ゲリラの罠?
「なんだアレは?」
未開の密林地帯には、俺の知らない部族がいてもおかしくない。
しかし俺の目の前で、民族衣装を着た金髪碧眼の少女に馬乗りして、衣類を剥ぎ取ろうとしている猫背の小人は、全身が緑色で耳が長く、ファンタジー映画に出てくるゴブリンにしか見えなかった。
「ギシャーッ!」
俺に振り返った緑の小人は、豚のような、蝙蝠のような、上向いた鼻頭にシワを寄せて、奇声をあげて威嚇してくる。
猫背のせいで不格好に前傾している緑の小人は、人間なのだろうか、それとも獣なのか。
「助けて……お願い」
相手は三人組、三匹と呼ぶべきか。
一斉に攻撃されれば、オートマチックでも接近戦が不利になると考えて、すぐさまコンバットナイフに持ち替えた。
「一つ聞いても良いか?」
「はい」
そして俺は、コンバットナイフを取り出して正面に構えたものの、少女を助けるべきか迷っている。
なぜなら彼女の発話した言語は、英語、日本語、フランス語、どれにも当てはまらなかったのに、淀みなく内容が理解できたからだ。
人間に見える少女だが、緑の小人と同様に人間ではないかもしれない。
「君らは−−、奴らは人間か?」
「違います! こいつは、森に住む卑しい魔物です!」
「魔物?」
「ゴブリンです!」
少女が人間か否かを詮索するより、敵意を向けているゴブリンの排除を優先した。
少女に跨っていたゴブリンは、腰蓑に差していた錆びたナイフを抜くと、生意気にも勝負を挑んでくるようだ。
「ナイフの手捌きは、軍で教練されている」
俺はナイフを右手に構えたが、飛び掛かってきたゴブリンには、左手を突き出して牽制した。
体勢を崩したゴブリンが、錆びたナイフを闇雲に振り抜くので、俺はナイフの軌道に合わせて体を低い姿勢で回転させると、奴の後頭部に踵を打ち込んだ。
俺は『これで終わりだ』と、意識を失いかけているゴブリンの下顎をナイフで突き上げる。
「ゲフッ!」
俺が頭を串刺したナイフを一気に引き抜けば、ゴブリンは吐血した口を両手で覆いながら、ヨロヨロとした千鳥足で近付いてくる。
足元で倒れたゴブリンの体が発光すると、キンッ! という金属をぶつけ合ったような高い音がして、疲れていた体が軽くなった気がした。
「これは何だ?」
絶命したゴブリンの発光が消えた次の瞬間、自分の体が青白く点滅していることに気付いた。
「倒したゴブリンから吸収した魔力で、能力限界の閾値を超えたみたいです」
助けを懇願していた少女が、発光する体に戸惑う俺に、当たり前の顔で言い放った言葉は、さらに混乱させる。
「能力限界の閾値を超えた?」
「あなたは今、戦闘スキルがレベルアップしたのです」
「レベルアップ?」
俺が襲い掛かってきたゴブリンを瞬殺すると、少女の両腕を抑え込んでいた残りの二匹が顔を見合わせている。
少女から飛び退いた彼らは、俺との実力差を感じたのであろう。
仲間の遺体に目もくれず、俺の来た森に向かって一目散で逃げ出した。
俺は敗走したゴブリンの背中を見送る。
「ゴブリンが怯えて逃げるなんて、あなたは凄い冒険者なのです」
少女が、はだけた胸元を直しながら立ち上がるので、一先ずの危険は去ったようだ。
「それ以上は近付くな」
俺はナイフを捨てて、拳銃を素早く構えた。
ゴブリンなんて魔物に襲われていた少女が、ゲリラ兵の用意した罠ならば、油断できない状況である。
「お前には、色々と聞きたいことがある。ゴブリンとは、ゲリラの開発した生物兵器か? 奴を倒したときの発光体に、毒性はないのか? お前が発している言語が、どうして俺に理解できる?」
少女は、矢継ぎ早の質問に戸惑っていた。
「質問の意味が解りません」
「意味なんてどうでも良い、知っているなら、さっさと答えるんだ」
俺は、状況を整理したかった。
ここは南ア密林地帯であり、ザダール将軍の暗殺任務を終えた俺は、デュポン少佐との合流のために北に向かっていた。
しかし文字通り密林地帯を五里霧中で進むうち、道に迷っていたところ、彼女の声に誘われて霧を抜けた。
そこまでは理解できる。
問題は、少女を襲っていたのがゴブリンという未知の生物で、ゴブリンを倒したとき、自分の体に起きた異変が未知なこと、そして知る限り未知の言語を話している少女の言葉が、なぜ俺に理解できるのか。
「ゴブリンは、ダンジョンや森に住んでいる魔物で、ゴーレムやアンデッドモンスターのように、魔族が作り出した魔物ではありません」
