異世界エクスフィア
俺は戦場で孤立したものの、経緯はどうあれ、ここが異世界ならばゲリラ兵の追走から逃れたことになる。
「不幸中の幸いってやつだな」
手頃な岩に腰を下ろした俺は、迷彩柄のタクティカルジャケットのポケットからECM作動確認用の端末を取り出した。
霧のドームが消えた今、ここではECM作動確認が出来ないようだ。
俺の異世界転移とテスト運用されたECMに、どんな因果関係があるのか解らなければ、そもそも関係があるのかも解らない。
しかし異世界転移が新型ECMの引き起こした事態だとすれば、あちらの世界でECMが起動して同じ状況になれば、再び霧のドームが現れて原隊復帰できるかもしれない。
ECM作動確認用の端末は省電力であり、軍装品のソーラーパネルで充電もできる。
僅かな希望ではあるが、常時モニタリングして霧のドーム発生を待つしかない。
「あなたは−−」
「俺は東堂進、これからは『進』と呼んでくれ。しばらく帰れそうもないからな」
俺を追い掛けてきたペルカは横に座ると、迷彩柄の軍服や、背負っているダッフルバックから突き出たスナイパーライフルを物珍しそうに見ている。
少女に惚けている様子がなければ、迷彩柄の軍服や銃器の類を見たことがないのであろう。
「ススゥムは冒険者ではなく、このエクスフィアに迷い込んだ旅人なのですか?」
やけに外国語風のイントネーションに聞こえた『エクスフィア』というのは、この世界を指す名称か、この領地を指す国名なのだろう。
それにペルカが呼んだ俺の名前『ススゥム』も、たどたどしい日本語に聞こえた。
どうやら万能翻訳魔法とやらでも固有名詞は、そのままのイントネーションで伝わるらしい。
世界各国から集まる外国人傭兵部隊のブリーフィングには、同時翻訳機が使用される場合もあったが、固有名詞の発音は原文のまま再生されていた。
万能翻訳魔法での会話は、同時翻訳機を通じての会話と似ていると思った。
「俺はエクスフィアを知らないから、エクスフィアの存在しない世界の住人なんだろう」
「私も、ススゥムの服装を見たことがないです。それにエクスフィアは国名ではなく、この世界のことなので、エクスフィアの存在しない世界から来たのなら、ススゥムは異世界人になりますね」
俺を異世界人だと言い放ったペルカは、迷いの森に発生した霧を調査しており、何かしら事情を知っているのではないか。
「エクスフィアには、俺と同じ異世界人がいるのか? 元の世界に帰る方法があるなら、ぜひ教えてほしい」
「残念ですが、異世界人を見るのはススゥムが初めてです」
「そうか」
「でも迷いの森では、霧に包まれて忽然と姿を消す冒険者や、霧が晴れた後に用途不明の遺物が見つかることがあります。もしかすると迷いの森の霧は、エクスフィアとススゥムの世界を繋いでいるのかもしれないですね」
「霧のドームが原因で異世界転移なんて納得できないが、ペルカの言っている意味は理解できる」
「納得できないとは?」
「俺も霧のドームが原因だと思うが、魔物や魔法が存在するデタラメな世界に、俺が転移したなんて納得できない」
「ふむふむ、ススゥムが迷いの森を抜けてきたのは、意図したものではないのですね」
「当たり前だ。現実主義者の俺が、好き好んでファンタジー世界に来るものか」
「エクスフィアは、ススゥムにとってファンタジー世界ですか」
「ペルカには、ゴブリンが住む森や、魔法を使った会話も現実なんだろうが、俺にとってはデタラメだ」
「ススゥムの世界には、魔物がいないし、魔法もないのでしょうか? 魔法が使えないのは不便ですが、魔物がいないのは平和で良いですね」
ペルカが魔法がない生活を不便に感じるくらい、エクスフィアにおける魔法は、生活の一部に活用されているのだろう。
彼女の使う万能翻訳魔法は確かに便利だが、その程度の魔法であれば、同時翻訳機があれば必要性を感じない。
そもそも魔法で出来ることは、高度な科学を用いて再現可能だ。
それに地球には、ゴブリンなどの魔物がいなくても平和でもない。
俺は、悪魔なんかより巨悪な人間を知っている。
「俺の世界では、魔物は人の心に巣食い、高度な科学技術は魔法を必要としない」
「ではススゥム−−」
ペルカが手帳を出してメモしながら、質問を続けようとしたので、俺は『話の続きは落ち着いたところでしたい』と、ダッフルバックを手にして立ち上がる。
彼女は迷いの森の霧を調査しているのだから、霧から現れた俺も調査対象のはずだ。
「そうですね。では、私の滞在しているカルディラ村にご案内します」
