オーリック公国 10 潜入
幸いなことに、僕たちはこのオーリック公国ではあまり顔を知られていない。
それが本当に良いことであるのかどうかは議論の余地がないこともないけれど、少なくとも今は好都合だった。
服装こそ普段とは違う感じ着替えたものの、それ以外では特に変装などもせず、翌日、日雇いの労働者という体ですんなり潜り込むことが出来た。
もっとも、人員の構成は女性陣に話したのとは少し違っていて、鉱山へ直接入ってきているのは僕1人だけれど。
女性陣と別れてから色々と考え、話し合った結果、やはり3人が1か所に集まっていたのでは効率が悪いという結論になった。
もちろん、騒動の中心となっているらしい人物を何処かで発見した場合には合流する手はずにはなっている。全員が念話を使えることも確認済みだ。
オーリック公国のギルドの数は、正確なところは分からなかったけれど、細かく分けていけば1000は下らないだろうという話だった。
そのうち、最も多いのが冒険者のギルドであったことは助かった。先ほどの様子から考えても、まさか自分たちの母体であるギルドへ間者を潜り込ませる必要はないはずだし、あれほど大きなギルドでの動きとなれば、諜報部の方たちが動きを捉えられないということもないはずだからだ。あそこが、敵と言ってしまっても良いのだろうか、本体とは考えられないというのが僕たち全員の一致した見解だった。
「すげえな兄ちゃん。なんでそれでこんなところで働いてんだ? もちろん、俺たちは大助かりだけどよ」
魔法が使える方たちの多くは冒険者になられるという事で――主に収入の関係から――掘削、建設なんかの仕事を引き受け、とりあえず最初はと、振動の魔法のちょっとした応用で次から次へと掘り進めていると、関心されたような顔をなさった方たちが、御自身の手を止めて、僕の作業を見つめていた。
ここで、手が止まっていることを指摘するのは野暮だろうと思い、僕も手を止めて振り向いた。
「いえ、僕も冒険者ですよ。ここへは、依頼の守秘義務があるので詳しい内容を話すことは出来ませんが、ある方の依頼で参りました」
嘘をつく際のコツは――なんとも迷惑な話ではあるけれど――わずかに本当の事を混ぜることだという。あるいは、本当の事の中にわずかに嘘を混ぜるとか、色々ある。
それは置いておいて。
ヴィンヴェル大公の依頼、と言えなくもないし、冒険者に限らず、依頼、及び依頼主に関する守秘義務は言わずもがなだ。
「ところで、依頼を受けたついでに小耳に挟んだ話と、先日の僕の体験から、少しばかり疑問に思っていたことがあるので、答えてはいただけますか?」
「おう、何でも聞きな。兄ちゃんのおかげで今日の分の作業どころか、数日分の働きになっちまったからな」
「全くだ。でもこれ、どうやって運ぶんだ?」
それに関してはお任せくださいと、とりあえず目に付く、今日採掘した鉱石なんかを収納すると、またしても目を丸くされた。
「今のは……? いや、いい。個人の能力について秘密を守るのは当然だし、それを尋ねるのはマナー違反だからな」
冒険者に限らず、職人の方にも言えることなのだけれど、技術というのは盗むことはあるけれど、直接、秘伝を教えてくれ、などと教えを乞うても、はい、じゃあこれこれこうこうだから、と教えて貰えるわけではないというのは、ここで働いている鉱夫の方たちも良く分かっていらっしゃる様子だった。
僕としては教えることに特に抵抗はなかった。
便利な魔法は普及した方が人の暮らしも、産業も、なんにしても豊かになることだろうし、例えば防御系統の魔法を知っていれば、岩盤などが崩れる事故があった際にも、生存率は上がるだろう。
そうあっては欲しくないけれど、攻撃に利用できる魔法ならば戦争や抗争に関して有利になるし(もっともそれは自軍に限った話で、相手方には逆の話になる)移動系統の魔法――飛行や加速、あるいは減速――が普及すれば、荷物運びやなんかの時間短縮などにも繋がる。
治癒の魔法に関しても言わずもがなだ。
もちろん、知識が広まるということは、それだけ自分たちへの脅威になる可能性も大きくなるという事なのだけれど。
もっとも、魔法に関しては、魔法が使える人、魔法師に限っての話にはなるのだけれど。
「ありがとうございます。それで、本題なのですが、実は先日、皆さんと同じような恰好をされた方と、そうではない、おそらくは街中の方で働いていらっしゃる方との諍い現場に遭遇したのですが」
なんとなく空気が緊張した感じがしたので、すぐに言葉を続ける。
「実は僕はこのオーリック公国へ来たのは今回が初めてのことでして。一体、何が起こっているのかと。ああ、いえ、もちろん、探りを入れるとかそういった事ではないのですが、しばらくはこの国に滞在することになりそうですし」
「そういうのを探りを入れるって言うんじゃねえのかい」
ストレートに言ったからだろうか。それとも、冗談だと思われたのか、その場に小さな笑いが起こった。
僕があまり話を誤魔化すのが得意ではないだろうと思ってくれたのか、とりあえず、そういった手合いの者ではないと理解してくれたらしい。
「まあ、別に秘密にするほどのことじゃねえっていうか、皆知ってることだしな」
「俺たちとしちゃ、別に争うつもりはねえんだよ。生産系だったり、他のギルドの連中ともな」
先日僕たちが遭遇した場面とは明らかに違う。
僕が眉を顰めたのが分かったのか、別の方が続けられる。
「だってそうだろう。どっちが重要な仕事とかってことはねえ。どっちもどっち、持ちつ持たれつで今までやってきたんだからな、俺たちは」
「だが、売られた喧嘩は買うだろ。相手が誰であろうともだ」
「元々、向こうの方からふっかっけて来たらしいんだよ」
「らしい? あなた方が直接お聞きになった、あるいは遭遇したわけではないのですか」
彼らの話を聞いたところ、文句こそ色々あれど、内容は同じ、彼らを批判するようなデマがいつの頃からか流布され始めたらしい。
もちろん、彼らは身に覚えのないデマに対して抗議に出かけ、各ギルドを回ったということだ。
すると、各ギルドからも、あんたのところがうちの邪魔をしたんだろうとか、そんな感じで始まった諍いが、だんだん大きくなってきたのだという事だった。
要するに、仮にいるならば――まず間違いなくいるのだろうけれど――黒幕とでも呼べる個人、或いは団体が、それらを煽っているのだろうという確信が得られただけでも収穫はあった。
あとは、皆の方と話を精査する必要がある。
「ありがとうございました。明日はどうか分かりませんけれど、また機会がありましたらよろしくお願いします」
「おう」
欲を言えば、その噂を流布した人物が訪れてくれることを期待したけれど、残念ながらその日は他の人が来ることはなかった。




