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前編

「やっとね」


 戦場に突如響いた銅鑼の音、その意味は分かっている。


「今日はここまで!引き上げるわよ!」


 銅鑼の音は敵軍の引き上げ合図、周りにいた兵士達は私の声に安堵の色を浮かべた。


「助かったぜ」


 城へと引き上げる兵士達が呟く。

 でも1日だけ寿命が延びただけ、殆どの兵は明日は間違いなく死ぬだろう。

 その中に自分も含まれるかもしれない。


 明日になれば、敵は新たな増援が来る。

 対する私達に増援は来ない、また確実に弱ってしまった。


 長い1日が終わり、私達はボロボロの身体を引き摺る様に城内へと戻って来た。

 城の周りには打ち捨てられたおびただしい死体の山、中にはまだ息のある兵士もいたが、とてもじゃないが連れて帰る事は出来なかった。


 夜の闇が広がる戦場は敗残兵の装備を奪う盗賊がどこからともなく現れ、戦場と変わらぬ危険な場所だから。


「堅苦しい事は無しにしましょう。

 今日はよくやってくれました、嬉しく思います」


 着替えを終えた私は城内の大広間で頭を下げる。

 私はこの国の王妃、今日も戦場に立ち前線を指揮していた。

 その姿を生き残った男達が冷めた目で見ていた。


 このサザーランド王国は隣国の一つ、アヌラ王国から侵略を受け、今まさに滅びようとしている。


 最初は小さな小競合いから始まった戦い。

 大国であるサザーランド王国からすれば小国のアヌラ王国に負ける筈無い、みんなそう思っていた。


 しかし始まってみればサザーランド王国は連戦連敗。

 辺境の地で娘と暮らして居た私が王都に駆けつけた時、既に正規の王国軍は壊滅状態だった。

 ここに居るのは殆どが国王によって金で雇われた傭兵達。

 王都は城を残し、完全に包囲された。


 堅牢で名城と名高いスクリット城だが、敵の包囲は幾重に渡っている。

 城を捨てて逃げる事など最早不可能であるのは明白。


「けっ、今更何を気取ってやがんだ」


 一人の男が毒づく。

 その声は大きく響き渡り、周りの男達全ての耳にも入った、当然私にも。


「おいラクセル」


 さすがに隣の男が諌めた。


「構わねえよ」


 ラクセルと呼ばれた男は気にする事なく口元を歪めて笑うと、数人の男達も追従するように笑う。


「...さあ今宵は大いに飲みましょう」


 私は嘲笑する男達から目を逸らし、笑い掛けた。


 私の名前はマリアンヌ。

 このサザーランド王国で第二王女として産まれた。


 私の夫、国王ランブリードは他国より婿に来た男。

 私が王都に駆けつけた時、奴は私と娘を棄て寵妃を連れて逃亡した。

 もっとも途中で捕まり、その場で斬り殺されたそうだが。


「キャ!」


 宴が始まると給仕をしていた女に早速ラクセルが絡む。

 嫌がる女の身体を触り、イヤらしい笑みを浮かべていた。


「や、止めて下さい...」


 ラクセルに腕を掴まれた少女は消え入りそうな声で言う。

 そんな事をしたらラクセル達は逆に興奮するだけだ。

 周りの男達も止める事なく、諦めた目で見ている。


「...何故?」


 腕を掴まれている女の顔に血の気が失せる。


『どうしてあの子が?』

 部屋で大人しくする様に言った筈なのに。


「お止め下さい、彼女はその様な人間ではございません」


 私は慌ててラクセルを止める。

 大男に掴まれる彼女の恐怖が痛い程分かった。


「なんだババア、テメエに用は無え!

 消えろ、最後の酒が醒めちまうぜ」


「全くだ」


 ラクセル達は私を睨み付けた。

 ババアとは酷い言われ様だ、斬り刻んでやりたいが、この場で剣を抜く事は出来ない。

 ラクセル達も貴重な戦力なのだから。


「申し訳ありません、私の娘なのです」


 屈辱を堪えながら事情を話した。


「って事はお姫様か。

 こりゃ良いや、どうせアヌラの奴等に捕まったら(なぶ)られっちまうんだ、俺が女にしてやる!」


 私の言葉は逆効果だった。

 煽られたラクセルが再び迫る、恐怖から娘はただ身体を震わせていた。


「止めてください!わ、私が代わりに」


 私は叫んだ。

 娘の為だ、この身を奴に捧げるくらい...


「ふざけるなババアなんぞ冥土の土産にもならねえ!」


「全くだ、歳を考えろ!」


 嘲るラクセルとその部下達。

 怒りで目の前が真っ赤に染まる。

 実際、王族の娘がアヌラの手に堕ちれば、もう生き延びる途は無いだろう。


『ラクセルを斬る』

 私は剣に手を掛けた。


「やろってのか?いいぜ、お前ら母娘を殺して俺達も明日には続いてやるぜ」


「ギャハハハ」


 全く怯まないラクセル達。

 元々傭兵の奴等は王族に対する忠誠心を最初から持ち合わせていないから当然か。


「...仕方ない」


 身体をラクセルに向け、奴の眉間に剣を...


