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バカンス気分

 ヒノが操車を任せろと言うので、俺は荷台に腰を下ろすと、クリルに借りた本を読むことにした。

 クリルから借りた本は3冊、『カラド地方の歩き方』『食べられる魔物』『覚えておきたいマナー集』である。


 スキルツリーを解説した『逆引き辞典』は購入したので、借りているガイドブックから読む。

 カラド地方とは、ンラ砂漠を中心として人族とエルフ族の暮らすカルディラ、獣人族の暮らすラファト、ドワーフの暮らすドワーフ自治区ソンゴ村(通称:ソンゴ)、三つの村の頭文字から付けられた地方区分である。


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【カラド地方の歩き方】


村名:カルディラ

面積:107,500km2

総人口:13,000人(人族11,500/エルフ族1,500人)

主な産業:農畜産業、食品加工業、繊維業。

管理狩猟区:迷いの森/ンラ砂漠北東地区

【ここがポイント!】カルディラには、多くの遺跡が点在する『迷いの森』、ドラゴンの生息する『ンラ砂漠北東地区』の二ヶ所、エクスフィア中央政府より管理委託された狩猟区がある。また冒険者ギルドに寄せられる依頼クエストの内容も、食料調達や遺跡調査などの比較的安全なものから、ドラゴン討伐などの大型案件もあるため、初心者からベテランまで、大勢の冒険者の集まる村となっている。

【食事】カルディラは、魔王軍に森を追われたエルフ族が開拓した村であり、村人の大半が人族となった今でも、森や草原で取れる虫を使った、エルフ料理が名物となっている。


村名:ラファト

面積:57,000km2

総人口:8,500人(獣人族6,500/人族1,500人/エルフ族500人)

主な産業:小売業、卸売業、貿易業。

管理狩猟区:青海のサンゴ礁

【ここがポイント!】ラファトは行商を生業とする獣人族が暮らしており、カラド地方の物流拠点となっている。狩猟区である『青海のサンゴ礁』には、水棲魔物がいるものの、同村の漁港や貿易港は『癒やしの海ホスピ』にあり、青海のサンゴ礁は航路として使用されていないので、討伐や狩猟の依頼が殆どない。

【食事】小さな村ラファトだが、村東西で違う食文化がある。海に面した東側の獣人族は、ホスピ海で獲れる海の幸が豊富ならば、海鮮を好む傾向にあり、内陸部で行商する獣人族が多い西側では、暑さに負けないスパイスの効いた肉料理を好んで食べる。

 隊商が旅の途中で集めてくる食材、漁港に陸揚げされる新鮮な魚介類、山海の幸に恵まれた食の都ラファトには、料理を目当てに訪れる観光客も多い。


村名:ソンゴ(ドワーフ自治区ソンゴ村)

面積:205,750km2(拡張中)

総人口:5,600人(ドワーフ族)

主な産業:炭鉱業、鉄鋼業、金属加工業。

管理狩猟区:逆さ火山

【ここがポイント!】ソンゴの正式名称『ドワーフ自治区ソンゴ村』は、ドワーフの掘り進めた炭坑や地下壕を利用した村で、エクスフィア中央政府よりドワーフ族の自治が認められている。魔王軍との戦争が激化、種族間の団結が必要となった現代において、単一種族の自治区が認められているのはソンゴだけとなった。

 ソンゴの狩猟区『逆さ火山』は村外の地下にあり、円錐形に抉れた3,000メートル級クレータの中心に湧き立つマグマは絶景だが、滑落して命を落す冒険者も多いので注意が必須だ。

【食事】生きた魔物を鎖で縛り付けて、燃え盛るマグマにを放り込んで焼く、野趣溢れる郷土料理『踊り魔物のマグマ焼き』がオススメだ。しかしマグマ焼きは硫黄の香りが強く、硫黄独特な香りが苦手な方は、捌いた魔物を熱い岩石で焼く『岩石焼き』を注文すれば良いだろう。


