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死神ガール! ー死んでも生きることは諦めちゃダメなんです!ー

作者: ユズ

 ガンっと衝撃が体に走るだけで、人はあっさり死ぬ。

 生まれて此の方、わずか十五年の最期はあっさりしたものだった。

 強いて言えば、もっと保健体育とかいう教科をしっかり勉強しておけば、身体能力でどうにかなったり、内輪差っていう単語の意味まで知ってたりしたら、生きていたのかも、ということだけである。

 かく言う私は死んだ。たった今、交通事故で。

 ぽけーっと横断歩道をゆったり歩いていたら、突っ込んできた大型車両にどんがらがっしゃんでガンっと頭を打ち付け、潰されおしまい。

 死んだ時に記憶は消去される。どこかで聞いたこの言葉は半分正しかった。死んだ時のことは身体が鮮明に覚えているけど、どうやら過去のことは嫌な思い出だけ思い出せる。嫌だなぁ。

 特筆するようなことも起きなかった人生を走馬灯のように巡るなか、私の周りに黒い光が覆い尽くした。


 私が考えていたあの世はもっと暗くて何も見えない、何も聞こえない、何も感じない――文字通り何にも無い場所とか思っていたわけだが、そんなことはなかった。

 そして現在、よく分からぬ場所でよく分からない人間(?)にお茶を出されて、面談という名の世間話をしていたところ。

「あっのさー、聞いてる? いやね、死んだショックで抜け殻になるのも分かるよ。だって、アタシも最初そうなったもん。でもさ、今してる話ってー、あなたの今後にものすごく関わることなのね。アンダスタンド?」

 日本語発音で理解を求められたので、ひらがな表記で「おっけー」と答える。

「重大なのは分かりますけど、死んでるのに今後ってなんですかって話なわけですよ」

 警察モノのドラマで出てくるような取調室の机に頬杖をついて、目の前の女性の目を見る。その目の前の彼女はぱりっとスーツを着こなし、見た目はバリバリのキャリアウーマンのような雰囲気。口調はいたって社会人らしいものではないのだけれど、一応年上(ぽい)ので敬語を使う。この人は死神らしく、私をここまで連れてきたのもたぶん、仕事の内なんだろう。

「そうよねー。確かに死んで、いきなり会ったやつに『あなた、生きるか死ぬかどっちがいい?』って訊かれたら困っちゃうわよねー」

 と、語尾を伸ばしがちに喋るあなたが発した言葉なんですけどね、と内心毒つく。

「まぁ、生きるか死ぬかは置いといて、結局私に何を提案したいんですか。いきなりこんなとこに連れてくるし」

「だから、あなたに死んでるけど、未来を提案してあげるんだよ。人間界あっちで言う成仏するか、その成仏を手伝ういわば、死神っていう職に就くのかーって話よ」

 こっちも何かと人が足りなくて六勤とか普通でさぁ、やってらんないの。なんて言いながら丸メガネを押し上げながら、ため息をつく彼女。

 要するに、人が足りてない穴を成仏し損ねた私みたいな宙ぶらりんの働けそうな人(というか霊)で埋めたいと。

「…………」

「お? もしかして、興味あったり?」

「なくはないけど、今会ったばかりの怪しい女性の寝言を信じるとでも」

「あはは、君もなかなか言うよねー。うん、はっきり言う人は素敵だと思う!」

 おちゃらけた目の前の人を睨むと「あっ、すみません」と謝られた。とりあえず状況を整理。

 私が交通事故で死んで、人間の体の中身である霊魂をこの目の前の女性が死神として、あの世に連れていこうとしたところ、「今人足りてないから、丁度いい! この子、死神として雇ってやれば良くない?」と勝手に上司と話をつけたらしい彼女がここに私を連れてきて現在に至るというわけで。

