魔弾のスナイパー
Assassination has the greatest effect on conflict resolution with minimal damage.
暗殺は紛争解決において、被害を最小限に最大限の効果をもたらす。
◇◆◇
「ザダール将軍は明朝、武器取引のために現場からヘリコプターでN市街に移動する。我々がヘリポートでターゲットを目視した後、東堂准尉が新型ECMの展開を合図に狙撃を開始する」
先頭を歩いていた上官のポール・デュポン少佐が、小銃を構えて歩く兵士に振り返ると、最後尾でスナイパーライフルMk15カスタムを背負っていた俺、東堂進に目配せした。
「使用される新型ECMの効果範囲は半径3キロ、局所的ではあるが通信機の他、GPSジャマー、地上波レーダー、あらゆる周波数帯域において現場に不可視領域を作り出す。周辺に潜んでいるゲリラ共が将軍の死亡を確認する頃、俺たちは機上の人というわけだ」
デュポン少佐は、ダッフルバックを肩から下ろして、ボルトアクションのスナイパーライフルを調整している俺に歩み寄る。
「狙撃位置から標的まで2,000メートル、ここより先には開けた場所がない。しかし『魔弾のスナイパー』と呼ばれる君なら、GPSの支援がなくても朝飯前の距離だろう?」
魔弾のスナイパーとは、吹き荒れる風や重力干渉を物ともせず、まるで魔法のような弾道で、標的に必ず着弾させる俺の異名である。
魔弾の異名は魔法のような弾道であり、当然ながら魔法ではない。
「ああ、問題ない」
歩兵部隊に狙撃手として同行した俺は、ヘリポートの見下す位置でバイポッドを立てると、草むらにうつ伏せになった。
「我々は散開してヘリポートを監視するが、敵と交戦になれば狙撃による暗殺作戦を失敗として、INSミサイルによる空爆に変更する。スナイパーの東堂准尉は、銃声が聴こえたら迷わず転進しろ」
「わかった」
デュポン少佐は、外国人部隊を率いるフランス人で、テロリスト集団のリーダー暗殺を現場で指揮している。
ターゲットであるアルマハ・ザダール将軍は、南ア密林地帯に蔓延るゲリラ組織を統率する最高指導者であり、彼の命令で都市部に潜んでいるテロリスト集団が活動を起こせば、世界各国で数万人規模の死傷者、天文学的な被害額が予測されていた。
それにザダール将軍がヘリコプターで向うN市街地での武器取引には、国連の制裁決議により経済封鎖に追い込まれた核保有国のエージェントが同席する。
つまり今日の暗殺任務に失敗すれば、密林に潜むゲリラ組織に、核保有される最悪の事態だってあり得るということだ。
「世界平和は、君の双肩にかかっている」
デュポンは屈むと、草地に寝転んだ俺の肩に手を置いた。
ザダール将軍の暗殺を命令されたデュポン少佐は、ゲリラ組織に潜入している協力者の情報に基づいて、現地に6名の歩兵と狙撃手の俺、彼を含めて合計8名を急襲作戦の少数精鋭部隊として召集した。
「任せておけ、自信がなければ志願しない」
狙撃による急襲作戦に参加するのは、たった8名、世界を恐怖に陥れているザダール将軍を暗殺するライフル弾は、たった25$だ。
これが空爆なら一発数千万$のINSミサイルや航空支援が必要となり、それも確実にターゲットを仕留められる保証がないのだから、狙撃による暗殺は、やはりコストパフォーマンスに優れた紛争解決の手段だと思う。
「さすが魔弾のスナイパー、ずいぶんと余裕だな」
デュポン少佐は、思わずほくそ笑んだ俺を見て眉根を寄せた。
緊迫した場面で笑みを浮かべた俺も迂闊だったが、幼稚な異名で呼んだデュポン少佐は、口数も多くて浮足立って見える。
「デュポン隊長こそ、窪地にあるアジトは早朝、濃霧に包まれて視界が悪くなる。ザダール将軍の所在がはっきりしなければ、俺は狙撃を中止するしかないんだぜ」
南ア密林地帯では早朝に掛けて、森が濃霧に覆われることが多く、窪地に作られた敵のアジトからヘリポートまで視界がゼロになる可能性がある。
霧が濃ければザダール将軍を狙撃するチャンスは、ヘリコプターのダウンウォッシュが霧を吹き払うとき、それが一瞬であっても俺なら狙撃が可能だ。
「君に指摘されなくても、すぐに行動を開始する。我々は会敵に注意しながら、東堂准尉の死角に散開するぞ」
もっとも建物からヘリコプターに乗り込む者がザダール将軍なのか、それとも別人なのか、デュポンたちが確認してECMを展開しなければ、俺はスナイパーライフルの引き金を引かずに、INSミサイルによる空爆に任せて撤退するしかない。
「合図を宜しく」
俺が手を煽ると、デュポン少佐は歩兵たちを二手に分けて立ち去った。
一人残された俺は、ECM作動確認用の端末を横に置いて、ギリースーツのフードを被る。
周囲の景色に溶け込むように気配を消した俺は、ザダール将軍がいるであろう建物を警備するゲリラ兵に照準を合わせつつ、そのときを待つことにした。
◇◆◇
そして夜明け。
小高い丘から敵のアジトを見下ろしていた俺は、立ち込めた深い霧に視界を塞がれていたが、辛うじて見えている建物の屋根に当たりをつけて、ヘリポートまでのルートをスコープで確認していた。
ザダール将軍は、このルートを使ってヘリコプターに搭乗するはずだ。
もしもヘリコプターがローターを止めて、ターゲットが濃霧に紛れてヘリポートに向かったとしても、俺の腕前ならばルート上を通過する人影を正確に狙撃できる。
「さあザダール将軍、リムジンのお出迎えだ」
しばらくしてパタパタというブレードスラップ音が近付いてくると、機首を傾けたヘリコプターが、俺の頭上を勢いよく通り過ぎてヘリポートに向かって飛んでいく。
ヘリコプターが吹き下ろすダウンウォッシュのおかげで霧が晴れると、既に小銃を携帯したゲリラ兵がヘリポートに待機していた。
「ECMは?」
ECM作動確認用の端末は、俺が視線を向けた瞬間にオンに切り替わった。
暗殺のターゲットであるザダール将軍は今、武器取引のためにN市街までヘリコプターで移動する。
協力者からの情報は、正しかったようだ。
ECMを展開したデュポン少佐は、仕事を終えて帰路についていれば、後はゲリラ兵が通信妨害に気付く前にターゲットを狙撃して、今回の暗殺任務は完了である。
「俺は、この一発で世界を変える」
独り言る俺は、スナイパーライフルのボルトを手前に引いて薬室にライフル弾を装填すると、建物からヘリポートに向かっているザダール将軍の横顔を捉えた。
側頭部を晒した将軍は、まさか2キロ離れた場所から、俺に命を狙われているとは思わないだろう。
ドシュッ!
