オーリック公国 4 衝突現場 2
「あんたらここいらじゃあ見ねえ顔だな。だったら教えといてやるよ。こいつの店のもんは食い物じゃねえから、近寄らない方が良いぜ。この前もスープの中に黒い虫を入れて出してきやがってよ」
「じゃあ貴方も一緒に入っていればよかったんじゃないの? どうせその洗濯もしていなさそうな服のポケットから落ちたんでしょう。まさか、わざわざ落としたわけじゃないでしょうからね」
女性の方は相手につられて売り言葉に買い言葉だったのだろうという、どことなく呆れていらっしゃるような雰囲気を感じられたけれど、男性のこめかみには青筋が浮かんでいらして、全身も小刻みに震えている。
あわや、取っ組み合いでも始めるつもりではないかとも思えるほどだ。
この人たち、自分よりも、少なくとも10歳以上は年下だろう、あるいは、もしいるのであれば、自身の子供とそう変わらないであろう年齢の女の子を前に一体何を言い争っているのだろうと、疑問に思ったり、馬鹿らしくなったりしないのだろうか。
そのシャイナはといえば、2人の方を見てはおらず、しゃがみこんで、地面に転がってしまっている書類や積み荷、そしてタイヤの跡をじっと見つめているようだった。
しばらくするとシャイナは立ち上がり、おそらくは浄化の魔法を使ってドレスに付いた埃を落とした。
「大方の状況は把握しました。貴女はこれらの書類と粉末の入った袋を1人で運んでいたのですね?」
シャイナが静かに尋ねると、女性は、そうだよ、と首を縦に振った。
「今日の買い出し当番は私だからね。このくらいの量ならばいつも1人で運んでるし」
次にシャイナは男性の方へと顔を向けて、
「あなた方は、そちらの荷台に乗せて複数人で運んでいたのですね?」
「ああ。流石にこの量になると1人じゃ動かせねえし、前も見えづらくなるからな。ましてや手でなんて運べねえ。魔法は、使えないこともねえんだが、さっきまでの作業で使っちまっててな。今は魔力がほとんど空っぽってわけさ」
肩を竦めた男性に、周りの男性が同意するように頷く。
「では改めて貴女に問います。いつもこの程度の量を1人で運んでいるとおっしゃっておられましたが、どう見ても1人で抱えきれる量ではありません。見たところ、貴女は魔法をお使いにはなられないようですし。何故、他の方――ご同僚かお身内の方に一緒に来てくれるよう頼まなかったのでしょうか? あるいは、そうでないならば、複数回に分けるなど、方法はあったはずです」
「それは……」
シャイナの人形のように硬質な美貌に見つめられて、女性はわずかに顔を赤くしながら口ごもり、俯いてしまった。
「嬢ちゃん、話が分かるじゃねえか。その通りだよ。てめえらパン工房の連中なんざ、虚弱で貧弱なんだから、欲張らずに、群れて、少なく運びゃ良かったんだよ」
そうだそうだと、一緒にいる男性たちが囃し立てる。
「貴方がたも同じようなものです」
僕が何も言わなかったのは、シャイナの話がそこでは終わりではないと思っていたからだ。
シャイナは宝石のような紫の瞳をわずかに細め、氷柱のような視線を男性たちへと向ける。
たじろぐ男性の中には、何故だか喜んで――興奮して――いるような表情を浮かべていた輩もいたけれど、思わず弾き飛ばしてやりたくなる衝動をぐっとこらえて、ただ同じように視線を向けるだけにしておいた。
「いえ、むしろ複数人でいながらこの様子では、残念ながら、さらにダメ出しをせざるを得ません」
「何ぃっ!」
血の気が多いらしい、鉱夫の方たちの中から鋭くシャイナを威嚇するような声が聞こえたけれど、それでひるむようなシャイナではなく、むしろさらに温度を低下させた、極寒の礫のような視線を飛ばしていた。
「積み荷が多くなるのでしたら、こちらの方と同じく、複数回に分けて運べば良かったのです。そちらの方にお聞きしますが、この街、と言ってもよいのでしょうか、ここで消費される鉱石の量は、これほど大量に必要なのでしょうか?」
シャイナに話を振られた、野次馬に集まってきていた男性は、いいえ、と首を横に振る。
「おい、嬢ちゃん。俺たちはあそこに見える鉱山からここまで運んできているんだぞ。少なく見積もっても30キロはある。まさかそれを何往復もしろってんじゃねえだろうな。こっちの魔力や体力だって無限じゃねえんだぞ」
シャイナに向かって男性が威圧するように1歩詰め寄る。
そうなれば流石に僕もただ見ているだけというわけにはいかない。
「何だ、兄ちゃん」
「シャ――」
いずれ分かってしまう事かもしれないけれど、ここでシャイナの名前を出すのは少しまずいかもしれない。
「彼女の言うことは最もだと、僕も思います。人員が足りないのなら増やせばいい。増やせないというのであれば、必要な場所に必要なだけの人員を割くことが出来ないのであれば、それは体制の方が間違っているんです」
少なくとも、現状を見て、話を聞いた限り、彼らの仕事において人手が足りているとはとても思えない。
「じゃあ、こういう事かい。あんたが言うには、『俺たちに体力や魔力がないのが悪い』そういう事かい?」
「もしくは、その仕事をもっとスムーズにこなす方法を考えるだけの頭が足りなかった、というところでしょうか」
別に体力や魔力が足りないとは言っていない。
いや、まあ、運ぶのも体力、筋力、そして魔力がすべてだというのであれば、話は変わるけれど。実際――いや、現実には、その方法こそが重要視されるべきだろう。そして人員だ。
「別にあなた方だけの、とは申しておりません。このシステムを考えた方には少し言いたいことがないでもありませんが」
こう言っておけば、おそらくは彼らのトップ、要するにギルドの長を務めている方に、僕達の情報は伝わるだろう。そうすれば、話をする口実、或いは向こうから話を持ち掛けてくるかもしれない。
「この場は僕に免じて、或いは彼女に免じて、双方引いてはいただけませんか?」
僕は今の騒動の間に穴が開いてしまっていた女性の袋を修復し、零れてしまった食料品に浄化の魔法を使用してから、袋へと丁寧に戻す。
そして、今度は鉱物を、と思い振り返ると、こちらはシャイナが済ませてしまっていたらしく、先程よりも綺麗に、バランスよく積まれた鉱物の山を見て、男性諸氏の口はポカンと開いていた。
「あんた達は一体……」
その質問には答えず、僕は女性の方を、シャイナは男性の方を自然に向いて、
「通りすがりの旅の者です。喧嘩をして、眉を吊り上げてばかりいては、顔の筋肉がこわばってしまって、素敵な笑顔を浮かべることが出来なくなってしまいますよ」
そう言って微笑みながら残っていた果実らしき実を袋へと戻すと、彼女たちの頬にはわずかに赤みが差したようにも見えたけれど、すぐに俯かれてしまって、よくは確認できなかった。
その後は何もなく、双方がすれ違い、それぞれのところへ戻って行かれたので、僕もシェリスたちを待たせている馬車へ戻ろうとシャイナへ手を伸ばすと、何故だかシャイナはわずかに不機嫌そうな雰囲気をしていた。
外見にこれといった変化があったわけではないのだけれど、見えないオーラ的なものがゆらりと立ち上がっているような。
「ええと、シャイナ?」
「……大分待たせることになってしまいました。急いで戻りましょう」
シャイナは僕の方を振り返らず、スタスタと馬車の方へ歩いて行ってしまった。




