そうだ、花見をしよう
ミクトラン帝国からエルヴィラのお城まで戻って来ると、出かけるときにはまだ満開にはほど遠かった庭の木々が咲き誇っていた。
ピンクや白の可愛らしい花びらが、春の穏やかな温かい風に揺られて、1枚、また1枚と、ひらひら舞い散る様を見ていると、青空の下、花見でもしながらお弁当を広げたら、さぞかし気持ちの良いことだろうと思わせられた。
「父様、母様。ただいま戻りました」
ミクトラン帝国での出来事の報告をするため、僕とシェリスは玉座の前で膝をついていた。
別に、今日の夕食の席で報告しても構わないとは思ったのだけれど、もしかしたら、すでに父様たちのところにオーリック公国の事に関する報告が入っていて、より詳しい話を聞くことが出来るかもしれないし、それならば、文官や大臣の方たちも一緒にいらっしゃるこの場の方が、より情報も集まっているのではないかと判断したためだ。
しかし、残念ながら期待していたような情報は得られなかった。
「そういうわけで、これからシャイナ姫とクリストフ殿下の到着を待ってから、すぐにオーリック公国へ向かって発ちたいと思っているのですが」
「お前がそうした方が良い、あるいはそうするべきだと考えての行動なのだろう。ならば、自身の心に従い、勤めを果たしてこい」
父様は僕に向かって、そうはっきりと威厳のある声で断言し、隣に座っている母様も微笑とともに頷いてくれた。
「あー、えー、ごほん、ときにシェリス」
そして、大分勿体ぶった口調で、父様は咳ばらいをひとつしながら、シェリスの方をちらりと見やった。
「……まさか、お前も行くつもりではないだろうな?」
「当然、付いていくわよ?」
それがどうかしましたか、と言いたげな口調で、シェリスが可愛らしく首を傾ける。
途端に、先程までの威厳のある態度はどこへやら、父様は、おろおろした様子で、僕たちの前だというのにもかかわらず、母様の膝に泣きついていた。
「ねえ、どうしよう。娘が、シェリスが、これって反抗期なの?」
母様は小さくため息を1つ吐き出すと、父様のことを押し戻した。
「落ち着いてください、国王様。皆の前で恥ずかしいです」
母様も怒るべきポイントがおかしい。
そこは今の父様の、国王らしくない態度を家臣の前でとったことを咎めるべきなのではないだろうか? それとも、これがこの国の標準的な対応で、おかしいのは僕の方なのだろうか?
「ユーグリッド。貴方のそういう正義感に溢れたところはとても素敵なところで、私も大好きだけれど、ほんの少し、国王様――お父様にもサービスをしてあげたらどうかしら?」
母様は困っている口調だったけれど、父様にとっては僕ではなくシェリスがいれば、それで十分のような気もしている。
それはもちろん、父様が僕に愛情を持っていないとか、そういう事では断じてないけれど。
「それに、長旅の疲れというものは思わぬ形で現れるものよ。もし、オーリック公国の調査に向かうのだとしても、少しは休んでからというのはどうかしら? それに、シャイナ姫とクリストフ王子ともお約束を交わしたのでしょう?」
自分の体調は自分が1番分かっている――と言いたいところだったけれど、前科のある僕としては、そう強くは出られなかった。
「そうだな。お前が自身の目で確認したいというのであれば、それも良い勉強になるだろうから、私は止めたりしない。しかし、お前たちに何かあれば王妃が悲しむし、そんな姿は私も見たくない」
「丁度、庭のお花も見ごろだし、シャイナ姫とクリストフ王子が到着されたら、皆でお花見をいたしましょう」
「それは素敵ね、お母さま」
母様とシェリスの2人に異を唱えることのできる人物はこの場にいなかったし――おそらく、エルヴィラ全土を見回してもいはしないだろう――お城で花見が開催されることは決定事項となった。
いや、いいんだけどね。
僕だって花見は楽しみだし、母様の言っていることが理解できないわけでもない。
そして母様も、もちろん父様も、現状を理解していないわけではないだろう。
まあたしかに、本当に大変なことになっているのなら、父様のところへももっとしっかりとした報告書か依頼書、あるいはもっと事態が深刻化しているのだとしたら、オーリック公国からの使者も来ているに違いない。
それがないということは、少なくともまだ余裕はあるだろうと推測できる。
使者すらも送ることが出来ない状況であるならば、すでにその国は滅んでいる。
その可能性が全くないとは言い切れないけれど、おそらく調査に出かけてくれていた――魔法師団なのか、騎士団なのか、諜報部なのかはわからないけれど――方たちで、この場に顔を見せていらっしゃる方の様子から察するに、すでにどうしようもない状況だなどということはないのだろう。
「ユーグリッドもそれで構わないわよね? シャイナ姫と一緒にお花見をするということで。ついでにあなたのお誕生日もお祝いしましょう」
そう言われてしまっては、僕に断ることなど出来るはずもなくて。
情報収集期間という名目で――実際に調査に出かけているのは僕達ではなかったわけだけれど――しばらくお城へ留まることになった。




