われないのは事実です。しかし、それは魔王軍との密約によるものでした」


 ムゥハ族がいれば、魔族が襲ってこない。

 この英雄史観は真実の検証を疎かにして、魔族がムゥハ族との戦いを避けている事実だけに着目して作られた。

 しかし宴席の老人が、ムゥハ族には称号『ドラゴンキラー』の冒険者が多かったと言えば、力で劣ると考えた魔王軍から、不可侵条約を持ち掛けてきたのだから、少なくとも当時のンラ砂漠では、ムゥハ族が蛮勇を誇っていたのは確かだろう。


「ムゥハ族は当時、度重なる魔王軍との戦闘で疲弊しており、一族郎党が滅亡の危機にあったのです」

「そこまでしてムゥハ族は、なぜンラ砂漠の戦線を維持する必要があった? 俺が指揮官ならば、カルディラまで戦線を後退して中央司令部からの増援を待つ」


「王都エクスフィアの中央政府とは、ンラ砂漠から魔王軍が撤退したとき、ムゥハ族の行政区を認めるとの約束があったからです」

「ムゥハ族は、自分たちの国家(行政区)が欲しかったから、民兵組織として魔王軍と孤軍奮闘していたのか」

「はい、ムゥハ族の独立は悲願です」


 カルディラからの独立を謳うムゥハ族は、ニンジンを鼻先に吊るされた馬のようなものだ。

 そうして中央政府からの増援も乏しく、滅亡の危機にあったムゥハ族は、魔王軍の意のままに不可侵条約を受入れて今日に至る。

 中央司令部の怠慢が、魔王軍に付け入る隙を与えて、友軍の寝返りを促した。

 ムゥハ族は結果、どちらからも板挟み状態にある。


「魔王軍は、難敵のムゥハ族を懐柔することで、カラド地方の戦力を立て直したかったのだろう」


 ただし気になる点がある。

 戦力を立て直すだけの時間稼ぎなら、集落が発展するほどの時間を必要としないことだ。

 なぜなら長期間の不戦協定は、魔王軍とムゥハ族の双方に、戦力増強の機会を与えてしまうからだ。

 となれば、考えられるのは−−


「ノルティには、まだ隠していることがあるのだろう」


 ノルティは頷いたものの、よほど口にしたくないのか、下唇を噛んで沈黙している。

 

「ノルティたちは、俺の身柄を引き渡して、魔王軍との不戦協定を続けるつもりなのか? いいや、違うな。魔王軍が俺の身柄要求したのは、ムゥハ族の立場を試す踏み絵なのだろう。ノルティたちが、魔王軍に人族の俺を差し出せば、ムゥハ族の寝返りが確定するのだからな」


 魔王軍が集落の発展に寄与した理由は、ムゥハ族が肥え太ったところで、魔王軍の戦力として編入する長期戦略だった。

 ヤマド家や集落の有力者が、俺の身柄を差し出せば、ムゥハ族の背信行為な言い逃れできない。

 魔王軍は、ムゥハ族を抱き込むことで戦力を拡充するなど、虎視眈々とエクスフィアの人々に反攻する機会を待っていたわけだ。

 俺が追求すれば、ノルティは意を決して話し始めた。


「ススムさんを引き渡さなければ、エクスフィアの人々に不可侵条約を公表すると脅されました。悪魔との取引が明るみになれば、ムゥハ族は、中央政府と魔王軍の双方から裏切り者として攻撃対象となります」


 ノルティが申し訳無さそうな顔で、俺を見ている。

 背信行為の公表を恐れた彼らには、俺の身柄を魔王軍に引き渡すしか、選択肢が思い浮かばなかったようだ。


「もう、その辺で許してもらえないだろうか」

「お父さん……」


 ドアが開くと、酋長のヌガカが集落の有力者とともに部屋に入ってきた。

 これ以上は、娘を矢面に立たせたくなかったのだろう。


「悪魔バラクバラーダが、魔王軍の執政官として着任してから、討伐依頼(クエスト)に向かった冒険者の死者が増えていた。魔王軍は関与を否定していたものの、ムゥハ族が選択を迫られるのは時間の問題だった」


