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そうだ、花見をしよう 3

 ◇ ◇ ◇



 公式のものではないとか、国を押してのものでもないとか、色々細かいことはあったけれど、つまるところお祭りである。

 オーリック公国まで調査に出向かれた、魔法師団や諜報部の方たちには悪かったけれど、僕達、城へ残った者たちは、この宴を、大事の前の息抜きと景気づけを目いっぱい楽しむことにした。


「お酒は脳細胞を破壊します。たしかに、お祝いの席に出されるものではありますが、それほどたくさん飲むことが好ましいとはまったく思えません」


 シャイナが自分の椀に口を付けながら――当然、アルコールは入っていない――冷静に感想を口にする。

 周りの大人――騎士団の方や魔法師団の方、他の臣下の方たち――が赤い顔をして、大声で笑っているのに対して、僕とシェリス、そしてシャイナとクリストフ様は、1段高い段の上で料理長さんたちが作ってくださったお弁当を広げながらくつろいでいた。

 庭に出てきているのは僕達や、使用人の皆さんだけで、父様と母様は部屋のテラスに2人きりでいらっしゃる。

 僕は大丈夫だったけれど、他の3人――シェリスと、シャイナと、クリストフ様――はお酒を飲んでも良いとされる年齢に達していない――エルヴィラでは学院を卒業するくらいの年齢までは、身体の成長に悪影響を及ぼす可能性があるという理由で、推奨はされていない――ため、そしてシャイナの持論もあり、花見の席であっても、食前酒的な量しか摂ってはいない。


「そういう風に考えて飲んでいるんじゃないと思うよ。楽しいから飲んでいるんだろうね」


 そうでなければ酒場などが発達するはずもない。

 それでも、初めからこのペースは飛ばし過ぎだとは思うけれど。


「兄様も考え過ぎよ。せっかくのお祝いなのに。皆、兄様のお祝いを盛り上げてくれているんじゃない」


 たしかに盛り上がっているし、僕のためだと言われると、強くは出られない。

 実際、先程から何度も行われている乾杯の声と、グラスのぶつかり合う音に合わせて、未来の国王様にとか、エルヴィラの安寧等を祈る声などが、そこかしこから聞こえてきている。


「そうだね。でも、シェリス。そう言ったどさくさ紛れに何を注ごうとしているの?」


 元々、僕達の席にお酒の瓶は配られていない。

 僕のところへは持って来てもくれたけれど、4人で集まっている中で僕だけが飲むというわけにもいかないので丁重にお断りをさせていただいた。


「兄様のケチ。良いじゃない、少しくらい」


 シェリスが可愛らしく頬を膨らませるけれど、ダメなものはダメだ。


「その少しは最初に飲んだでしょう?」


 本当にわずかだったけれど。


「兄様だって、酔っ払って、甘えてくれるシャイナの姿が見たいとは思わないわけ?」


 これでシェリスは酔っぱらっていないのだから困ったものだ。

 

「たしかに、素直にユーグリッドお義兄さんに甘える姉様を見たいという気持ちはありますね」


 クリストフ様が顎に手を添えられながら悪戯めいた顔をすると、そうでしょう! とシェリスが手を差し出して、クリストフ様がそれに応えて手を取るという、なんだか非常によろしくない同盟が結成されたような気がした。

 まさか無理やり飲ませるようなことはしないと思うけれど……。

 シャイナの方を見やると、仕方がありませんね、とばかりに、小さくため息を漏らしていた。


「お酒を飲んだからと言って、シャイナが僕に甘えるようになるとは限らないんじゃ……」


 もちろん、僕だって、そんなシャイナが見たくないと言えば嘘になるけれど、そういうのは本人の気持ちを無視して無理やりに聞き出して良いものだとは思わない。

 そう言うとシェリスは、


「何言ってるよの。ただ、普段は言えないような秘めている本心を、少し聞き出しやすくするだけよ」


 もう聞き出すって言ってるじゃないか。

 

「……そんなお酒より、こっちの桜餡の大福とか、エビや蓮根、それに卵なんかのたくさんの具で綺麗に彩られた酢飯とか、あっちにはお花畑のように飾り付けられたピザとか、おいしい料理はたくさん作ってくださっているのに」


