俺の世界
俺が外国人傭兵部隊に入隊するきっかけは、北ア乾燥地帯で暮らす人々に食料支援するNGOで、留学先の英国から現地スタッフとして参加したことだ。
同NGOでは、国境線が曖昧で政府支援を十分に受けられないサヘル地域の集落に、水や食料を配給する活動を行っており、俺の仕事は、同地域の集落に水を運ぶ給水車の運転手だった。
「日本では、蛇口を捻れば、いくらでも水が出るのでしょう。まるで、おとぎ話の世界よね」
俺が某集落の取水タンクに水を補充していると、日焼けした肌の少女が話し掛けてきた。
少女とは初対面、俺の黒髪と瞳を見て日本人だと言い当てた様子である。
「君の国だって、似たようなものだろう?」
俺はこのとき、流暢な英語を話す少女をNGOのスタッフだと誤解していたが、首を横に振る彼女は、この集落の住人アサラ・カロワーズだと言う。
アサラはサヘル地域の生まれだが、父親である白人の血が色濃く反映されており、およそ現地の人間に見えなかった。
「それは悪かったな」
「気にしないで、私の容姿を見れば誰だって間違える。別の集落から来た人は、私がNGOのスタッフだと誤解して、何かもらえると思って手を伸ばすわ」
「そうだろうね。アサラを見たとき、現地コーディネーターだと思った」
「父親とは会ったことがないんだけれど、NGOで働いていたコディネーターだったらしい」
アサラの父親は、俺のようにNGOに参加していたスタッフらしく、母国に帰国した彼は、自分が生まれたことも知らないだろうと言うのだから、出自について根掘り葉掘り聞くのが躊躇われた。
「ススムには、英語を教えてほしいのよ」
「アサラの方が堪能だと思う。俺には、君に教えられることはないだろう」
「そんなこと言わないで、手の空いたときで構わないから、この村に立ち寄ったときに、少しで良いから会話しよう」
「わかった」
俺は安請け合いすると、取水タンクからホースを抜いて撤収作業を始めた。
慌てたアサラは、帰り支度の俺を追いかける。
「約束だからね、絶対に約束だよ」
アサラは給水車の運転席を覗き込んで、念を押すのだが、人懐っこい仕草を照れ臭く感じた俺は『約束するよ』と、ぶっきら棒に答えて集落を去った。
今にして思えば、アサラは集落から連れ出してもらいたかった気がする。
彼女の容姿は明らかに異質であれば、集落でも浮いた存在だったし、英語を熱心に勉強していたのも、都市部に出て仕事を探すためだったかもしれない。
アサラとは月ニ回、集落に水を届ける度に交流を深めていくが、俺との関係を足掛かりに都会に出たいとは言わなかったし、口説かれることもなかった。
「あの娘がいる集落には、もう水を運ばなくて良いぞ」
「どういう意味ですか?」
俺とアサラの関係を知るスタッフが、給水車に水を積んだ俺に言った。
彼は、俺の肩を抱き寄せる。
「あの集落に住んでいた連中は、ナイジェリアのゲリラ組織に襲われて壊滅したらしい。サヘル地域では、欧米諸国の軍事作戦も始まっているし、俺たちNGOの介入は不可能だよ」
「嘘ですよね?」
アサラの住んでいたサヘル地域の集落は、南ア密林地帯のゲリラ組織に襲撃されて壊滅したらしい。
だからアサラが、何を考えて俺に近付いてきたのか、本心を知る機会がなかったのである。
「どうしてこうなる?」
アサラの安否を確かめたかった俺は、NGOの活動に託けて数カ月後、彼女の集落に立寄ったのだが、無数の銃痕が刻まれた取水タンクには砂が溜まり、人々が暮らしていた住居は砂に埋もれていた。
彼女が生きている痕跡はなく、そこには何もなかった。
俺の世界は、異世界エクスフィアより不条理で残酷なのに、それを認識できない人々が大勢いる。
アサラは、蛇口を捻れば水が出ることが当たり前、テーブルにつけば食事が出てくることが当たり前、そんな世界をおとぎ話だと言っていた。
俺にとって当たり前の生活は、アサラにとって夢の世界の出来事だったのである。
「俺は、この一発で世界を変える」
己の無力さを痛感した俺は、留学先の英国で大学を卒業すると、世界の不条理と戦うために、外国人傭兵部隊の入隊を決めたのである。
◇◆◇
俺は今、ンラ砂漠にいる。
取得した魔法のおかげで、暑さを感じないものの、見渡す限りの砂漠の風景は、水や食料に乏しく、常に渇いていたサヘル地域を思い出さずにいられなかった。
「ススム、何か考え事?」
クリルは、荷台から何もない砂漠を見つめていた俺に話し掛ける。
「昔のことを思い出していた」
俺がアサラに思いを馳せた理由は、ンラ砂漠の風景や、まだ十代半ばのクリルに、あの娘の面影を重ねているからだろう。




