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チクタクバエ

作者: 京本葉一

 天井からブーンという音がきこえる。

 見上げると、ハエが一匹、照明のまわりを飛んでいた。

 どこからか部屋に侵入したらしい。そういえば、ハエの大量発生がニュースになっていた。


 ウィルスや細菌ほどではないが、ハエも世代交代がはやく、環境適応力がすさまじい。農薬、殺虫剤、虫よけスプレーなどなど、苛酷な環境を生き抜いてきたハエたちは、変異を繰り返し、あらゆる薬剤に耐性をもってしまった。

 外に生ゴミを放置すると、わずかな時間で無数のハエがたかる有り様だ。

 ハエを捕食する天敵生物は多いが、そいつらが食べきれないぐらい繁殖しているとのこと。どれだけ衛生管理を徹底しようとも、虫コナー○で守られようとも、ハエが部屋に迷い込むこともあるだろう。


 ブーーーンという地味にうるさくて気が散る羽音をたてて飛んでいたハエは、天井の照明から離れて壁にとまった。

 羽音も消えたが、一時的なものにすぎないだろう。

 不衛生であることも疑いない生き物が、いまなら手のとどく位置にいる。

 殺生は好まないが仕留めるのもやむなし。

 殺虫剤は効きにくいため、スリッパで始末すると決めた。

 利き手でかまえて、息を殺し、静かにターゲットへ近づいた。


 チク、タク、チク、タク………


 なぜだろう。この部屋にアナログ時計は存在しないのに、秒針がすすむような、小さな音がきこえる。

 耳をすませて音を探る。

 どうもハエのいるあたりから、チク、タク、チク、タク、と音がきこえる。

 ハエが飛んだ。

 ブーーーンという愉快になれない音がする。

 ハエが壁にとまる。

 チク、タク、チク、タク、と小さな音がきこえる。


「どこからかアナログ時計の動いている音がきこえるとか、昔のサスペンス映画なら爆発物発見の手掛かりなんだが……」


 このハエが音を出してるとしか思えない。こいつ、ハエなのか? ほんとにハエなのか? もしかして、超小型のハエっぽいドローンとかじゃない? なにこいつ? 爆発するの? 超小型の爆弾なの? おかしくない? 最新型ドローン爆弾のくせにアナログ仕様の雰囲気をだすとかおかしくない? 製作者のマニアックなこだわり? 火力を犠牲にしてでも古典的な音がでるようにしたとかじゃないこれ?


 心中でかるくパニックになっていると、ハエはふたたび飛んだ。

 ブーーーンという羽音をたてて天井の照明にアタックを繰り返したのち、窓のほうへ向かう。しばらくして網戸の隙間を抜けると、どこか遠くへ去っていった。

 さすがに落ち着いてはいたものの、始末することなく見送ってしまった。




 あとになって新種のハエであることがわかった。


 発音器官をつくりあげたハエは、いたるところで発見されており、多少の違いはあれど、どの個体もチクタクチクタクと音を出すようだ。

 音をたてるということは、それだけ天敵の注意を引きつける。

 この危険な行為にどんな意味があるのか?


 研究者の報告によると、なんらかのコミュニケーション能力を獲得したとおもわれているが、現在のところ不明である。わかっているのは、発音器官をもつのはオスのみであり、より大きな音、よりテンポの速い音を出す個体ほど、メスに好まれる傾向にあること。

 メスへのアピールとして、個体間で優劣を競っているのではないか、という仮説が有力だ。

 勝手な人間的イメージとしては、

「オレ、こんな音を出してるのに生き残ってるわけよ。どうすごくない? オレってすごくない?」

 といった感じだろうか。

 なぜモテるのかわからなくなったが。


 個人的には、ハエという種がより優秀な個体を選別するようになったのではなく、大量に繁殖しすぎたせいでメスと交尾できないオスが増え、ただただ必死な方向へ変異しはじめたような気がしてならない。


 チクタクバエと呼ばれるようになった新種のハエだが、わくわくしているのは一部の研究者だけで、一般的には「余計なタイムプレッシャーをあたえてくるハエ」として広く嫌われている。ハエたたきが売れに売れており、怒れる人間たちの手によって、そろそろ絶滅するともいわれている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 京本ワールドここにあり!といった快作でした。 照明に激突を繰り返す等、旧式蛍光灯のアパートに住む私にとってのパワーワード連発で楽しかったです。 人間もSNS等で、必死に俺って凄くないア…
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