※ドワーフ族は栄養素補給のために、土や石を食べる習慣があります。皿に盛られた土や石を誤飲しないように、お気を付けください。


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 俺が読んでいる『カラド地方の歩き方』には、カルディラ、ラファト、ソンゴの特徴が掲載されているものの、内容のほとんどが食や特産品の紹介に偏っており、同封されている地図にも、食い物屋や土産物屋の位置ばかりが記載してあった。


「この手のガイドブックは、なぜ食い物屋や土産物屋の紹介が多いのだろうか?」


 俺に帰りを待つ者がいなければ、土産物屋の情報は不要である。

 しかし口に入る物であれば選り好みしない俺だが、どうせ食べるなら、不味い料理より、美味い料理が良いに決まっている。

 食に関する情報は汎用性が高く、ガイドブックに記載するには無難なのだろうか。


「今のところ、エクスフィアの料理にハズレなしだな」


 カルディラのエルフ料理は、ほぼ中華料理だったし、ラファトの料理は、昨晩の食事会でしか食べていないが、ガイドブックを読めば、ラファト沿岸部の料理は、トルコ南部の地中海料理に似ている気がした。

 ラファト料理の味を想像すると、思わず舌舐めずりしてしまう。

 そうなると、ガイドブックを読んで気になるのは−−


「硫黄臭いドワーフの郷土料理は、口に合わなそうだな……って、俺は、まるで観光客みたいじゃないか!?」


 ガイドブックを読んだ俺は、ご当地グルメに思いを馳せて観光気分に浸っていた。

 俺は今、ガイドブックの掲載記事に左右されて、ラファトでの食事に心を踊らされている。

 これが俗に言うステマ、ステルスマーケティングなのだろうか。

 俺は『ここは戦場だ』と、腑抜けた自分に言い聞かせたものの、続けて『俺の戦場だろうか』との疑問も口にした。

 あちらの世界でザダール将軍の暗殺に成功していれば、エクスフィアでの任務があるわけではない。

 任務を終えたばかりなら、異世界で観光気分を楽しんだって良いのかもしれない。

 

「ススム、今夜の野営地が見えてきましたよ」


 手綱を握るヒノは振返り、軽く顎をしゃくって前方を指し示す。

 俺が荷台の幌を手で避けると、何もない砂漠に、小島のように浮かぶ大きな岩が見えた。


「目的地は、あの大きな岩か?」

「はい。ンラ砂漠には、砂の移動で地形が変化しても迷わないように、行路の目印となる大きな岩と、冒険者たちが常駐しているオアシスがあります」

「砂漠地帯では、目印を経由して渡るんだな」

「はい。それに岩場は、万が一ドラゴンに襲われたとき、助けが来るまでの退避所にもなります」

「隊商の兵装では、ドラゴンを倒せないのか?」

「あれは、追い払うための武器です」


 ヒノは荷馬車を大きな岩の日陰に回り込んで停車すると、荷台の幌からドラゴンに襲われたときの避難所となる岩場に飛び移り、下で待っていた俺に手を振っている。


「そこに馬車を停車すれば、すぐ岩場に飛び移れそうですね。ススムも大丈夫ですよね?」

「ああ、問題ない」


 荷馬車から初めてンラ砂漠に降り立った俺は、直射日光を浴びているのに、風が吹けば肌寒く感じる。

 外気に触れる触覚をスキルアップしたことで、炎天下でも体感温度を調節して、酷暑に耐えられる体になっているのだろう。


「ソンゴまでは、バカンスのつもりで楽しもう」


 ヒノが操車から野営地の準備、食事の世話までやってくれるのだから、俺のやる事は読書と昼寝だけである。

 ンラ砂漠に吹く爽やかな風に、一夏を過ごしたコルシカ島のビーチリゾートを思い出すと、カクテルでも飲みたい気分になった。

 俺はこのとき、エクスフィアが魔物を率いる魔族との戦時下だと失念していれば、人の住まないンラ砂漠が魔物の領域、つまり敵地だと言うことを忘れていた。

次回、急展開。

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