 まず理解不能。死んだのはもう痛いほどに実感したから良しとしよう。だがしかし、だ。そこからどうするか、なんてすぐ決められるようなものじゃないし、一応選ばせてくれるところは良心的に思えるが、すでに《霊界管理局》とかいう謎の建物の取調室に連行しているあたり、承諾を得たような気なんだろうな、あっちは。

 一息ついて、茶柱が立っているお茶を一口。

「そもそも死神って何やるんですか。その説明もないのに引き受けるなんて出来るわけないです」

「ぶっちゃけ、人間界あっちのマンガだとか小説とかと変わらないと思うよ。未練持ったまんま、彷徨ってる霊魂を悪魂あくだまになる前に霊界こっちに連れてきて、輪廻の輪っかに還すだけー」

 人差し指をくるくる回しながら、話された内容は確かに私が読んだマンガなどとほとんど変わらないものだった。

 へぇ、ほんとにそんなものがあるんだなぁ、と感心する。

 でもそれだけ。私がそれをやることで得られるメリットがない。

 そもそも私は無償で働くような人間ではないのだ。

「やることは分かりました。でも、それって私がやらなきゃいけないことですか? 私以外でも勤まりそうだし、なにより私がやることで何が還元されるんですか」

 そんなことを呟くと、あちらは眉をひそめた。

「……ぐぬぬ、やりおるなこの中学生」

「まさか。何も還ってこないボランティアやるほど、性格良くないですよ。ひねくれてますし」

「まぁ、成仏させてあげてもいいけど……っていうか、全然生きることに執着ないんだね!?」

 なんか焦り始めてる向かいの人。全然言ってることが分からなくて「は?」と聞き返す。

「だって、死んだ時にもうその事実受け止めてるから……普通の人だったら、パニックになってるし」

 まぁ、そうなんだろうなぁ。

 と、またお茶をすする。なかなか美味しい緑茶だった。

「別に、私が必要とされていたわけでもないし、受験とかめんどくさかったから、死んで好都合というか」

 ガタッと椅子から立ち上がってこちらを凝視する彼女。顔に「なんてこと言うんだ」と書いてある。

 そりゃ、親に言ったら殴られるだろう。というか、殴られた。

 だって、いじめられてたし。

 陰湿ないじめのせいで疲れていたのも事実。

 いくらいじめを受けていたからといって、自分から死にたいなんて自殺願望を言ってしまっては怒る親が大半だろう。

「そんな、生きてることが嫌だった、みたいに言わなくてもいいでしょ!? 私は生きたかったのに、生きれなかったから、今この仕事で生きていたらちゃんと働いてるんだなって思ってるのに……」

