巨悪の影
ンラ砂漠一日目の夜。
隊商の荷馬車は、大きな岩に沿って縦列に停められており、夕食を終えた獣人族の商人たちは、それぞれの荷馬車に戻り、早々に寝息を立ていた。
「ススム、どこに行くのですか?」
クリルは寝ぼけ眼を擦りながら、荷馬車を出ていく俺に話し掛ける。
「寝付けないので、外を歩いてくる」
「明日は夜明け前に出発するので、遠くに行かないでくださいね」
「わかった」
俺は荷台を降りると、ランタンの灯りを頼りにガイドブックを広げる。
ガイドブックに描かれている砂漠地帯の地図には、行路の目印になる岩場とオアシスが記載されており、それぞれ三つ村を行き来する最短ルートが線で結ばれていた。
カルディラからラファトまでのルートは、等間隔に記載されている8ヶ所の岩場とオアシスを経由するらしい。
「目印となる岩場の間隔は25〜30km、ンラ砂漠の横断には、10日間もかからない気がする」
俺は日暮れ前、岩の頂上から高倍率のテレコスピックサイトで、次の目的地となる岩場を確認している。
ガイドブックの地図はデフォルメされており、先頭を馬車で走るヤハエの持っている地図と比べると、正確性に欠けていたが、それでも距離と方角は概ね正しかった。
「高低差の問題なのか」
馬に引かれた荷馬車の速度は、人が小走りに追いかけられる程度でも、日中の移動時間が6〜8時間もある。
よほど遠回りしなければ、もっと日程を早めることが可能だと思った。
「ラファトを経由してソンゴに向かうより、オアシスから徒歩でソンゴを目指した方が早そうだ」
ラファトからソンゴは、徒歩で3日と聞いているが、オアシスからソンゴまでの距離と然程変わらないのである。
とはいえ原隊復帰の方法が解らなければ、急ぐ旅ではないのだが、家庭的な獣人族と旅していると、戦場で研ぎ澄まされた俺の感覚が衰えていく気がした。
いわゆる平和ボケである。
今、この瞬間、俺の世界では、テロリストに無辜の民が殺されていれば、ザダール将軍のような独裁者に虐げられている人々がいる。
日本人の俺が傭兵となり、テロリストや暗殺任務を請負っている理由を思い出せば、ガイドブック片手に異世界で観光気分に浸れる訳がなかった。
「あれは?」
砂漠地帯は遮蔽物がなければ、月明かりのおかげで遠くまで視界が効く。
俺は数キロ先にある砂山の稜線を歩く、四足歩行の巨大な影を見つける。
巨大な魔物は、ドラゴンだろうか。
ランタンを消して暗視スコープを取り出した俺が、ゆっくりと歩く巨大な影を確認すると、そいつは明後日の方向を向いており、こちらには気付いていない。
「こちらに向かってくる様子はないが、ヒノたちを起こすか」
巨大な魔物は身震いすると、足元から砂に沈み込んで砂山の稜線から消えた。
あれがドラゴンだとすると、四足歩行の巨大な魔物は、突き出した長いツノを加えれば目測で体長25メートル、高さにして10メートル、二階建てのロンドンバスより一回り大きい魔物である。
「隊商はドラゴンとの遭遇を警戒して、流砂地帯を避けているんだ」
俺は岩場を背にしてへたり込むと、オアシスからソンゴを徒歩で目指すことが、危機意識の乏しい判断だと思った。
◇◆◇
俺は翌朝、野営地を引き払った後、次の岩場を目指して荷馬車を走らせるヒノに、昨夜見た巨大な魔物の話を聞かせた。
「えーっ、ドラゴンを見たのですか?」
「俺が見たのは、やはりドラゴンなのか」
「砂漠地帯の大型魔物には、ドラゴン以外にも砂鯨などがいますが、ツノと手足があって砂から出ていたならドラゴンですね。僕も実物を見たことはありませんが、絶対にドラゴンですよ。良いな〜、僕も見たかったです」
ヒノが俺を羨ましがっているので、砂漠を移動する流砂地帯を避けている隊商が、ドラゴンと遭遇するのは、稀なことだと解る。
「でもススム、ドラゴンを見たことは、大人たちに言わない方が良いですよ」
「なぜだ?」
「近くにドラゴンがいたなら、きっとカルディラに引返すことになります。タマーノ商会は昔、隊商がドラゴンに襲われて親戚縁者が全滅したんです。僕らの祖父母は、そのとき亡くなっているのです」
「なるほど」
俺はヒノの忠告に従って、ドラゴンを発見したことは、ヤハエに報告しなかった。
そして俺が報告を怠ったせいで、エクスフィアは、思うほど平和な世界ではないと思い知ることになる。
「ンラ砂漠は、我ら魔族の領地であるぞ。我らが領地に土足で踏み込む獣人族は、生きて帰すわけにいかないのだ」
なぜなら俺は、巨大な影に気を取られて、ドラゴンの上にいた小さな人影を見落としていた。
ドラゴンは、こちらに気付いていなかった。
しかしドラゴンに跨っていた人影は、俺の灯したランタンの明りを見逃さなかったのである。
魔物を操る魔族の登場で、
物語は加速します!
( ╹▽╹ )〈ブクマしてね




