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そうだ、花見をしよう 4

「はい。とれた……よ……」


 つまんで、その花びらをシャイナの目の前までおろすと、必然、シャイナと視線がぶつかった。

 シャイナの頬は赤く、火照ったように染まっていて、瞳もうつろに、ぼうっと僕の事を見つめていた。 

「あっ……ありがとう、ございます……」


「う、うん……」


 あれ? シャイナが何だか照れてる?

 まさかお酒の香りだけで酔っぱらってしまったという事ではないと思うのだけれど……。

 シャイナはやっぱりぼうっとした様子で、舞い落ちてくる花びらを見つめながら、手を伸ばしていたり、ふと思い出したような顔をしたかと思うと、勢いよく首を横に振るという、一見、珍奇な行動を繰り返していた。

 そして、何を思ったのか、両掌で小さな顔を挟み込むと、


「お花見の席では、音楽を奏でてはならないという決まりはありませんよね?」


「うん、もちろん。むしろ、歓迎されると思うよ」


 では失礼いたしますと、シャイナはヴァイオリンを取り出した。

 シャイナが立ち位置を移動して、僕達の前に立つと、こちらの様子に気づいた、というよりも、知っていたように、途端に今までおしゃべりをしていた騎士団、魔法師団、それにメイドの皆さんと、集まっていた人たちが全員、一旦動きを止めて、居住まいを正していらした。


「そのように畏まられずとも、お好きな態勢で、くつろいでいてくださって構わないのですけれど。ただ、私がそうしたいと思っただけで、コンサートというわけでも、式典というわけでもありませんから」


 僕たちはそのまま待っていたので、少しして、シャイナは一分の乱れもなくお辞儀をすると、静かにヴァイオリンを構えた。

 これほど近く――特等席で、綺麗な花が咲き誇る中で、シャイナの演奏を聴くことができるなんて、一体どれほどの贅沢なのだろうと思わずにはいられない。

 目を閉じれば、風のように流麗なダンスを披露する花の精の姿が幻視されるようだった。

 それにしても、この曲は、美しい曲だけれど、それだけではなくて、情熱的なようでもありながら、切なげな雰囲気もある、仄暗いけれども綺麗な曲だ。

 シャイナが演奏を終え、小さくお辞儀をすると、大きな拍手が沸き上がった。


「とっても素敵だったよ。聴いたことのない曲だったけれど、何の曲だったのかな?」


 シャイナは少し眉を顰めて、言い淀んでいるようだった。心なしか、頬もわずかに赤く染まっている。まあ、それは演奏直後だから高揚しているだけだったのかもしれないけれど。


「いや、言いたくないなら聞いたりしないよ。とっても素敵な贈り物だったよ。ありがとう」


 僕は心からそう思っていたのだけれど、シャイナが少しためらうような素振りを見せた後。


「……譚詩曲です。作曲者が想いを秘めていようと綴ったものだったのですけれど、演奏してしまっために相手に気づかれてしまったという」


 結局、その2人は結ばれたのだろうか。

 まあ、これほど美しい景色を観ていたのなら、そういう気分になるのもわかるような気はする。


「それは素敵なエピソードだね」


 素直な感想を告げたつもりだったのだけれど、シェリスとクリストフ様にはため息をつかれてしまった。


「お兄様。鈍い男はもてないわよ」


 鈍いって何? 今、そんな、シェリスの口ぶりからするにおそらく、僕とシャイナの間で、鈍いと言われるような会話のやり取りでもあったのだろうか?


「もしかして、長年の姉様の態度が原因で、無意識のうちにそちらの方面の気持ちに気がつかなくなっていらっしゃるのでしょうか?」


 どういう事だろうかと思ってシャイナの方を窺ってみても、本人は満足したように、すっきりした顔でまた座ってカップの紅茶を口にしていた。

 全く状況が呑み込めない。

 シャイナが演奏してくれたという、ただそれだけのこと――僕にとってはとても嬉しいことだったけれど――ではなかったのだろうか、今の一幕は。


「兄様に限って、わざととか、勘違いして、とかいう事もないだろうし、おそらく本気で気づいていないのね」


「さっきから、シェリスは何に気がついているの? もしかして、僕が何か見落としている重大なことが何か?」


 シェリスは子供を見守る母親のような目をしていた。

 それとも、残念な人を見つめる、憐れみの視線だったのだろうか。


「お兄様は先程ご自分でおっしゃっていらしたではないですか。それとも、どうしてもお分かりにならないというのでしたら、シャイナ姫にお尋ねになられますか?」


 いや、何となく、シャイナは教えてくれないような気がしている。


「……どうして自分のために弾かれたっていう認識にならないのかしら」


「シェリス? 何か言った?」


「なーんにも」


 それきり、シェリスは僕の方を見て、何か言いたそうにはしていたけれど、ついぞ教えてくれることはなかった。

 もちろん、クリストフ様も


「僕よりも、姉様にお尋ねになった方が確実かと。僕の口からは話せない内容ですし。もっとも、姉様にお尋ねになられても、教えてくれるかどうかは分かりませんが」


「――という話なんだけれど、シャイナ」


 結局尋ねてしまうと、シャイナは小さく、安堵したような、呆れたような、怒っているような、困っているような、そんな色々な感情が混ざっている難しい顔で、ため息をつくと


「私も何となく心に浮かんだ曲をそのまま弾いただけですから。それに本来、音楽の解釈というのは人それぞれで、奏者や、あるいは観客の方が想像する余地のあった方が良いのではないでしょうか。こちらの意思を押し付けてしまいますと、それはそれで、違うような気もしますし」


 そう言いながら考え込んでしまった。

 確かにそういうものなのかもしれない。

 

「分かった。僕ももう少し考えてみるよ」


 シャイナに考えてほしいといったのだから、僕だけが思考を放棄するわけにもいかないからね。

 何故だか、シェリスとクリストフ様が頭を下げ合っている光景が目に映ったけれど、多分、僕とは関係のないことだろう。

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