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オーリック公国 8 追跡

 相手方はこうなることもあらかじめの想定に入っていたのだろう。

 追いかけながら拘束系の魔法や、路を惑わせるための幻覚、幻惑、幻術系の魔法を使用しているのだけれど、ことごとく霧散させられて、もしくは効果を出せないでいる。他の道行く人に迷惑をかけないようにと出力は抑えているけれど、これでは魔力を無駄に使うだけだ。

 あるいは、相手の方が僕よりも魔法の実力的に上であるためということも考えられるけれど、それならば、僕に対して反撃してきた方が手っ取り早いため、その線は薄いだろう。もしくは逃走を第一にと考えているのかもしれないけれど。

 探索魔法の対象に設定している――これは即座に打ち込んだものなので、霧散させられることはなかった――見失うということはない。そのはずなのだけれど、相手はすでに変装を解き、おそらくは元々の姿である、黒っぽい髪と、大人の男性の恰好に代わっていて――おそらく、逃走用の魔法と変装の魔法を同時に使えるだけの魔力では持たないと考えての事だろう――人混みに紛れるように進んでいるため、自己加速の魔法は使いづらく、中々距離が縮められずにいる。

 いっそのこと、空を飛んでしまおうか。それならば人波に遠慮する必要はなくなる。

 しかし、仮に相手の仲間が近くで見張っていて、それも援護できる位置にいるとすると、宙に浮いていて、周りに遮蔽物のない空間は狙撃主の絶好の的になる。そうすると、万が一の場合、周りの関係のない人たちにまで被害が出かねない。そうでなくとも、こんな街中、周りに大勢の人がいる中で狙撃などされたら、おそらくは混乱が起きることだろう。そうすれば、その混乱に乗じられて、確実に見失ってしまうだろう。

 では声をあげて、周りの人たちに助勢を頼むべきだろうか?

 いや、詳しい状況が分かっていない現状、正確に言えば、対立を煽っている黒幕がいるかもしれない状況で、僕達以外で、特定されてしまう個人に助力を求めるのは先の事を考えた場合、避けた方が良い。

 迅速に解決できるならば話は別だけれど、そうでない場合、どういった形で報復が行われるかもわからない。

 しかし、あの状況で女性陣だけを置き去りにするなど問題外で、クリストフ様と一緒に来るという選択肢はとることは出来なかった。

 やはり、ここは僕がどうにかしなければならない。

 結局、危険を冒さなければならないか。

 そう決意したところで、通りの先のわき道から1台の馬車が姿を見せた。

 見事な黒塗りの車体は、以前に見た覚えがある。そして、その紋章も。

 正直なところ、あまり借りを作りたい相手ではないけれど、事情を話せば借りだとは思われないかもしれない。

 あとは、こちらの思った通りの方が乗っていてくれればいいのだけれど。


『フェレスさん。聞こえますか?』


 はたして、願いは通じた。


『ユーグリッド王子。何故――』


『詳しくは後で説明いたします。ですから、今、そちらの馬車へ向かっている、いえ、今そちらの馬車の後方へと回り込もうとしている黒髪の男性を捕らえてはいただけませんか』


 正直、どこからか狙われているかもしれない現状で女性に助力を求めるのは避けたかった。

 しかし、理由を後に回してすぐに動いてくれそうな人物に他に心当たりがなかった。


『承知いたしました』


 目の前に現れたトルメニア公国の紋章を受けた馬車が停止したかと思うと、奥側の扉の開く音が聞こえてきて、しばらくもめているような音がした後、人を地面に組み伏せる音と、わずかなうめき声と、大人しくしろという声が聞こえてきた。

 変装の魔法を解いていてくれて助かった。

 老女のままの姿であったのなら、流石に躊躇する心が生まれていただろうから。

 同時に展開していた障壁に、予想通りどこからか狙われていたらしい衝撃を感じたけれど、この方向は当てにはならない。銃器にしろ、魔法にしろ、発射位置などいくらでも誤魔化せるし、魔法でも弾丸を操作できるためだ。


「協力していただきありがとうございます、ヴィレンス公子」


「……ユーグリッド王子」


 なんとも微妙な表情をしたヴィレンス公子の後ろから、短く切りそろえられた赤い髪で、中世的な容姿ではあるけれど、間違いなく女性でいらっしゃる、メイド服姿のフェレスさんが、優雅に馬車を降りてこられた。


「流石です、ヴィレンス様。スマートとはいきませんでしたが、十分に及第点と言えるでしょう。お久しぶりでございます、ユーグリッド殿下」


 丁寧な所作で挨拶をされたフェレスさんの手を取って、僕もお久しぶりですと頭を下げた。


「大変助かりました」


「私たちはミクトラン帝国からトルメニアまで戻り、それから改めてアルデンシアへ遊び……訪問したのだが、そこでシャイナ姫がユーグリッド王子とオーリック公国へ向かったという話を聞いてから、もしやとは思っていたが……シェリス姫や、シャイナ姫も当然一緒にいるのだろうな?」


 ヴィレンス公子は少しむすっとした顔を浮かべられたけれど、すぐに頭を切り替えられたらしい。


「私も少しであれば事情は聴いているが、この者は」


「ええ。おそらくは、最低でも、今、この国で起こっている抗争に関する手がかりくらいにはなるだろう人物です」


 フェレスさんが捕らえてくれている間に、僕はシャイナ達に念話を送る。


『こっちは大丈夫よ、兄様。他に怪しい、不審な動きもないし、私たちも全員無事よ。だから、2人に事情でも説明しながらゆっくり戻って来ても大丈夫よ』


 捕らえた彼を護送する必要もあり、その彼は他の馬車に乗せるという事だったので、僕は自分で歩いて戻ろうかと思っていたのだけれど、ヴィレンス公子たちをシェリスたちのところまで案内しなくてはならなくなったため、案内役も兼ねて、同じ馬車に乗せていただいた。




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