退魔戦争
ンラ砂漠で過ごす三日目の朝。
俺はエクスフィアの情勢を知るために、先頭を走るヤハエの馬車に同乗させてもらった。
エクスフィアでは、魔物を率いる魔族と他の種族が戦争中だと聞いているものの、まだ年端のいかないヒノやクリルに、戦争について問い質すのが躊躇われたからだ。
「ススムは、この世界の人族ではないのですね」
ヤハエは、世情に疎い俺の素性を疑っていた様子なので、迷いの森で異世界転移した事実を明かした。
彼らと魔族の戦争が長ければ、俺が無知を装って魔族の何たるかを聞き出すには、さすがに無理があるからだ。
「隠していたわけじゃない」
「私も聞いていませんでしたので、お気になさらず」
「俺が異世界人だと知っても、ヤハエは驚かないのか?」
「カルディラで商売を続けていれば、迷いの森で見つかる遺物が、別の世界で作られた品々だと知っていました。まさか人間まで現れるとは思いませんでしたが、あの森はそういう場所です」
「なるほど」
俺は御者台に座るヤハエに、魔族との戦争について聞いた。
戦争は現在、長期に渡る戦いで対話による終結を諦めて殲滅戦となっており、こちら側では『退魔戦争』と呼ばれている。
「退魔戦争は有史以前、魔族の王たる魔王ギラマノイズが、平和に暮らしていた他の種族から土地や権力を奪うために、魔物を操り戦争を仕掛けたのが始まりです」
「戦争は、有史以前から続いているのか?」
「全種族に宣戦布告した魔王ギラマノイズが存命なので、この五千年のうちに始まったのでしょう」
「五千年?」
「ええ、二千年前の古文書には、魔王ギラマノイズが『三千年を生き長らえている』と書かれています」
魔王ギラマノイズが五千年前、他の種族を宣戦布告したのが戦争の始まりならば、魔族は五千年間、他の種族を支配できずにいる。
他の種族が結束した結果、魔族は攻めあぐねているのだろうか。
エクスフィアの文明は、村の暮らしぶりや武器を見れば、俺の世界と比べて数千年遅れている。
剣、弓、槍での戦争では、お互いに決着がつけられないのかもしれない。
「魔族との戦争は、どのようなものなのだ?」
「ゴブリンは、ご存知でしたよね」
「ああ、緑の小人とは戦ったことがある」
「ゴブリンのような低能な人型の魔物は、魔族の雑兵です。我々が暮らす集落周辺には、雑兵であるゴブリンやオークなどが配置されています。彼らは普段、徒党を組んでいますが、一対一であれば冒険者にも倒せるでしょう」
ゴブリンやオークは、森に潜んでいるゲリラ兵と言ったところだ。
密林地帯に隠れるゲリラ兵の掃討作戦は難しく、魔族が森に侵入してくる敵を襲わせるために、ゲリラ兵を配置するのは理にかなっている。
エクスフィアに近代装備を持ち込めるなら話は別だが、ゲリラ兵の存在は、戦争を泥沼化させている一因だ。
「では連中の生息域に踏み込まなければ、戦闘になる危険はないのか?」
「いいえ。魔族は、魔物を率いて街や村を襲います。だから各集落には必ず冒険者ギルドがあり、魔族の侵攻から防戦しているのです」
「冒険者は普段、依頼をこなして生活しているが、魔族が襲ってくれば傭兵部隊として戦う。冒険者ギルドは、都市防衛システムを担っているわけだ」
ザンザの称号『ビレッジガーディアン』が、魔族の侵攻から生まれ故郷カルディラを守ってきた証であれば、村人に慕われている理由にも頷けた。
「我々にとって問題なのは、魔族に操られた砂漠地帯の大型魔物です。魔族はドラゴンなどの大型魔物を操り、物流の要である隊商を襲ってきます。魔族の狙いは、我々がソンゴで仕入れて、カラド地方に輸送している鉄矢や突火槍などの武器なのです」
「魔族は、隊商を襲って各村の補給路を断っているんだな」
エクスフィアには大量殺戮兵器が存在しなければ、局地戦ばかりで戦争が泥沼化している。
「魔族には、外見的な特徴があるのか?」
