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ミクトラン帝国 30 パーティーへのエスコート 6

 クリストフ様がシャイナを連れてゆかれてから、それまではひっきりなしにいらっしゃっていた挨拶もひと段落着いたようで、僕はようやく自分の役目に戻ることが出来た。


「せっかくパートナーにご指名いただいたというのに、お構いできず、申し訳ありませんでした」


 シェリスは気がついたら近くからいなくなっていて、さっきの出来事からも心配にはなったけれど、僕が尋ねるよりも早く、まるでこちらの考えていることが分かっているかのように、私は大丈夫だから心配しないでという念話が送られてきたので、おそらく大丈夫なのだろう。

 エルマーナ皇女はお気になさらないで下さいとおっしゃってくださったけれど、やはりどこか浮かないお顔をされていた。

 

「いえ。私の方こそ、御心配をおかけするような態度をとってしまって……」


 そうやって笑顔を浮かべられたけれど、わずかに残る寂し気な雰囲気は僕の勘違いではないだろう。

 気にしていないとおっしゃってはくださったけれど、パーティーで相手の男性に放っておかれたのだから、不安になったりするのも当然かもしれない。

 しかし、僕としてもあの場面で間に入らないという選択肢はなかったわけで。ここで弁解したとしても、次また同じことがあれば同じようにするだろうことは容易に思い浮かべることが出来たので、それ以上にかける言葉を考えることは出来なかった。

 目の前に沈んだ女性がいるというのに何も出来ないのでは、紳士として役立たずだ。

 

「エルマーナ皇女」


「ユーグリッド様」


 僕とエルマーナ皇女の声が重なる。

 当然、互いに相手を尊重し合ったというか、譲り合いが行われたわけで、またしても沈黙の時間が流れた。


「ユーグリッド様。よろしければ、2人きりになれるところへ、テラスへ出てみませんか? 夜の月明かりに照らされたお庭の光景が美しくて、とてもガラス越しに見るだけではもったいないと思いましたので」


 元々、僕の方には話したい具体的な内容があったわけではなく、エルマーナ皇女の憂いを少しでも晴らすお手伝いが出来たらと思ってのことだ。誘いを断る理由はない。


「それは素敵ですね」


 シェリスも誘ってみようかと思ったけれど、せっかく女性に2人きりでと誘われたのだ。

 そこに、多少なりとも、どういった意味が込められているのか察することが出来ないほど鈍いわけではない……と思う。

 でも、さっきもシャイナの考えていることとか、気持ちを察することが出来なかったわけだし、もしかしたら全く関係のない、別の話なのかもしれない。

 いずれにせよ、これから話してくださるだろうことをわざわざ尋ねるのは、いかにも野暮というものだろう。

 月明かりに照らされたテラスには、暖かな春の夜風が優しく流れていて、庭園に咲いている紫とピンクのラベンダーの心地よい香りが届けられていた。

 先程まで、パーティーと人の熱気に充てられていたためだろうか。吹き抜ける風が気持ち良い。


「この度はこちらの招待を受けてくださって、本当にありがとうございました。おかげで、見物にいらした方からたくさんの嬉しいお言葉をいただくことが出来ました」


「それは何よりです。エルマーナ皇女がお祭りの直前にあのような行動に出られなければ、もっと色々と御見せできたとは思いますが」


 散々、御父上と御母上に言われたのだろう。僕は冗談めかして言ったつもりだったのだけれど、エルマーナ皇女は、恥ずかしそうに頬を赤く染めて俯いてしまった。


「うぅ……申し訳ありませんでした……」


 もちろん、先日の事件で悪かったのは誘拐を企てた彼らの方で――彼らにも考えがあってのこととはいえ――エルマーナ皇女が気に病まれる必要は、ほとんどないのだけれど。

 その辺の話は、モンドゥム様とフェアリーチェ様から聞いていることだろうから、あらためて僕の方からお説教ではないけれど、注意というか、告げるべきことではないだろう。

 まあ、家族に黙って勝手に城を抜け出すというのは、皆が知っていることだとはいえ、いつもいつもやっている僕が言えたことではないのだけれど。

 いや、僕は言わずにそっと出てきた時にだって、ちゃんと書置きは残すようにはしているのだけれどね。

 

「何かお話があったのではないのですか?」


 そう尋ねたときのエルマーナ皇女は、すでに敗北することが決まっているボードゲームをしているような、それでいながらなんだか眩しい物でも見ているような、そんな不思議なお顔をされていた。

 エルマーナ皇女は僕に背を向けて、夜空に浮かぶ月を見上げながら小さく深呼吸をされた後、くるりと振り向かれた。その時にはすでに、先程のような雰囲気は微塵も残っておらず、ただすっきりとしたような綺麗な笑顔を浮かべていらした。


「私、開花祭で今年初めてステージに上がることが決まって以来ずっと不安な気持ちでいっぱいで、それはステージを終えてもあまり変わりませんでした。もちろん、自分の中では精一杯、あの時に出来る限りの最善を尽くしたつもりではありましたけれど、昨年までのお母様のような歌声を届けることが出来ず、聴きに来てくださった国民の皆様をがっかりさせてしまったのではないかと」


 それは僕も翌日にエルマーナ皇女本人の口から聞かされている。

 だから、翌日デート(だったのだろうかは疑問が残るところではあるけれど)にお誘いしたのだ。


「けれど、ユーグリッド様とお出かけをして、私の歌も、お母様の歌と同じように、皆様の心に届けることが出来ていたのだという事を知ることが出来ました」


 それは僕の力ではない。

 エルマーナ皇女の歌が聴いてくださった方の心に残ったのは、すべてエルマーナ皇女の努力の賜物であり、ただ僕はその実感を得られる手助けをしたに過ぎない。


「いいえ。ユーグリッド様がいらっしゃらなければ、私1人でなど、おそらくあの舞台に立つことすら出来なかったでしょう。もしかしたら、来年以降もステージに立とうなどとは思えなかったかもしれません」


 それは非常に残念だ。

 エルマーナ皇女の歌声は、まさに素晴らしい、歌姫という形容がぴったりのものだったし、出来ることならば、来年以降も是非聴きに来たいと思っている。

 もちろん、シェリスやシャイナやクリストフ様とも一緒に。

 けれど、それはどうやら僕の取り越し苦労というか、早とちりだったみたいで。


「ですが、ユーグリッド様のおかげで、私の歌も少しは聴いてくださった方に夢や希望を与えることが出来たのだなあと思えて、とても幸せな気分になることが出来たのですよ」


 エルマーナ皇女のルビーのように紅い瞳が、まっすぐに僕の瞳をのぞき込む。


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