 言いながら、涙を零すこの人は生きることに一生懸命だったんだということを悟った。

「……まだ若いあなたに死ぬ前にやりたかったことでもあれば、この仕事やりながら擬似的にだけど叶えてあげられると思って、だからこの仕事を勧めたんだ」

 ハンカチを取り出して、涙を拭う。

 生きてる時、私、何かやりたいことあったのかな、なんて考えてみる。でも思い出すことは自分の惨めな姿とそれを見て嘲笑う群衆。頭を抱えて机に向き合う自分。

 やっぱりやだなぁ、と思った。

 こんな姿を(いじめに対し、ちゃんと向き合ってくれたわけではないが)両親に知られたくはなかった。

 せめて、最後くらい笑顔でおはようと言って、朝ごはんを美味しそうに食べて、元気に行ってきますぐらい言っておけば良かったと思う。

 あー、涙に弱いのかな、私。

 今、目の前の人にしたって、親にしたって誰かが泣いてる姿は見たくない。面倒だから。

「……そうですか。じゃあ、やりますよ。その代わり、私の前で泣かないでくださいね、絶対。いろいろ面倒なので」

「え? やってくれるの?」

 自分でやらないか、とか言っておきながら、きょとんと人が言ったことを聞き返してくる。

「やりますけど。別にやらなくても、」

「やろう! やったー、同僚増えたー!」

と言葉を遮って、万歳をする彼女にはさっきの涙を微塵も感じさせない笑みだった。

「もしかして、さっきの涙……演技ですか?」

えへ、とわざとらしく頬に人差し指をあて、私から視線をそらす。

「そんなわけないじゃない。生きるって素晴らしいよぉ? まぁ、私たち死んでるけどね〜」


 そんなこんなで私は死神として第二の人生(?)がスタートしたのである。



*



「あんのクソ上司! 鎌にかければいい話って聞いたのに話が違うじゃんかよ!」

 現在、お昼下がりにお昼寝に丁度いい時間帯。お下がりの高校のブレザーを着て、人間界にて任務中である。記念すべき初陣から弱音を吐かせる上司なんか持ちたくもない。

 次に死んだ時、また死神になるかどうか訊かれたら、間違いなく私はノーを選ばせてもらうね。

「グガァァァアーー!」

 瞬間、後ろから喚き声とも取れる咆哮とともに、電柱を盛大に振り下ろされた。

「うわ……!」

 タンっと地を蹴り、電柱で叩き潰されるのをぎりぎり回避し、百八十度後ろに方向転換。目の前に上がる砂埃と地面から斜めに生える電柱の影が異様さを物語っていた。

 就任記念として渡された身の丈ほどもある鎌を情けないへっぴり腰で先程の咆哮へと構える。

 その声の主はこちらを睨みつけ、襲ってくるのかを見計らっているようだ。かろうじて人の姿を保っているが、全身が真っ黒に――まるで悪意そのものを体現しているような霊。

「大人しく霊界に送らせてよ……」

 あちらからは手を出すつもりはなく、暗い影の中に光る眼光と視線がぶつかる。

「あー! もうこの仕事無理だーっ!」

 でもやるなんて言ったのは自分だ。

 責任をもって行動する、そういうのが労働者とどこかで聞いた。やるしかないのである。言い聞かせようとしても言う事聞かない体が棒立ちを決め込んでいる。

 そもそもなんで霊になった人間が電柱とか振り回してるわけさ!?


 とそんなことをぼやいていたら、一通の着信が入った(こちらに来る際、支給品の死神専用のスマホを渡された)。

 画面をタップし、耳に当てると呑気な声が聞こえてきた。

『いやー、ごめんねー。普通の霊魂れいこんの迎えに行かせるつもりが手違いで悪魂あくだまのとこに送ちゃって』

 悪魂とは未練を持ち、欲に支配された霊魂のこと。たったこれだけの知識しか私は教わってない。何故なら、今日成仏させに来たのは普通の霊魂だったから。つまり最低の対処法すら知らないのである。

 こんな教育不足の部下をこちらに送っといて、いきなり危険そうな霊魂を成仏させようとする上司とはどういうことなんだ。

「……悪魂、ですか。今日聞いてた任務と違うようなので帰ってもよろしいです?」

『ダメでしょ。鎌にかけることさえ出来れば大丈夫って言ったでしょ? ほら、できるできる!』

 まるで話が通じない。さっきの悪魂と同じだ、とため息が出そうになったその時、また唸り声と共に電柱が振り下ろされるところだった。

「ウぅ、ぐあァァ!!」

 天に向かって電柱を構える悪魂。そして勢いよく――

「ちょ、無理だから!」

 ズドン――重量感のある音で地が揺れる。

 間一髪、右に転がり避ける。隣に振り下ろされた電柱に汗が止まらない。

『うわ、すごい音。派手にやってるねー』

 こんのクソ上司……。

「ああ! 打開策くらい考えてくださいよ! 埒が明かないです!」

 ふう、と電話の相手は肩をすくめたようだった。

『相手の動きを観察する。これ、基本ね。何も悪意を持ってあっちも襲ってくるわけじゃないの。懐に入って鎌にかける、これだけでいいの』

 んじゃ、こっちも忙しいから切るねぇ〜、と勝手に通話を切られる。

 これは要するに自分で見て考えて動け、そう言われたようだった。面倒な職場だ……。顎を引いて、鎌を正面に構え直す。そして、見据える。頭の中で先程までの相手の動きを思い出しながら。

