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デートのお誘い 7

 ◇ ◇ ◇



 結局僕はシャイナ姫の説得に失敗して、シェリスと2人でエルヴィラまで戻って来た。

 どうしてこんなことになっているんだろう。

 予定では、今頃、シャイナ姫とも一緒に、降誕祭に並ぶお店で、ウサギだったりネコだったりの形をした飴や、こんがりと焼き上がった桃のパイや、ふわふわのケーキに蜂蜜やジャムをかけたものなんかの話をしながら、楽しくおしゃべりが出来ているだろうと思っていたのだけれど。


「兄様、その‥‥‥」


 シェリスはずっとあの時の事を気にしていて、なんだか泣き出しそうな顔をしている。


「大丈夫だよ、シェリス。シェリスだって知っているだろう。僕が何度シャイナ姫にデートの誘いを断られたかなんて」


 隣に座っているシェリスは「で、でも‥‥‥」と声を上ずらせていたので、僕はシェリスの頭を抱き寄せると、安心させるように優しく言い聞かせる。

 それはむしろ、シェリスにというよりも、自分に言い聞かせていたのだろうと、シェリスには思われていたかもしれないけれど、多分、シャイナ姫だって時間を置けば分かってくれるはずだ。

 シェリスがあんまりにも大人しく小さくなっていたから、アルデンシアまで向かっていた時には僕とシャイナの仲を引き離そうとしていたのに、とからかうのはやめておいた。


「ねえ、兄様はどうしてシャイナ姫がいいの? こんなに何度もお城まで訪ねては断られているのに」


 兄様は、頭も、顔も良くて、魔法も、武術も、勉強も、なんだって私より、ううん、普通の人よりずっと良くできるのに、どこに不満があるのかしら、とシェリスが唇を可愛らしく尖らせて言う。


「きっと、世界のどこかにはシャイナ姫よりも素敵な女の子がいるはずよ。兄様が出会っていないだけで」


「そうかもしれないね。でも、今のところ、僕はシャイナ姫の事しか見えていないから」


 銀糸のような流れる髪も、紫水晶のように神秘的な瞳も、人形のように整った顔立ちも、素直じゃないところも、ヴァイオリンを楽しそうに弾いているところも、真剣に読書をしているところも、全部素敵だなと思える。


「もちろん、シェリスのことだって愛しているよ」


「‥‥‥でも、恋はしていないんでしょう」


 シェリスのつぶやきは小さく、走る馬車の車輪と蹄の音にかき消されて、僕まで届くことはなかった。

 シャイナ姫にも似合うだろうと思って作ってきた服も、結局渡すことは出来なかったなあ。もちろん、機を窺っていたということもあるのだけれど、到着してすぐに渡してしまえば良かった。まあ、その後に色々とあったから、結局着てはもらえなかったかもしれないけれど。

 とにかく、いつまでもこんなことでは、シェリスにも、それに、お城に着いてからも父様や母様に心配をかけてしまう。

 シャイナ姫にプレゼントを渡せず、お祭りに誘うことも出来ず、誤解を与えたままで帰って来てしまったことは、へこむけれど、いつまでもへこたれてはいられない。

 自分で言ってとても情けない気持ちになったけれど、僕がこんな調子では、シェリスも、それからエルヴィラの国にいる人たちも、せっかくの年に1度の降誕祭を楽しめないだろう。

 降誕祭はもうちょっと先の事だけれど、準備はすでに始まっている。

 そうなんだよなあ。

 できることならシャイナ姫にも、お祭りまでの間に、エルヴィラの観光を楽しんでいただけたらと思っていたけれど、どうやらそれも難しそうだ。


「シェリス。来月は、しばらくはシャイナ姫に会いに行くのをやめておいたほうが良いのかな?」


「‥‥‥そんなことはないわよ、兄様。きっと、兄様が会いに来てくれたらシャイナ姫だって喜んでくれるはずよ」


 シェリスがようやく少し明るい笑顔を向けてくれたので、僕も少し心が軽くなったような気がした。



 翌月も、僕はシャイナ姫に会いに、今度は1人で、いつものように、アルデンシアのお城までとんでいったのだけれど、ヴァイオリンの音は、いつもとは違い、僕が近付くと途切れてしまった。

 普段なら、最初にシャイナ姫に顔を見せてから正面へ回るということをしていたのだけれど、どうやらシャイナ姫の顔を見るのは難しそうだったので、まともに正門に降り立った。(それが本来であればまともなのであって、いつもの僕が非常識だっただけだ。もちろん、普通は馬車で、というのは言及してはいけない)


「すみません、ユーグリッド様。あの子はまだ引きずっているようでして」


 王妃様の体調も気になってお部屋を訪ねると、王妃様は快く歓迎してくださった。

 さすがに、ベッドから立ち上がられるようなことはなさらなかったけれど、いつもとかわらない、暖かで柔らかい笑顔を湛えていらっしゃる。


「いえ。私が誤解させてしまうようなことをしたというのが原因ですから」


 やましい気持ちは全くなかったけれど、シャイナ姫がどう思われたのかは、まあ、何となくは想像できないこともない。

 ただの嫉妬であれば嬉しいのだけれど、そういう事ではないだろう。


「私も説得はしているのですけれど、この身体ですから、もうあまり動き回るようなことはしないでくださいと言われていて」


 新しいご家族を迎えられる王妃様に万が一のことがあってはいけないし、それは当然の事だろう。


「あの子も意固地になっているだけだと思うのですけれどね。シャイナがあんな風に拗ねていてもこうして訪ねてきてくださるユーグリッド様の事は‥‥‥」


 ファラリッサ様が人差し指を静かに唇の前に立てられて、扉の方を指差されるので、僕も振り返って見てみると、扉の陰から、小さな背中と、きらきら光る銀の髪がほんの少しはみ出していた。


「だから、きっと大丈夫ですよ」


「はい。また来ます」


 ファラリッサ様が嬉しそうに微笑まれたので、僕もそうお約束をさせていただいた。

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