過去の栄光
ノルティに連れ立って集落の中心部まで戻ると、ムゥハの住人が頭を下げて、脇に寄って俺たちに道を譲る。
ノルティが酋長の娘であれば、敬意を払っての行動なのだろう。
しかし気になるのは、俺たちの背中に冷ややかな視線を送る住人がいることだ。
「ムゥハ族には、この地での定住を決めたヤマド家を快く思わない人もいます」
俺に振り返らずに呟いたノルティは、後ろ指をさされる訳合を吐露する。
「この集落は栄えているし、住人に不満があるとは思えない」
「ンラ砂漠は以前、カラド地方における魔王軍との戦いの最前線だったのです。砂漠に暮らすムゥハ族は、何度も魔王軍と戦ってカラド地方の住人から英雄視されていました。その頃を知る者や、勇猛果敢に魔王軍と戦っていた歴史を伝え聞く者には、栄光の歴史を忘れられない人がいるのです」
「なるほど」
ムゥハがシーズンオフの観光地だとしても、町中から漂う白けたムードは、懐古主義の連中が少なからずいるからだ。
彼らからすれば、観光客に諂って対価を得る現状を、魔王軍との戦いで英雄視されていた頃と比べて、嫌気がさしているのだろう。
「ムゥハが観光業が盛んな理由も、ムゥハ族の集落には、魔王軍が攻めてこないと考える人が多いからです。もうムゥハ族には、そんな力がないと言うのに」
「そうなのか?」
「ムゥハの冒険者だって、ほとんどがカルディラやラファトの出身者です」
ヤハエの話によれば、遊牧民だった頃のムゥハ族は、砂漠を渡る隊商の護衛や、オークなどの魔物討伐で生計を立てており、カラド地方に魔王軍の襲来があれば兵士たして、各地の冒険者とともに魔王軍とも戦っていた。
魔王軍は最近でこそ、ンラ砂漠での軍事作戦を控えているが、その理由を問えば、大型魔物にも臆せず立ち向っていたムゥハ族の存在が大きいと言う。
俺の世界にも通じる話だが、ムゥハ族が砂漠で暮らしていることが、魔族のカラド地方への侵攻を抑止しているとの考えだ。
「ここに定住を決めたヤマド家が、ムゥハ族を堕落させて、名声を汚したと言われています。でも魔王軍との戦闘が激化していれば、ムゥハ族は今頃、エクスフィアから消え去ったと思います。祖父のヤマ・ヤマドが定住を決めたのは、長きに渡る戦いに疲弊した一族を守るためだったのです」
足を止めたノルティは、俺を正面に見据えた。
俺の意見を聞きたいようだ。
「魔王軍と戦わず済んでいるなら、ここに定住した判断は正しかったのだろう」
ノルティは『え?』と、同意した俺に声を漏らした。
「ただ目の前の敵を倒すだけの遊撃戦は、紛争解決の手段にならなければ、ンラ砂漠にムゥハ族がいるから、魔王軍が攻めてこないという理屈は、戦場において通用しない。ノルティがムゥハ族の平穏を望むなら、懐古主義的な英雄史観に惑わされるな」
ようはエクスフィア中央政府やカラド地方の為政者は、ムゥハ族を民兵組織扱いして、ロクな支援も行わず、彼らの蛮勇を自分たちの都合に利用してきたわけだ。
そしてムゥハ族の中には、戦略なき戦場に放り込まれた犠牲者だったと自覚できず、人々が作り上げた英雄史観に浸り、現在の暮らしに満足できない者がいる。
しかしノルティのヤマド家は、遊撃戦を強いられていたムゥハ族に、砂漠を緑地化して十分な水と食料を与えたこと、本来は戦場である砂漠に観光客を呼び集めて、一族郎党を平穏な暮らしに導いた指導者である。
民兵組織が銃を捨て、農具に持ち替えて対価を得る。
同胞に遊撃戦を強いる指導者と、彼らのために平和な暮らしを手に入れる指導者、俺なら後者を選択した指導者こそ、当時のムゥハ族に必要だったと考える。
「しかし戦争が常態化したエクスフィアでは、場当たり的な戦闘に明け暮れて、紛争解決の手段を模索しないのだろうか」
「ススムさん?」
「いいや、こちらの話だ」
原隊復帰を希望する俺は、自分の世界のことで精一杯で、エクスフィアの事情に深入りするつもりがなかったが、帰還する方法が解らない今、そうも言っていられなくなりそうだ。
「俺は以前、乾燥地帯の集落に暮らす人々に水を届けていた。俺の所属していた組織は、水や食料の支援だけではなく、集落の人々に教育を施して、自分たちの力で集落を発展できるように尽力していた」
「その集落は今、どうなっているのですか?」
「俺が水を届けていた集落は、敵の襲撃により壊滅した」
「そうでしたか」
アサラの集落は、正確を期すれば敵ではなく、サヘル地域に点在するゲリラ兵に襲撃されたのだが、同族同士の殺し合いがタブーのエクスフィアでは、人族の集落を人族が襲撃したと説明するのが難しく、ただ『敵』と呼称した方が良いだろう。
「だからムゥハ族が、水や食料に不自由のない生活を送るためには、どんな苦労があるのか解るつもりだ」
ムゥハ族を代々率いてきたヤマド家は、地下水脈を掘り当てて、砂漠を緑地化してオアシスを作り上げた。
それも俺をサンドキングを操り攻撃してきた魔族がいる、ンラ砂漠の真ん中、つまり敵のいる戦場で成し遂げている。
砂漠の真ん中で蛇口を捻れば水が出る、おとぎ話の世界は、一朝一夕で作ることができない。
「サンドキングを単独討伐した冒険者から、そんな言葉を聞かされるなんて、ちょっと意外でした」
「意外?」
「はい。ススムさんは、もっと好戦的な方だと思っていたので、私の考えを否定されると思いました。だってススムさん、まだレベル21しか能力限界を超えてないのに、サンドキングに立ち向かったのでしょう?」
そう言ったノルティは、決まりが悪く鼻頭を掻いた俺を、白壁の立派な屋敷に招き入れた。
俺はこのとき、ノルティが魔族ソーシャと内通しており、身柄の引渡しを要求されているとは、露程も思っていなかったのである。
明日もお昼頃に更新します!
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