「あ、ァんぐゥゥぅ……」

 また苦しんでいるように唸り声がする。本当に苦しそうに。

 そしてまた電柱を抱え、持ち上げようとする。次来る手は、分かる。

 パターンは掴んだ。

「させない!」

 思い切り地面を踏み込んで、加速。握り込んだ鎌がずん、と重く感じる。だが、その重さを考えさせぬ速度でジグザグと線を描くように悪魂との距離を着実に詰めていく。

私の動きを捉えようとあちらも持ち上げた電柱をよろよろと掲げている。でも捉えさせない。揺さぶりをかけるように疾走。

 そして、電柱を振り上げてがら空きの脇に飛び込んだ瞬間、悪魂と化したその霊は驚きで目を見開くとともに、口を歪めて涙を流していたことに気づく。

 一瞬、柄を握る力が緩んだ。だけど足は止めない。

 素早く悪魂の背後に回り込み、短く持ち直した鎌の刃を首にかける。

「辛かったよね。もう、大丈夫だから」

 ふ、と肩の力を落とした悪魂は

「……ありがとう、これで僕は――」

振り向いた私に微笑んで、消えていった。


「あー……もう、無理だ」

 まず足から力が抜けて、膝をついた。それから足を折って正座したけれども、上半身からも力が抜けたのか座るのもだめで、結局横たわった。緊張の糸がぷつりと切れるとはこのことと実感したところで、もう目を開ける努力もしず、微睡むつもりで意識を手放した結果、そこから記憶がない――



*



「にしても初任務からこの調子なら、安心出来るなぁ。最近の若い子は頼りになるねぇ」

 ふんふん鼻歌を奏でながら、後輩を回収するために人間界を覗きに来たら、当の本人は道路の真ん中で寝転んでいた。

 いくら死神でも、霊感が強い人間に目撃されれば大騒ぎだし、悪魂の標的になりかねないのだけれど、目の前のあどけない寝顔をした少女に注意する気にもなれなかった。

 汗で濡れる額をそっと懐から出したハンカチで拭い、無造作に置かれていた鎌を畳んで(折りたたみが出来て持ち運びに便利なのだ!)、普段自分のものを入れている袋にしまう。

「よし、帰ろ。ちょっと揺れるけど我慢してねっと」

 鎌が入った袋を肩にかけ、彼女を抱えた。むぅ、と小さく寝言が聞こえたが起きたわけではないらしい。

 手を空に伸ばせば体が宙に浮き、この世とあの世の狭間へと吸い込まれていく。

 ふと思い出す。あの日、この子がなくなった日。あの日もまだ二十歳にもならない、命を落とした少女を抱えて霊界に連れていったこと。

 あの事件だけは本当に酷かった。

 職業柄、よく悲惨な現場にいることは少なくない。だけれども、悲惨すぎたんだ、あの事件は。


 大通りとはいかなくても普通に車は通るし、通行人もいる道で、事件は起きた。いきなり飛び出した大きな車に少女は轢かれた。目の前の出来事に誰も目を向けなかった。見ていない。見て見ぬふりをしていた。

 まるで少女の存在を否定するように。

 耐えきれなかった私は見るに堪えなくなってしまった姿を抱き、血と涙でぐちゃぐちゃの顔をハンカチで拭って。

 その時。虚ろな目の、もう意識がほとんど残っていないはずの少女が言った。もう出ない声をふりしぼって。


「まだ、何もしてない。まだ、私は、死ねない」


 そんなことを言った。

 

 私は涙に、儚さに弱かったのだろう。


「課長。一つ可愛い部下のお願い、聞いてくれませんか?」



(了)

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