俺の世界には、エクスフィアでいうところの人族しか存在しないことを伝えて、魔族を見たことがなければ、どのような容姿なのか確かめた。
「純血種の魔族は『悪魔』と呼ばれて、赤い肌と瞳、頭部に巻いたツノがあります。ただ魔族には、異種交配により生まれた様々な容姿の混血種がいます。混血種の見た目は血筋により違うので、赤い瞳の他は、これと言った外見的な特徴がありません」
「魔族は、純血主義ではないのか?」
「悪魔は長寿なのですが、極端に出生率が低くて人口が少ないのです。だから村を襲った魔族は、戦力を補うために他の種族の女をさらっていきます」
「混血種の魔族は、戦争犠牲者ではないか」
「そうなのですが……。混血種は、魔物を操る力の強い悪魔の精神支配下にあります。混血種であっても、我々の敵であることに違いありません」
ヤハエは、苦々しい表情で吐き捨てた。
どうやら魔族は、俺が最も嫌うタイプの連中のようだ。
エクスフィアの事情に拘るつもりはないものの、赤い瞳の魔族と対峙したときは、心置きなくヘッドショットできる。
「おかしいな」
ヤハエは手綱を引くと、荷馬車を停めた。
今日の目的地となっている岩場は、もう目と鼻の先にある。
「どうかしたのか?」
「我々の行く手を遮るように、岩山の手前に流砂が回り込んでいます。砂漠の砂を流砂に変える地下水脈は、地下にも広がる岩山を避けて移動しているはずです」
俺の知っている流砂は、砂の粒子に水が流れ込んで液状化した砂地であり、ンラ砂漠では、地下水脈の移動によって場所が変わるらしい。
流砂とは、いわゆる底なし沼である。
「ヤハエ、一つ確認したいのだが、エクスフィアの常識が俺の常識と同じなら、流砂に潜む大型魔物は、液状化した砂漠に沈むことが出来ても、浮上することが難しいはずだ」
俺の見たドラゴンの質量であれば、液状化している地面から浮上することは不可能であり、まして流砂の中を移動なんて出来ない。
「ンラ砂漠の大型魔物は、体表を水の魔素で覆っています」
「魔素?」
「魔法元素です。大型魔物は、生息域によって異なる属性の魔素を纏っています。ンラ砂漠の大型魔物は、水の魔素を使って流砂の中を泳いでいるのです」
「つまり浮上するときは、自分の周囲だけ流砂を水に変えているんだな……だとすると、地下水脈の流れないところに流砂が出現した原因は−−」
次の瞬間、岩山と隊商の中間地点に現れた流砂が、ボコボコと煮立った鍋のような音を立てて波打つ。
「砂の王ッ、ンラ砂漠最大級のドラゴンです!」
「サンドキング……これがドラゴン」
流砂からツノを突き上げて飛び出してきた大型魔物は、俺が月明かりの中で見た巨大な影、四足歩行のドラゴン『サンドキング』だった。
「ギャオオオオオオォォォォォォォォォッン!!」
威嚇するように前足を高く上げたサンドキングは、雄叫びをあげながら長く太いツノを見せつけるように、顔を左右に振っている。
ズンッ!
サンドキングが前足で砂を踏むと、荷馬車の屋根に積まれた大型弩砲に駆け登ったヤハエが、衝撃で車外に投げ出された。
「ガッオオオオオオォォォォォォォォォッン!!」
正面を向いたサンドキングは、先頭車両の御者台で立ち竦んでいた俺と視線を交わしながら、上目遣いに二度目の咆哮を上げる。
「ススムさんッ、私の代わりにバリスタを頼む! ヤツの鼻先に当てればッ、流砂に潜るはずです!」
「わかった」
御者台から屋根に乗り移った俺は、大型弩砲の引き絞られた弦に、矢羽のついた槍をセットすると、サンドキングを照準器の正面に捉えた。
「やってやる」
ンラ砂漠の大型魔物は、移動する流砂の中に潜んでいるのではない。
大型魔物が移動するから、流砂が移動するのである。
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