『ボロアパート』から異世界へ仮移住。失ったものはなんですか?
その日、私は仕事でミスをした。
「昔の私は輝いていたわ」
「十年前に戻りたい」
誰もいないボロアパートで愚痴をこぼす。
三十歳、独身OLの日常なんてこんなもの。
その夜、寝る前に見た不審メールに、私は衝動的に返信してしまった。
『若返って異世界に仮移住しませんか?』
『YES』
迂闊な行為だったが、メールは本物。
差出人は異世界の神。自分の造った世界に移住してくれる人間を募集しているという。
「まずは仮移住から。期間は一年。ダメなら一年遡って帰してあげる」
若返れると知った私は仮移住を決意した。
その後、同じく仮移住する二十五歳の青年と、歌がとてもうまい女子高生と暮らすことに。
もっとも彼らの本当の年齢はわからないけど。
最初ぎくしゃくしていた私たちは、協力していくうちに徐々に仲良くなった。
中でも二十五歳の青年と私は話が合い恋人になる。
恋愛なんていつぶりだろう?
みんな最初は若返ったことに有頂天になっていた。
しかし、異世界で己を見つめ直していくうちに、自分たちの疲弊していた理由が若さを失ったからだけではないことに気づく。
「失ったのは、若さじゃなくて純粋な心や挑戦する勇気だったのね」
私の言葉にみんな頷いてくれた。
これに気づけただけでも仮移住してよかったと思う。
一年は、あっという間だ。
本当に移住するかどうかの選択を私たちは迫られる。
移住できるのは1人だけ。
女子高生は病人。日本に戻れば死が近いという。
彼女の話を聞いた私と青年は移住の権利を譲り、帰ることにした。
帰れば元の年齢に戻るとわかっていたから、互いに連絡先は伝えなかった。
しかし、一人帰ったボロアパートの部屋で、私は心底後悔する。
もっと勇気があったなら、彼と一緒にいられたのに。
仮移住で学んだことを、私は結局生かせなかったのだ。
そんな中、テレビに闘病中の女性歌手死亡のニュースが流れた。
私は歌手が女子高生だと確信する。
急いで参列した告別式で、年上の男性と会った。
ちょっとした仕草となによりその眼差し。彼こそがあの青年だと思った私は、勇気を出して声をかける。
果たして、男性は彼だった。
「君に連絡先を伝えなかったことを死ぬほど後悔した。俺と結婚してほしい!」
その場でプロポーズされた私の返事はもちろん「イエス」。
その後、私と彼はいつまでも若々しい心を失わず幸せに暮らした。