 ヌガカは、俺と向かい合って娘の肩を抱いた。


「執政官バラクバラーダが殺されてからは、毎日のように冒険者が命を落としています。ススムさんを引き渡すまでは、この状況が続くでしょう」


 ノルティが胸に手を当てて、父親の説明を引き継いだ。


「魔王軍は、俺が狙撃した悪魔の報復しているのか」

「死人の出るような討伐依頼ではないのに、今日も冒険者が3人も帰らぬ人になりました……魔王軍の報復は明らかです」


 俺が悪魔バラクバラーダとやらを狙撃して、魔王軍の怒りを買った。

 いいや、それ以前から魔王軍の攻撃が再開していたのなら、俺の身柄要求に関係なく、遠からず、ンラ砂漠での大規模な侵攻作戦を開始するのだろう。

 魔王軍は、その準備を終えている。


「無関係のススムさんを巻き込んで、大変申し訳なかった。ムゥハ族は、末代まで裏切り者の誹りを受け入れよう」


 ヌガカが頭を下げると、そこにいた全員が頭を下げた。

 彼らは、俺の身柄を引き渡すのを諦めたらしい。

 

「最後に一つだけ質問がある。ンラ砂漠が広大だとしても、魔王軍が大規模な戦力を隠すのは不可能だ。俺の身柄要求に応えなかった場合、カラド地方を攻めるほどの魔王軍の大軍は、どこに隠れているんだ?」

「砂漠には、いくつかの岩場から通じる地下空洞があります。執政官代理の魔族ソーシャは、建設中の地下要塞が完成すれば、カラド地方攻略作戦を開始すると言っていました」


「地下要塞の場所は?」

「全ては解りませんが、地下空洞に通じる岩場なら、ムゥハ族の古地図に記されています。要塞が建設できる規模の地下空洞は、限られています」


「敵の位置が絞り込めるなら、どうにかなりそうだな」

「どうにかなるのですか?」

「どうにでもなるだろう」


 ノルティたちは、目を見開いている。

 ムゥハ族が、俺の身柄要求に応じないのだから、魔王軍に反旗を翻すのだと思ったのだが−−


「ノルティたちは、まさか魔王軍と戦わないつもりなのか?」

「え?」

「魔王軍の戦略が解かれば、逆手に取ることが可能だ」


 ノルティは『それは本当ですか!?』と、俺の手を握ってきた。

 ムゥハ族は、不可侵条約を公表されることを恐れるあまりに、自分たちが圧倒的に有利な立場にあると自覚していないらしい。

 敵の潜伏している場所、兵力、組織構成、それらの情報を握ることは、現代戦において圧倒的に有利になる。

 アサラの集落がゲリラ組織の攻撃で壊滅したとき、俺には戦う術もなければ、集落がゲリラ組織に内通していた情報もなかった。

 今は違う。

 俺には戦うための武器もあれば、必要な情報もある。


「俺の言うとおりにすれば、魔王軍を撃退できるぜ」


 狙撃手として工作任務に従事してきた俺には、敵と内通していたムゥハ族を利用して、ンラ砂漠で勢力を拡大する魔王軍に対抗する手段がある。


「私たちは、どうすれば良いのですか?」

「俺の作戦は、勝つための名誉もクソもない汚れた作戦(ダーティプラン)だ。しかし、お前たちにやり遂げる覚悟があるなら、ンラ砂漠の魔王軍を一掃できるだろう」

「ススムさん、私は−−。いいえ、ムゥハ族は、魔王軍との縁が切れるなら、何だってする覚悟があります」


 次期酋長のノルティは、俺の提案に目を輝かせている。

 足を組み直した俺は、羨望の眼差しを向けるノルティたちに両手を広げると、俺の策略に乗るか、このまま魔王軍の言いなりにエクスフィアの人々を裏切るのか、彼らに選択を迫った。

次回、藤堂進の戦略が明らかになる!

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