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オーリック公国 9 計画

 ◇ ◇ ◇



 今は戦争中というわけではなかったけれど、捕虜の扱いに関する国際的な協定は結ばれている。

 そのため、過度な拷問及び尋問は各方面から攻撃される材料を提供してしまうことになる。

 それはそうと、フェレスさんは手心を加えられるつもりはないらしかった。


「……」


「……あくまでも沈黙を貫かれますか。なるほど、良い覚悟です。私としても、他国の姫君の前であまり残酷な方法をとりたくはありません。ですが、もし、どうしても話したいとおっしゃるのでしたら、話くらいは聴いて差し上げましょう」


 いつまでもクリストフ様お1人にシェリスたちの事を任せておくわけにはいかないので、ヴィレンス公子とフェレスさんたちと一緒に戻ってきた後、挨拶を済ませて、話を聞き出そうとしたところ、皆様がお手を汚される必要はございませんと、尋問する役目をフェレスさんが買って出てくださったのは、そこまでは問題がなかったのだけれど。


「1つだけ忠告を差し上げますと……そうですね、規定に抵触しますので、喋りなさい、とは申しません。ですが、無様に泣き喚いていて話したくなられる前に、話してしまった方があなたのためであるとは思います」


 生き生きとしている、とまでは言わないまでも、むしろ対極の、冷たい、ゴミでも見るような視線を老女に変装していた男性にぶつけるフェレスさんの周りには、ギルドを訪れていた、多くの男性と、そして女性の方たちが集まっていて、僕たちは隅に固まって大人しくその光景を見つめていた。


「私もお姉様に取り調べされたい……」


「俺は馬車馬のように命令されて働かさせられたい……」


「俺はあの椅子になりたい……」


 おそらくあちらはフェレスさんに任せてしまって大丈夫なように思われたので、僕たちはこれからの方針を固めておくことにした。

 大丈夫だよね……多分。

 彼らの性癖がどのようになってしまおうとも、それは僕たちにはどうすることも出来ない。


「彼らがどこのギルドから派遣されてきた間者なのだとしても、各陣営に潜り込む、或いは直接乗り込んで話を確かめる必要はあると思います」


 彼らに下されていた命が何であったにしろ、首魁が直接乗り込んでくるはずもないので、そこと話をつけなくては何も解決へは至らない。


「いくつか、最低でも先程目撃した鉱山の方のギルドと食料生産等を担当しているギルドには入り込む必要がありますからね」


 ヴィレンス公子への説明も兼ねて、クリストフ様が相槌を入れてくれて、僕もそれに頷く。

 これは、報告を受けたこととはいえ、僕たちが自発的に言い出したことだ。

 諜報部の方たちには良い顔をされないかもしれないけれど、やはり、自分の目で確かめるのが一番だと思う。


「ちょっと待て。それは構わないのだが……」


 ヴィレンス公子の視線がシャイナ達へと向けられる。

 シェリスとシャイナ、それにジーナ公女を同伴させるのかという事だろう。

 しかし、残念ながら、非常に遺憾ながら、その問答はすでに終了している。僕たち男性陣の敗北によって。


「ヴィレンス様は私たちの事を信用してはくださらないのですね……」


 シェリスが悲しそうな顔を見せて俯いて見せると、ヴィレンス公子は困ったようにあたふたし始めてしまった。

 いい加減、信用していないのではなく、心配しているのだという事を分かって欲しいのだけれど、分かっていてやっているのだから何も言うことは出来ない。言葉を取り繕わずに言うのならば、質が悪い。

 

「ヴィレンス公子。僕たちもその議論はすでに終えました。実際、人出は必要ですし、感情を抜きにして考えれば、彼女たちと協力しない選択はありません」


 ただし、これだけは言っておかなくてはならない。


「単独行動は避けるようにしましょう。多少、不審に思われるかもしれませんが、その時には、今更です。というわけで、潜り込む先を決めたいのですが」


 念話によって連絡はとれるとはいえ、近くにいた方が何かと対処もしやすい。多すぎると明らかに不審だし――いい加減、自分たちが目立っているのだという自覚はある――かといって、単独では許可が出ないだろう。

 この場にいるのは、僕とシェリスのエルヴィラ勢2人、シャイナとクリストフ様のアルデンシア勢2人、そしてジーナ公女とヴィレンス公子の合計6人だ。フェレスさん達は除外している。


「それに関しては話し合う余地はないだろう」


「ええ」


 ヴィレンス公子とクリストフ様が頷き、おそらくは考えていることは僕と一緒だろう。


「そうですね。僕たち男性陣が鉱山の方のギルドへ」


「私たちがこちらの街中の生産系のギルドへ、ですね」


 シャイナ達もそこで反論をするつもりは無いようだった。

 男性陣の(比率が多いと思われる)中へ女性を送り込むわけにはいかない。


「周りが多少煩かったので時間を取られましたが聴取は終了しました。皆様、何か良からぬことを企んでいらっしゃいますね」


 僕たちが頷き合ったところで、タイミングが良いのか、悪いのか、フェレスさんが引き渡しを終えて、戻ってこられた。

 隠したところでどうせ露見することは分かっていたし、条件反射なのか、ヴィレンス公子が瞬間、身体を硬直させてしまわれたことで――おそらくは条件反射なのだろう――いずれにせよばれていたことだ。


「そうですか。了承いたしました」


 しかし、意外なことに、フェレスさんは反対なさったりはされなかった。


「いえ。皆様がそうお考えなのでしたら、私ごときに止められるはずもありません。私どもの心配と、御自身のお立場と、現在の状況と、すべて考慮済みの上での決断でしょうから。そして、ヴィレンス様はともかく、他国の方にまで私に何か出来るようなことはございませんので」


 フェレスさんはヴィレンス公子に微笑みかけられた。

 もっとも、瞳は全く笑っていなかったけれど。


「他人のためにご自身でそこまで決断なさるところには、誠に感動いたしました。惜しむらくは、私どもの心配を全く無視されるような行動に出られるところですが」


 国へ戻りましたら、覚悟なさっていてくださいね、とおっしゃられたフェレスさんに、ヴィレンス公子は黙ったまま何度も首を縦に振っていた。


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