少女は、テレビゲームの説明でもしているのだろうか。
俺が聞きたいのは、ファンタジー世界のゴブリンの説明ではなく、ゲリラ組織の勢力圏に存在するゴブリンと呼称される生物のことだ。
「あなたの体が戦闘後に輝いたのは、倒したゴブリンから吸収した魔力の影響で、毒性はありません。むしろ戦闘で得た魔力を様々なスキルに振分けることで、現在の限界にある能力値を底上げできます」
「俺にお前の言葉が理解できる理由は?」
「万能相互翻訳の永続魔法は、世界を旅する冒険者に必須のスキルですから」
「俺は、魔法なんて使えない」
「私が発動しています」
つまり少女は、ゴブリンに襲われていたファンタジー世界の冒険者で、俺は濃霧を彷徨い奇しくもファンタジー世界に迷い込んだ外国人傭兵部隊に所属する狙撃手だと言いたいのだ。
「お前はファンタジー世界の住人で、俺はファンタジー世界に迷い込んだ異邦人、そんな説明で納得すると思うのか? ここは南ア密林地帯のジャングルで、俺はゴブリンと言う名前の生物兵器から、お前を助けた日本人だ」
「私の名前はペルカ・ペルーシカ、お前ではありません」
「自己紹介は、どうでも良いんだよ」
ペルカと名乗った少女は、ヤレヤレといった様子で肩を竦めた。
ペルカはゴブリンに襲われたばかり、今は俺に銃口を向けられているのに、あっけらかんとしている。
彼女にとって魔物に襲われることが日常で、拳銃の威力は知らないように思えた。
「やはり迷いの森に発生した霧のせいですね……振り返って、来た道をご覧ください」
俺がペルカに銃口を向けたまま、ゴブリンたちが逃げた方向に広がる森を見ると、シャボン玉に閉じ込められた煙草の煙のように、白く濁った半球状のドームに包まれていた。
「私は今朝、迷いの森を包み込んだ霧の正体を探る調査依頼のために、ここに来ました」
「ゴブリンに襲われたところに、あの霧の中から俺が助けにきた?」
「はい。森の深くに住むはずのゴブリンは霧から逃げて、私と遭遇したのでしょう。調査依頼と侮って、単独で受注したのは迂闊でした」
にわかに信じられない。
しかし急襲作戦でテスト運用した戦場を外界と隔絶する新型ECMの効果範囲は、森を包んでいる半球状の濃霧の中心にあるように思えた。
そう考えれば、狙撃位置が濃霧に包まれたのも新型ECMが発動してから、あの新型ECMの作用により、効果範囲が異世界の森と繋がったとすれば−−
「そんなバカなことは、絶対にあり得ない」
常識的に考えれば、これは濃霧を彷徨った俺が見ている幻覚である。
催眠ガス、音波兵器による夢オチというのが常識的なのか、そこに些か疑問があるものの、新型ECMが異世界の扉を開いたというよりは、現実解であろう。
「しかし現実だとすれば、霧が晴れるまで森に潜んでいれば、元の世界に戻れそうだな」
「あなたは、迷いの森に戻られるのですか? あの森に住んでいる魔物は、先ほどのゴブリンだけではありません。霧が晴れるまでは、私の滞在している村で休息してください」
「ペルカの言葉を信じるなら、霧が晴れる前に森に引き返さないと、元の世界に戻れない」
サイドアームのベレッタ92をガンホルスターに差した俺は、投げ捨てたコンバットナイフを拾い上げた。
俺の見ている景色やペルカが、催眠ガスや音波兵器による幻覚だとしても、ここが異世界である可能性がゼロじゃないなら、原隊に復帰する方法を選ぶのが最善だった。
「霧の中に戻るのは、急いだ方がよろしいかと思います」
「うん?」
「私がゴブリンに襲われたのは、霧の中でした。でも霧の作るドームは、どんどん縮小していますもの」
ペルカの言うとおり、霧のドームは彼女と話し込んでいる間に、中心に向かい終息しており、急いで走っても追いつく自信がなかった。
ダッフルバックを背負ってストラップを握りしめた俺は、ペルカに別れを告げることもせず、霧のドームに向かってジャングルを走った。
「ま、待ってくれ! こんな場所に置き去りにされてたまるか! 俺は原隊に復帰するぞ!」
しかし霧のドームは、無情にも視界に広がる森の向う側に消えたのである。
一般人が異世界転移しても、剣や魔法で
いきなり魔物と戦えないと思うのです。
その点、東堂進はその道のプロなので、
ゴブリンをナイフで瞬殺!!
面白そうだと思った方は、ぜひブクマ
してくださいませ୧(^ 〰 ^)୨