やけに軽い銃声、しかし手応えは十分だった。
2射目に備えてボルトを引いた俺は、側頭部を被弾して膝から崩れ落ちるザダール将軍の脇腹をスコープで狙い定める。
ダダダダダダッ!
ザダール将軍を囲うように集まったゲリラ兵は、俺より遥か手前の森に向けてアサルトライフルを掃射している。
狙撃位置は、敵の射程圏外。
俺は慌てることなく、ターゲットの生死を確認するために引き金に指を置いた。
ドシュッ!
俺の2発目がザダール将軍の脇腹に着弾したが、彼はピクリとも動かなかったので、立ち上がってバイポッドを畳んだ。
着弾したターゲットに生体反応がなければ、初弾で頭を撃ち抜かれたゲリラ組織の最高指導者は死んでいるだろう。
ギリースーツを脱いで軍装のダッフルバックに詰め込んで背負った俺は、ますます霧が濃くなった森を回収ポイントまで転進する。
俺が撤収を開始すると、風向きが変わって濃霧が姿を隠してくれた。
お誂え向きのカモフラージュである。
「テロリズムに傾倒したゲリラ風情が、過ぎた玩具を欲した報いだ。俺を恨むなよ」
追っ手からの距離は確保しているものの、密林はゲリラたちの庭である。
俺はトラップに気を付けながらも、急ぎ足で4キロほど北進した合流地点に向かった。
◇◆◇
濃霧に包まれた深い森、コンパスに従って小一時間も歩けば、デュポン少佐と合流できると踏んでいた俺だったが、いつまでも続く白い景色に焦り始めていた。
通信機はECMの範囲外に出たにも拘わらず、生茂る木々や濃霧に電波遮蔽されているのか、全周波数域でノイズしか拾わない。
よもや道に迷って、未だに敵の周辺部を彷徨っているのかと考えたが、白い靄の向う側を照らす太陽の位置を確認すれば、方角を誤っているとも思えない。
「……助けて……誰か助けてください」
助けを求める女性の声は、俺の進行方向から聞こえた。
「こんなジャングルの真ん中で、英語……いや、日本語か?」
小銃を構えたゲリラ兵に追われて、白い濃霧の中を手探りに進んでいる俺は、緊張に堪え兼ねて、幻聴でも聞いたのだろうか。
それとも助けを求める女性の声は、デュポン少佐たちとの合流地点である集落から発せられたのか。
「違うな」
首を横に振った俺は『惑わされるな』と、冷静な判断に努めるように自分に言い聞かせた。
ここは、まだ敵の勢力圏である。
協力者の用意した集落とはいえ、合流地点に待ち構えているのが、味方だけとは限らない。
現地の言葉ならともかく、わざわざ俺に伝わる言語で助けを求めているのだから、女性の悲痛な叫び声は、誘き寄せるための罠を疑うべきだろう。
「誰か助けてください! いやッ、やめて!」
幻聴ではなかった。
幼さの残る声の主は、まだ年端のいかない少女のようだった。
敵の罠だとしても、子供を使っているなら許せない。
身を低くした俺は、サイドアームに携帯したベレッタ92の撃鉄を起こして、声のする方に近付いた。
次第に人影がはっきりする。
「ギシシッ」
「いやッ、だ、誰かいませんか!」
次の瞬間、霧が風に流されると、仰向けに倒された少女の両腕を抑え込む人影と、彼女に跨って衣服を剥ぎ取ろうと、胸元を掴んで体を前後に揺する緑の小人が見えた。
歯を擦り合わせたような笑い声で、少女を蹂躪している三人組は、子供のような背丈ではあるが、極端な猫背であり、四足の獣が無理やり二足で立上がったような姿だ。
少女を襲っている三人組は、およそ人間と形容し難い異形の小人だったのである。
「お、お願いです……助けてください」
俺が銃口を向けたまま後退りすると、目の合った少女が嗚咽まじりに懇願した。
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