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オーリック公国 6 無駄な事だと

 ◇ ◇ ◇



 さて、冒険者ギルドに着いたのは良いのだけれど。


「じゃあ、ちょっと僕が聞き込みに行ってくるから、皆はここで待っていて」


 ギルド間の抗争が起こりつつあるということは、おそらくは関係ないとはいえ、この冒険者ギルドにも、他のギルドに所属している人が全くいないとは考えにくい。というよりも、いるだろうと考えて動くべきだろう。

 とすると、シャイナやシェリス、それにジーナ公女が顔を見せてしまうのはまずいことに繋がるかもしれない。

 クリストフ様もしっかりしていらっしゃるようには見えるけれど、まだ御年4つになられたくらいで、防衛能力(もちろん自身の身を守るものだ)に絶対の信頼がおけるかと言えば、確実にと言い切ることは出来ないだろう。

 それに、4人、御者さんを入れると5人もいれば、そうそう事件に巻き込まれることもないだろうし、もし巻き込まれたとしても、自分たちで対処できるか、僕が戻る、あるいは駆けつけるまでの時間は耐えることも出来るだろう。

 

「何言ってるの、兄様。もちろん、私たちも行くわよ」


 さも当然であるかのように、シェリスが手を差し出してくる。

 

「……待って。ちょっと待って。私たち、ってことは、シェリスだけじゃなくて、シャイナも、ジーナ公女も、クリストフ様も一緒にということ?」


 僕たちは元々、観光というか、街中を案内してもらっている最中だったと思ったのだけれど。

 僕が1人で調査をしている間、皆は一緒に観光でもしながら、後で合流したときに結果だけ報告するのではだめなのかな。

 しかし、女性陣とクリストフ様は揃って首を縦に振った。


「えーっと、ここでの、というか、聞き込みは僕がやっておくから、せっかくだから皆は羊の牧場へ行って毛刈りをしてくるとか、薔薇の庭園へ行ってお茶をするとか、教会で聖歌隊の合唱を聴いてくるとか、観光を楽しんできたら良いんじゃないかな? そうそう、そろそろお昼の時間だし、あそこに見える可愛いカフェでスコーンとかマフィンとかをいただいていたら素敵だと思うけれど」


 こんなところに来ても楽しそうなことは何もないし、聞き込みに来たのはどう考えても明るくはない話だ。内容が知りたいだけならば、後で僕がまとめて報告するつもりでいる。

 というよりも、それは確実にする。この状況下での情報の共有は重要だ。

 

「兄様。そんなことなら、いつ来たって出来るじゃない。何だったら、エルヴィラでだって、アルデンシアでだって出来ることだわ。でも、こんな面白そう――こほん、失礼、重大な案件にぶつからせて貰える機会は滅多にないわよ」


 シェリスが呆れたような口調で言ってくるけれど、僕の方が呆れて、いや、困っている。

 出来ることなら、ずっとそんな機会には巡り逢って欲しくなかったのだけれど。

 確かにエルヴィラの政務なんかを引き受けているのは、ほとんどが父様で、後は優秀な諜報部やら騎士団、魔法師団の方たちなんかが解決してしまって、僕達が直接関わることになった事件など、ほんのわずかに過ぎない。

 シェリスもそういった事に興味をもつ年頃だということだろうか。

 違うな。元々興味はあったけれど、父様たちの静止があったから大人しくしていただけなのだろう。

 シャイナも、この前のミクトラン帝国での件を忘れているわけではないだろうに……いや、だからこそか。

 それにしたって、100歩譲ってクリストフ様は男性だし構わないかもしれないけれど(それでも他国のお世継ぎだ)嫁入り前の女性が無暗に危ない橋を渡る必要はないのではないだろうか。


「それを言うのでしたら、お義兄さんも、エルヴィラの次期国王様でいらっしゃいますよね?」


 だからこそ、隣国の危機には敏感であるべきだと思うのだけれど。

 アルデンシアはオーリックの隣国というわけではないのだし。


「それでしたら、元々ついてきたりはしないと思うのですが」


 それに関してはシャイナの意見というより、意思だったので、来ること自体を止めることはしなかったわけだけれど、情報を知りたいだけならば、僕が直接話してあげられる。


「仕方ないわね。ここでいくら粘っても兄様は意見を変えそうにないし、時間だけが無駄に過ぎてしまうわ。いざというときの切り札に取っておきたかったけれど……ちょっと、シャイナ」


 シェリスはシャイナの耳元に口を寄せる。

 どうやらよからぬことを企んでいて、それをシャイナに吹き込んでいるようだ。

 シェリスは勘違いしているようだけれど、シャイナに言わせれば僕が何でもかんでも意見を翻すと思ったら大間違いだ。

 たとえどれほど僕がシャイナに惚れていて、お願い事は出来ることなら何でも叶えてあげたいと思っているのだとしても、そう何度も同じ手に架かると思われているのだとしたら、まったく、甘く見られたものだと言いたい。ミクトラン帝国のときとは状況が違うのだ。

 シャイナが宝石のような紫の瞳を潤ませて、胸の前で必死な様子で手を組んで、甘えるような声で頼んできたって、本当はシャイナがそんなことをするはずがないと知っている僕は、決して絆されたりはしない。

 危険なことは危険だと、知っておいた方が良いんだ。興味本位というだけではないかもしれないけれど、回避できる危険な事態は回避した方が良いに決まっている。


「……本当にそのようなことでよろしいのですか?」


「ええ、もちろんよ」


 どうやら作戦会議は終わったみたいだけれど、そんな小手先の技術など無意味だという事を、そろそろこの自信満々の妹にもわからせてあげようじゃないか。

 

「ユーグリッド様」

 



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