「ぎゃ!」


 突然ラクセルは悲鳴を上げる。

 いつの間にか現れた1人の男がラクスルの右腕の関節を掴み上げ、床に放り投げた。

 娘は私の元に、身体は酷く震え、怯えきっていた。


「どうしてここに来たの?」


「ごめんなさい、私も役に立ちたくって...」


 しがみつく娘。

 気持ちは分かるが、傭兵達とはどういう物か身に染みただろう。


「その辺にしとけ」


 フードを目深に被った男は静かに呟いた。

 誰だろう?初めて見る。

 それより、その声はまさか...


「なにしやがる!」


 ラクセルは痛む腕を振りながら男を睨み付ける。

 男とラクスルの実力差は明らか。

 私は剣を納め冷静に、その場を見ていた。


「明日も戦うんだ、無駄な体力は使わない方が良いぞ」


「格好つけやがって、明日には死ぬかもしれねえ身なのによ」


 ラクセルは男を睨みつけながら吐き捨てた。


 奴は適当に戦い、金を受け取ってからアヌラに着く算段だったんだろう。

 しかしアヌラ王国はサザーランド王国を傭兵共々根絶やしする作戦だから拒まれた。

 おそらくそんなところだろう、目論見が崩れたって事か。


「だからだ、せめて最後まで戦いに生きる者らしく、な?」


「へっ食い詰め野郎が、お前も金目当てに参加した口だろ?」


 男の言葉に耳を貸さないラクセル。


「そうかもしれんな」


「ほれみろ」


「だがお前とは違う」


「なんだあ?」


 ラクセルは男の胸ぐらを掴む、なかなか強い力。

 男の両足が吊り上げられた。


「そろそろ止めなさい」


「うるせいババア!」


 さすがに止めようとする。

 なぜなら男の全身から殺気が漂い、このままではラクセルが...


「王妃、明日1人減るが良いか?」


 男がフード越しに私に呟いた。


「殺さぬ様に」


 意味はなんとなく分かった。


「ふざけるな!!」


 ラクセルが男の頬を殴り付ける。

 被っていたフードが捲り上がって...


「...やっぱり」


 フードの下から現れた顔はやはり彼だった。

 何年振りだろう?

 娘が15歳だから16年振りになるのか。


「ギャー!!」


 叫び声と共にラクセルの右腕が宙を舞う。

 素晴らしい腕前、変わって無い...

 いいえ、昔より速くなったね。


「止血してやれ」


 返り血を拭きながら男はラクセルの仲間に頼んだ。


「見えたか?」


「...いいや」


 奴等はラクセルの止血をしながら囁く。

 あれ程の剣技を見た事は無いだろう、剣に生きて来た彼だからこそ出来たんだ。


「久し振りね...ユーリ」


 思わず名前を呼んでいた。

 愛しい彼の名を。


「ユーリ...まさか...元サザーランド王国騎士団のユーリ・ハルナムか?」


「奴は追放されたんじゃ」


 広間に衝撃が走る。

 確かに彼は16年前に王国を追放された。

 前国王である父によって、私との婚約を反古にされた彼の逆恨みを怖れて。


「...生きてたのね」


「まあな」


 涙が止めど無く流れる。

 どうして彼がここに居るのか分からない。

 しかし彼を最後に見る事が出来たんだ、もう思い残す事は無い。


「おいユーリって」


「まさか鬼剣士の?」


 傭兵達も騒がしい。

 どうやら彼はその世界(傭兵の世界)でも有名人らしい。


「少し良いか?」


「え?」


「話がある」


 そう言うとユーリは歩き出す。

 私と娘は彼に続いた。


「ここでいいかな」


 ユーリは一つの部屋で立ち止まる。

 そこは私と姉が娘時代に使っていた秘密の部屋。

 決して忘れない彼と過ごした、あの想い出が詰まった部屋...


「お前達を助けに来た」


「なんですって?」


 扉を閉めたユーリは静かに呟いた。


「シルビア様の依頼だ、『妹と姪の救出を』と」


「姉上が?」


 シルビアは私の姉、ここから遠いハムナ王国に妃として17年前に嫁いだ。

 政略結婚だが、幸せに暮らしている姉。

 心配を掛けてはいけないと思い、救援は頼まなかった。


 サザーランド王国は腐敗していた。

 軍も、内政も、圧政に苦しめられていた民衆は煽動され、アヌラ王国と手を結んだ。

 つまり私達は国民からも見捨てられたのだ。


「急を知ったシルビア様は国王にサザーランド王国の窮地を訴え、了承した国王はハムナ王国軍を率い、彼女と王子を連れてここに向かっている。

 しかし間に合わないと見たのだろう」


「そう」


 淡々と話すユーリ。

 姉さんが来るのね、王子まで連れて...


「あの」


 娘がユーリに近づいた。


「貴女がユーラシア姫か?」


「はい」


 ユーリの言葉に娘は優雅に礼をした。

 まさかこんな形で2人が初めて顔を会わすなんて。


「初めまして、()()()


「なんだと?」


「...知ってたの」


 娘の言葉に激しい衝撃を受ける私達だった。



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[一言] 新作、中々にじれったいはなしですな。
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