オーリック公国 5 馬車会議
「お見苦しいものをお目にかけてしまいました」
馬車に戻った僕達にかけられたのは、ジーナ公女のそんな謝罪の言葉だった。
「頭を上げてください、ジーナ公女。元々、私たちがこちらへ来たのも、こちらで起こっているという問題を調査するためです。それは、こちらの国から依頼されたものでもありませんし、私たちが勝手に監視していただけで、むしろ謝罪するべきなのはこちらになるかと」
隣国の監視をするということは、国家を運営するうえで必要なことだ。
勝手に監視していたとは言ったけれど、それは互いに、エルヴィラに限らずやっていることだし、むしろやっていない方が侮られる隙を与えてしまう。
例えば、以前にアルデンシアとの国境付近で起こったモンスターの侵攻についてもそうだけれど、東方に限らず、国境となる場所には国家による運営で警備隊が常駐している。
とはいえ、ジーナ公女に対する、要はポーズのようなものなので、そこに関しては特に問題はないだろう。
「問題とするべきなのは、こちらのギルド間での諍いについてでしょうね」
クリストフ様は言葉を丸くされたけれど、あれが頻発しているのだとすると、諍い、と片付けてしまうには少々大きいかもしれない。
「私たちは公家と名乗らせてはいただいていますけれど、実質的な力はほとんどありません。たしかに、法務的な取り仕切り、各ギルドの総括的なところへ位置付けられてはおりますが、各ギルドの細々とした内情まで知り尽くしているわけではありませんし、確証のない命令権や、そういったものはほとんどないのです」
それは良い面も悪い面もあるため、僕達が一概に判断できるものではない。
事実、今までオーリック公国は崩壊などせずに続いてきているのだし、目立った問題があったわけではなかったのだろう。
ではなぜ、今になって、このような問題が表層化してきてしまったのか。
「普通に考えれば、どこかのギルド、或いは個人なのか家なのか、そこのところは現段階では判断がつきかねますが、ここではとりあえず個人にしておきましょう。誰かが煽っているというのが最も単純に思えます。あるいは、自身が支配権を得るためにあえて混乱を巻き起こしている、といったところでしょう」
目的とするところが、本当のところは本人に聞いてみなければ分からないけれど、シャイナの推測はこの場にいる僕達の考えと一致しているものだった。
「混乱が続けば、その矛先が、そんな状態を放ったままにしている行政機関、今回の場合で言えばオーリック公国公家に向けられるのは、そう時間のかかることではありませんからね」
クリストフ様のおっしゃる通り、こんな状況に陥っているのはちゃんと管理しない国が悪いのだと、それぞれのギルドの異なる主義主張に対する明確な敵というものを与える方が、まとめやすくなるものだ。
味方と味方としてまとめるよりも、ある個人や組織を敵としてまとまる方が、人はまとまりやすい。
個々人の小さな不満の燻りでは、それを維持し続けるのは意外と大変なことだろうけれど、それが巨大な集団ともなれば、その火は中々消えづらくもなる。
事実としては、放っているわけではないのだけれど、解決されなければそれは放っているのと同じことだと、人は判断するだろう。
「ジーナ公女。とりあえず、聞き込みに行きましょう。僕たちはほとんどこの国の実情を知りません。こう言ってしまうと元も子もないのですが、結局のところ現在持っている情報は、僕達のところの諜報部と、先程のヴィンヴィル様のお話、そして今しがた確認した現場でのものしかありません」
諜報部の皆さんを信頼していないわけではないし、それは公家にもあるだろう同じような機関の皆さんに対しても同じことだ。しかし、判断材料は多い方が良いに越したことはないし、自分たちで直接見なければ分からないことなどもあるはずだ。
「公家の次に情報が多く集まる機関というと……やはり冒険者のギルドでしょうか」
ジーナ公女が馬車の棚から取り出された公都周辺の地図を見せてくれる。
ほとんどどの国にでも存在している冒険者ギルドは、国籍を問わない冒険者の方たちが集まってきているし、時には酒場のような場所も兼業している。
そして、おそらくではあるけれど、このギルド間の諍いに冒険者ギルドは関与していない。
それは、各国にあるという事からもわかる通り、冒険者ギルドというのは国による機関ではなく、いわば冒険者ギルドという独立した共同体であるため、覇権争いなどとは無縁だろうと推測されるからだ。
「冒険者ギルドには噂好きの方もたくさん集まっていらっしゃいますし、多くの場所から物資を得る関係上、それらの関係についても詳しくご存知の方がいらっしゃるはずです」
そしてホームは別であるにしろ、他国へも出かける以上、戻ってきた際などに感じる違和感もあるかもしれない。
その点では商人ギルドでも同じかもしれないけれど、商人ギルドは一応この国のギルドだ。確証が得られないうちは無暗に近づくのは避けておきたい。
「シャイナ? どうしたの、難しい顔をして」
シャイナはわずかに眉を寄せていた。
「姉様? まださっきの事を気にしているの?」
「……そんなことではありません」
クリストフ様の問いに、シャイナは一瞬身体を硬直させた様子だったけれど、淀みなく答えていた。
「もしかして、さっきの場面でまだ何か気になるところが?」
シェリスが尋ねると、シャイナは確証が得られないうちは話すつもりがないらしく、首を横に振って、まとまったら話しますと、窓の外へと視線を向けた。