俺が納得しなくても、原因が判明しなくても、ここが異世界エクスフィアであることは、受入れざるを得ない現実なのだろう。
部隊から孤立した俺は、原隊復帰するためにペルカを現地協力者として、エクスフィアの情報収集するのが定石だ。
「ペルカの集落で、上手い飯でも食わせてもらおうか」
「ススゥムは命の恩人ですから、喜んで御馳走させてもらいます」
こうして俺は、ペルカに同行して冒険者の集う村カルディラを訪れる。
冒険者の集う村カルデラィは、草原にぽっかり空いた直系10キロ/深さ100メートルほどの円筒形の縦坑底部に作られており、村の中心となる底部までは、外周に沿った螺旋状の坂道を下りていく。
坂道の途中、道沿いにドアや窓のある横坑が等間隔にあり、そこがカルディラに暮らす村人たちの住居で、魔物討伐や調査を生業とする冒険者は、底部にある酒場や宿屋を根城に依頼をこなしているらしい。
「そうだ、ススゥムはゴブリンを倒したとき、レベルアップしましたよね」
ペルカは大穴の縦坑底部に到着すると、足を止めて話しかけてきた。
「ゴブリンを倒したときの発光現象のことか?」
「はい。魔力は基本、自分より高い魔力を持つ相手を倒したとき、大幅に得られるのです。ススゥムは、きっとエクスフィアに来たばかりだから、ゴブリン一匹でも大幅に魔力吸収できたので、一回の戦闘でレベルアップしたのでしょう」
「倒した相手から魔力吸収すると、何か良いことでもあるのか?」
「自分の魔力で限界値だった身体能力を向上したり、新しい魔法が覚えられます。もっとも倒した相手から集めて蓄積した魔力が、自分の能力限界を超えなければレベルアップしません」
「つまりレベルアップすれば強くなり、魔法も覚えられる。ただし相手から魔力吸収しても、必ずレベルアップするわけではない。そういうことか?」
「ええ、弱い魔物を倒して得られる魔力だけでは、レベルアップするほど魔力吸収できません。弱い魔物と戦ってレベルアップするには、何匹も倒す必要があるのです」
「自分より強い相手を倒せば、多くの魔力吸収できてレベルアップが早いが、弱い相手を倒してもレベルアップするほどの魔力が集まらない。まるでファンタジーRPGの経験値システムだな」
しかし吸収した魔力で身体能力を向上したり、魔法を覚えたりするには、どうしたら良いのだろうか。
ペルカは首に吊るした認識票のようなものを見せると、そこには魔力により取得している能力一覧が表示されており、吸収した魔力が条件を満たして閾値を超えたとき、ドッグタグが発光して、得たい能力に魔力を振分けることができると説明してくれた。
「ススゥムは、認識票がないから全身が光ったのです」
ペルカの首から下げているのは、エクスフィアでもドッグタグと呼ぶのか、それとも俺の認識で同じ名称に聞こえるのか。
「俺もドッグタグさえあれば、レベルアップした魔力で魔法が使えるようになるのか?」
「ゴブリンを倒したとき、ちゃんと魔力吸収ができていましたので、レベルアップした魔力を魔法習得に振り分ければ、魔法が覚えられると思います」
俺にも魔法が使える。
それが本当ならば、少し楽しくなってきた。
異世界から戻った俺が、魔法が使える本物の『魔弾のスナイパー』になっていたら、部隊の仲間はどれだけ驚くだろう。
「現地の人間とコミュニケーションしたいので、できれば万能翻訳魔法というのを使ってみたい」
万能翻訳魔法を真っ先に覚えたい理由は、同魔法が冒険者の必須魔法だとしても、冒険者ではない一般人が使える魔法なのか解らないからだ。
「ええ、ススゥムがエクスフィアで暮らすなら、万能翻訳魔法の取得をオススメするつもりでした」
「ドッグタグは、どこで支給してもらえる?」
「今から向かう冒険者ギルドで冒険者として登録すれば、無料で手に入ります。ちょっとした審査があるのですが、ゴブリンを短剣で倒したススゥムなら一発合格ですね」
ペルカは、俺を冒険者にしたいのだろうか。
俺が戦闘を生業にしている職業軍人であれば、魔物と戦って収入を得る冒険者は適職かもしれない。
元の世界に戻るまでは、このエクスフィアで生きていくしかないのだ。
「ススゥム、ここが私の所属している冒険者ギルドです」
ペルカの所属する冒険者ギルドの建物は、そこはかとなく和風な木造二階建て、彼女の説明では、一階に冒険者や村人が集まる酒場とクエスト紹介所があり、二階にはギルド所属の冒険者が寝泊りする部屋があるそうだ。
俺とペルカが冒険者ギルドの敷居を跨いだのは、傾きかけた太陽が空を茜色に染める頃だった。
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