モンスター図鑑②ンラ砂漠
岩場の頂上からオークが敗走したのを確認すると、トランシーバーを使ってヤハエに迎えを頼んだ。
そして俺は、頂上付近で狙撃した赤い肌の悪魔の遺体を見つける。
ライフル弾で狙撃された悪魔の頭部は損傷が激しかったものの、赤い肌、山羊のような巻いたツノ、それに拾い上げた眼球の赤い瞳、純血種の魔族の特徴と一致していた。
悪魔の服装は、腰蓑と装飾された襟巻きだけ、露出している赤い肌には、禍々しい文様のタトゥーが刻まれており、手足の爪は黒い。
さらに遺体をうつ伏せにすれば、肩甲骨の下辺りに小さな黒い羽が確認できた。
「魔族は飛翔できるのだろうか?」
悪魔の羽を引っ張ると、伸縮性があり、さらに引っ張ると、ズルズルと体内に仕舞われていた長い羽が伸びてくる。
また腰蓑を捲れば、太くて短い尻尾が生えており、こちらも引っ張ると長く伸びる。
「なるほど、魔族は羽と尻尾を伸ばして飛翔するようだ」
敵の遺体から情報を得るのは、戦場の基本である。
俺の世界では敵を解剖するなどして、健康状態を把握していた。
「こいつを狙撃したときもドッグタグが光ったのだから、人を殺しても魔力吸収できるのだろう」
俺は悪魔を狙撃するとき、判定魔法でレベルを確認したものの、スコープ越しだから不明だったのか、判定魔法には効果範囲があるのか、何も見えなかったので、どの程度の実力者だったのか解らない。
それでもドッグタグが光ったのだから、魔力吸収ができたのは確かだ。
ヤハエに聞いたところ、エクスフィアでは退魔戦争の最中、他の種族間での紛争がないらしい。
他の種族間での紛争がなければ、人々が魔力吸収を目的に殺し合うことはないのだろうが、魔力吸収を狙って殺人を犯す、そういう輩がいないとも限らないので注意が必要だ。
「ススム! ドラゴンを倒すなんて凄いではないですか」
岩場の下からは、俺の功績を称えるヒノの声が聞こえる。
「そちらに行くから、下で待っていてくれ」
「わかりました」
岩場の踊り場には、惨たらしいオークの遺体が散乱しており、子供のヒノに見せて良い光景ではない。
俺はオークの遺体を一カ所に集めると、手を合わせてからヒノが待っている荷馬車に向かった。
「待たせたな」
「いいえ。ヒノはともかく、私は本を読んでいたので」
俺を迎えにきたのは、ヒノとクリルの荷馬車だった。
ヤハエたちは、俺が倒したサンドキングの所に戻り、遺体を解体して素材を集めているらしい。
「ススムは、一人でオークも撃退したのですよね。オークの撃退には、遺物のケンジュを使ったのですか?」
「そうだ」
「でしょうね! あの武器の性能は、本当に素晴らしいものです」
ヒノとクリルは、俺がベレッタ92でツノシシを瞬殺したことを知っている。
銃器の殺傷能力について公言したくなければ、あまり騒いでほしくなかった。
「俺の武器のことは、公にしたくない。出来れば、俺たちだけの秘密にしてくれないか?」
顔を見合わせたヒノとクリルだったが、俺が念を押せば『わかりました』と、双子は声を合わせて同意してくれた。
ドラゴンの解体には、時間が掛かるようなので、その日は、3人だけで岩場に野営することになった。
俺はノートを取り出すと、ヒノとクリルから聞いた話を加えて、ンラ砂漠の魔物について情報をまとめる。
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【ンラ砂漠】
名前:サンドキング(Lv260)
特徴:頭部から突き出た太くて長い二本のツノ、鎧を纏ったような垂れ下がった外皮が特徴。首が短く、ツノで地面を抉るように威嚇するとき、膝をついて前傾姿勢になる。体長は約25メートル、巨大なゾウを彷彿とさせる。水の魔素を纏っており、流砂に潜行して人を襲う。
補足:ツノ、外皮が水属性の魔力素材になる。魔素を含む肉は食用不可、薬やポーションの素材になる。
名前:オーク(Lv20〜40)
特徴:豚のような容姿の人型魔物。レベルや能力に個体差があり、斥候任務や戦闘に特化した個体がいる。魔族に飼いならされており、野生のオークは存在しない。
補足:携帯している武器類。
名前:砂鯨(Lv100前後)
特徴:下顎が中央から割れており、流砂地帯に迷い込んだ冒険者や商人の真下から浮上して丸呑みにする。3〜5頭の家族単位で行動しており、流砂の奥深くに暮らしているので狩猟に向かない水の魔素を纏った大型魔物。体長は5〜20メートル。
補足:魔素を含む肉は食用不可、薬やポーションの素材になる。
補足:ンラ砂漠の流砂地帯には、ヒルのような吸血性の魔物イブラと、イブラを捕食する野生動物がいるらしい。隊商が流砂を避けているために、それらの生物は確認できなかった。
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ノートをまとめた俺は、ヒノとクリルが服を脱いで寝る準備を始めたので、荷台を下りて真横にテントを張る。
エクスフィアでは、風呂と寝床に服を着て入る習慣がない。
郷に入っては郷に従えとは言うが、こればかりは受け入れ難い習慣だった。
◇◆◇
岩場で双子と過ごした翌朝、オアシスから駆け付けた冒険者は、既にサンドキングが討伐されていたことに驚いた。
ンラ砂漠を警備する冒険者は、ヤハエの狼煙を見て救援にきたらしく、サンドキング討伐のために、ベテラン冒険者が勢揃いしている。
オアシスの冒険者が、サンドキングの解体と移送に加わったおかげで、翌日の夕刻には、オアシスに向かって出立できることになった。
ベテラン冒険者の護衛付きであれば、隊商は昼夜問わず砂漠を走り、予定とは一日遅れで、ンラ砂漠のオアシスに到着する。
オアシスの集落ムゥハは砂漠地帯のほぼ中央、カルディラの管理狩猟区の外れにあり、独立した行政機関がないらしい。
「ススムは、なぜサンドキングを単独で狩れる実力がありながら、カルディラの冒険者ギルドを追放されたのですか?」
ムゥハの冒険者ギルドの職員ノルティ・ヤマドは、サンドキングやオークを狩った報酬を換金にきた俺のドッグタグから情報を読んで、前述の疑問を口にした。
彼女は、カルディラの冒険者レムと同じく、判定魔法のエキスパートらしく、俺のドッグタグから様々な情報が引き出せるようだ。
「ギルドを追放されているから、報奨金が貰えないのか。魔物討伐の報奨金は、依頼を問わず支払われると聞いている」
「ドラゴン討伐の報奨金は高額で、ムゥハのギルドでは即金で支払えないのです」
「では、ラファトで換金するよ」
「お待ち下さい。ススムには複雑な事情があるようですし、カルディラのギルド本部から送金されるまで、ムゥハに留まって頂きます」
「お前には、どんな権限がある?」
「私はノルティ・ヤマド、砂漠の民ムゥハ族を統治する酋長ヌガカ・ヤマドの娘です」
「酋長の娘?」
サンドキングを単独討伐した俺は、ギルドを追放された理由を問われて、ムゥハ族酋長の娘ノルティのせいで、足止めを食らう羽目になった。