「シェリス姉様」


 クリストフ様がシェリスに何事か耳打ちする。

 ていうか、いま自然にシェリスの事を姉様って呼んでたよね。

 シャイナは気づいていないのか、別段動揺している様子は見られなかったけれど、僕の方は少し心臓が落ち着きをなくしていた。

 念話にすればいいものを、わざわざ見せつけるようにひそひそ話をするところが、なんとも煽られているような感じがする。


「シャイナ」


 2人の事は放っておいて、というより僕の手には負えないため放っておくしかなかったので、なるようになれと、シャイナの隣まで移動する。

 宝石のように綺麗な紫の瞳をわずかに顰めて、満開の花を見上げるシャイナが、緩やかに吹く風に靡く銀の髪を抑える姿は、まるで1枚の絵画でも見ているかのように、とても美しく、声をかけるのも憚られるようだったけれど、僕だっていつまでもシャイナの姿に見とれてばかりはいられない。

 まあ、シャイナが成長するたびに、その頻度は上がってきていて、無意味な決意なのではないかと、若干思わないでもなかったけれど。


「シェリスとクリストフ様も、他の皆も、楽しんでいるみたいだし、僕はこうしてシャイナの隣にいられるだけで、それはもうとっても幸せだけれど、シャイナは楽しめているかな?」


 せっかく息抜きのために開催されているというのに、もし、本当にシャイナが何の楽しさも感じられていないのだとしたら、無理やり付き合わせるのはどうかとも思う。


「これがエルヴィラの王宮での風物詩だというのでしたら、私に思うところは――いえ、そのようなことをお尋ねになっていらっしゃるのではありませんね」


 シャイナは僕の方へゆっくりと向き直る。

 浮かべている笑顔が、なんだかいつもよりもずっと大人びているように見えて、僕は胸がざわめくのを感じていた。


「ユーグリッド様。先日のミクトラン帝国でのことを、あれからずっと私なりに考えてみているのですが」


 ミクトラン帝国でのこと、と言われても、どのことなのかはわからなかったけれど、何となく僕にとって好ましい話なのではないだろうかと感じていた。

 なぜなら、シャイナの様子が、少し恥じらっているみたいだというか、いつもと違って僕へと気持ちをぶつけてきてくれているように感じられていたからだ。

 もちろん、それは微々たるもので、けれど、いつもシャイナの事を考えて、ずっとシャイナを見てきた僕には感じ取ることが出来た。


「あのシャレタント公爵に招いていただいたパーティー、いえ、少し前からですが、ユーグリッド様の――ユーグリッド様と一緒にいらっしゃる方の事を考えると、この辺りがぎゅうっとして、もちろん、外交の場でのことでしたし、ミクトラン帝国でのことでしたから、はしたない真似をすることは避けようと思っていたのですけれど」


 シャイナの話はまとまりがなく、珍しく――僕が勝手にそう思っているだけかもしれないけれど――シャイナは戸惑っているのではないかと感じられていた。


「――お母様に聞いてもはぐらかされてしまって、それで私、なんだか嫌な子になってしまったような、わけが分からなくなってしまうような――ユーグリッド様? 何故そのようなお顔を浮かべられるのですか? どこかおかしかったでしょうか?」


 いや、だってそれは――


「シャイナ。それ――」


 いや、これは僕が教えてよいのだろうか。

 シャイナの感情には確信めいた当たりはつけられる。

 しかし。


「そうだなあ。僕としては嬉しいけれど、それを教えてしまうのは紳士としてはどうなのかと思うから、もう少しシャイナが自分で、どうしてわけが分からなくなるのかを考えてくれると嬉しいんだけどな」


 そう。決して、自分でシャイナに恋心を自覚させるのが恥ずかしかったとか、そういうわけではなく、シャイナが自分で気づいてくれる方が嬉しいと感じたからだ。


「……分かりました。もう少し、考えてみることにします」


 シャイナがまっすぐ前を向き、僕が何だかとても幸せな気分でその横顔を眺めていると、ひらひらと、ピンクの花びらが1枚、シャイナの頭の上に舞い落ちてきたので、


「シャイナ。失礼するよ」


 僕はそれをつまんで、そっとシャイナの掌の上に置いた。




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