後日譚 火曜日のお話
あたまゆる~くしてお読みください。
【翌日、上松梓の場合】
「梓、あんた朝からずっとニヤニヤしてるけど、何か良いことあった?」
お昼休みにそう話しかけてきたのは、同期の斎木真由。皆、結婚や転職でいなくなり、私の同期は真由ひとりだけだった。総合職の同期はいるけれど、一般事務で採用されて残っているのは私達だけ。真由いわく「行き遅れ」と「バツイチ」の最強コンビ、だそう。
「彼氏できたー!」
「えーほんと―?!おめでとう!よかったじゃん!」
明るく笑って祝福してくれる。私は思ったことをストレートに言える真由が大好き。溜め込んで悩みがちな私の背中を押してくれるのも、いつも真由だった。同期に恵まれたなとつくづく思う。
「んふふふふふふ」
「いや、キモいわ」
相変わらず発言が直球だ。
真由が騒いでるのを聞き付けた先輩や後輩たちが「旦那に捨てられた上松に、拾う神がいたってほんと?」とわいわい集まってくる。総務課は女性社員が多い。男性社員も勿論いるけれど、数のパワーに押されがちで影が薄い感は否めない。課長は愛妻弁当を食べ終わって自席で日課のお昼寝中。私のデスク周りに数人が集まって、あれやこれやと詮索し始めた。
写真ないの?と聞かれたので、「三ヶ月前のならあるかも」と画像フォルダを探した。案件終了の打ち上げで、森林判事が勝手に撮ったのがあったはず。
「……極道じゃねぇか」
「これにグラサン想像してみ?完全に極道です」
「こんなんうちにきて『お嬢さんを僕にください』とか言ったらビビるわ」
「職業きかないとマジで人攫いかと思う」
「みんなヒドい……」
散々けなされる中で「でもさぁ」と後輩のひとりが口を開く。
「弁護士さんなんですよね?で、どうやら実家が資産家で、不動産転がしたりとかの副業もしてて、聞けば多分軽く年収二千万円くらいはありそうじゃないですか?そして、お父様は最高裁の裁判官、お母様が金融庁にお勤め、お兄様は国交省キャリア……これ、上松先輩の方がヤバくないですか?」
「ひっ」
私は思わず悲鳴を上げた。
「スペック違いすぎて、『うちの嫁として認められません。すぐ別れなさい』パターンも無くはないですよね?」
「あわわわわわ」
浮かれていたが、全くもってその通りだ。
「受け入れてもらったとしても、会話についていけなかったりとかで。苦痛かもしれないですよ?」
「ああ……」
想像できる。ハイスペック人間の中にアホの子がひとり。地獄だ。
「しかもバツイチで次の誕生日で三十歳ですよね?」
「ヒィイ……」
後輩が容赦なくたたみかけてくる。
「おっぱい普通だし、絶世の美女でもないし……」
「ごめんなさい……」
私は床に手をついて神様に謝った。
「もうやめて!梓のHPはゼロよ!」
真由がとめてくれたけど、私はもう立ち上がれなかった。
【翌日、桐木敬也の場合】
僕は榊隆一郎です。フルネームあるんですよ。法律事務所に勤める二六歳、既婚。愛する妻と可愛い娘が一人います。今朝も二人から行ってらっしゃいのチューをしてもらいました。今日は特にウキウキしながら出勤です!
「おっはようございまーす!」
「……おはよう」
「あれ、桐木先生、早いですね。てっきりゆっくり出勤されるかと……。どうしたんですか……まさか上手くいかなかったとか?」
僕の上司、桐木先生は碇ゲ○ドウポーズでPC画面を睨み付けていた。人を殺してきたような、かなり凶悪な表情をしてるので、僕は最悪の展開を想像した。
振られた?振られたのか?
「働き方改革をします」
唐突に上司が呟いた。
「はい?」
「……このスケジュールだと、土日会えない……」
「あー!そういうことですね。よかったー!!!『働き方改革~梓を優先するには~』ですね?」
「おい、呼び捨てにするな」
「いや、タイトルコールじゃないですか。梓さん関わるとほんと容赦ないですよね」
僕はドスの効いた声にビビりつつも、心底ほっとして、そして二人の前途を祝福して早速PCを立ち上げた。ログインしてスケジュール管理のグループウェアを開く。
「僕にまかせてください、っと」
座るのももどかしく、立ったまま僕は作業した。
「スケジュールかえました」
僕がそう言うと、桐木先生は黙ってPCと手帳を確認している。しばらくして、先生が僕の名を呼んだ。
「……榊くん」
「はい」
「君は天才?」
「ありがとうございます!」
「なんで司法試験受からないの?」
「うわ痛いところ突いてきますね~!でも、今年はいけてる気がするんで、九月の合格発表が楽しみですっ!」
三回目の受験だけど、今回は交通事故にも遭わなかったし、謎の発熱もしなかったから大丈夫だと思う。
「まあ、先生は仕事中毒気味だったんで、このスケジュール感でいいと思いますよ。もう少し他の人に仕事回してもいいかもです」
「……そうしてみるか」
「あの、改めて聞きたいんですけど」
「何だ?」
「昨日、どこまでいきました?」
「え、銀座いって、赤坂いって、六本木帰ってきて……」
「……ド天然かよ。場所じゃなくて。梓さんとどこまで進展したんですか?ヤッた?」
桐木先生が沈黙した。目を伏せて額に手を当てている。
「……榊くん、時々振り切るよね」
「はぐらかさないで」
僕は興味津々で聞いてみた。だって、桐木先生と梓さんが一緒にいると、端から見ていて「おめーら早く付き合っちまえよ!」と言いたくなる位の空気だったんだから。そこに一人放り込まれていた僕の気持ちも察してほしい。
「ご想像にお任せします」
桐木先生は無表情で手帳をパタンと閉じた。
「気になるー!」
「仕事しようか」
先生が笑ってそう言うから僕はそれ以上の追及は出来なかった。
おしまい
榊くん、司法試験受かってるといいね!
お読みくださり、ありがとうございました~。