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ミクトラン帝国 29 パーティーへのエスコート 5

「はい、そこまで」


 相手の男性が手を振り上げる前に、僕は声を上げながら2人の間に身体を滑り込ませる。

 同時に、相手の手を抑えつつ、シャイナを抱き込むようにしながら、そちらの魔法もうまく押さえつける。

 幸い、シャイナの方はすぐに落ち着きを取り戻してくれたので、そちらを心配する必要はなかった。


「シャイナ。シャイナのそういう真っ直ぐなところ、僕は好きだけれど、もう少し相手の事を考えてあげると良いというか、もうちょっと危険のない方法をとることは出来たんじゃないのかなって思うよ」


 あれでは煽っていると取られても仕方のないところがある。

 おそらく本人は事実を告げていただけで、悪気もなければ、ましてや煽るつもりなど微塵にもなかっただろうけれど。


「あの場ではどなたも間に入られようとはなさっていらっしゃらない様子でしたし、近くにいた私に出来ることがあるのであれば、しないという選択肢はありません」


 たしかに急な出来事で、周りの方たちはどう対応したものかと戸惑っている様子だったし、都合の悪いことに、近くにメイドさんもいらっしゃらなかったというのはあるけれど。


「それでも、シャイナには危険な目にあって欲しくないと思っている僕がいるんだという事を、心のどこかには置いておいて欲しいな。すくなくとも、今日この会場には僕がいたんだから」


 もちろん、シャイナのおかげでそちらの女性への危害が加えられなかったというのはあるけれど。

 僕は女性の前に立つと、出来る限り紳士的に膝をついた。


「大変失礼をいたしました。貴女のように素敵な女性を前にすると、どうしても男性というのは自分をよく見てもらいたいと、馬鹿になってしまう生き物なのです。それが女性にとってはどう見えているのかなど考えもせずに」


 僕は彼女を見つめながら、静かにその手を取った。


「彼を許せとは申しませんが、この場はどうか、貴女を思って間に入った彼女に免じて水に流してはいただけないでしょうか」


「で、殿下っ、お、お顔をお上げください。私はもう気にしておりませんから」


 相手の女性の方の、焦ったような声が聞こえる。

 周囲のざわめきが大きくなり、何故だか黄色っぽい歓声が上がる。


「なっ、お、俺を無視するな!」


 ああ。せっかくこの場はこれでお終い、楽しいパーティーに戻りましょう、という空気が形成出来たと思っていたのに、なんで、こう、空気を読まずにいられるのか。

 

「ええっと、もう少しだけ周りを確認された方がよろしいのでは? リヴァール卿」


 すでに彼を見る周りの視線は、好奇とか、畏怖――は元々なかったけれど――とか、迷惑だなあとかではなく、憐れみとか、同情とは違うけれど、残念な人を見る目になっている。

 リヴァール卿の顔からすっと赤みが引いたように、むしろ青くなっている。


「うっ……! だっ、だが、あの女、女のくせに――」


 ミクトラン帝国の貴族社会がどう運営されているのかなんて知らないけれど、おそらくエルマーナ皇女の事を考えてみても、女性蔑視とまではいかずとも、そんな考え方が一般的だとは思えない。

 もちろん、そういった考え方の人がいるということは知っている。それは、ミクトラン帝国に限らず、おそらくはエルヴィラにだって一定数はいるのだろう。


「そのような決めつけは関心いたしませんね。紳士なら、紳士らしく、女性には――男性でも、目上の方には――敬意を持って接しなければ。女性がいなくては社会は、生活は、成り立ちませんよ?」


 それはもちろん、男性を軽視している、というわけではない。

 ただ、両者とも、持ちつ持たれつの関係であるのだから、どっちがどうこうと、決めつけたりするのが良くないという事だ。

 それはともかく。

 酔っているということは、判断力が低下しているということであり、精神的な魔法にかかりやすい状態でもあるということだ。

 僕がリヴァール卿の額に手をかざすと、ほとんど何も抵抗なく、すぐに彼はその場で崩れ落ちた。


「このようなところで眠ってしまっては皆さんの迷惑になりますよ」


 男を抱く趣味は、全然、これっぽっちもなかったのだけれど、仕方なく僕が彼を持ち上げようとすると、どこからともなく現れたメイドの方が、失礼いたしますと数人で彼を抱え上げ、お騒がせ致しましたと頭を下げられながら、迅速な動きで会場を後にされた。


「……綺麗なメイドさんに介抱されるなんて、少し羨ましいとか思ってた?」


 いつの間にやら僕の隣に来ていたシェリスの容赦のない言葉に、今の光景を見ていた男性の、ほとんど全員が固まった。


「い、いやいやいや、シェリス。何を言っているの? 僕は全然、そんなこと、少しも思ってないよ?」


 もちろん、シャイナに介抱してもらえるというのなら、少し、そう、ほんの少しだけ紳士の道から外れても良いかな、なんて、これぽっちも考えていない。

 大体、シャイナの前であんまりそういうことを聞いて欲しくはないのだけれど。

 また、シャイナが氷柱のような視線をぶつけてくるんじゃないかと――


「シャイナ?」


 シャイナは、非常に珍しいことに、ぼうっとしている様子で、頬も少しばかり赤く染まっている。


「おーい? 大丈夫?」


 目の前で手を振ってみると、シャイナは気を取り戻したかのように、はっと顔を上げて、わずかに僕から距離をとった。


「あ、ありがとうございました、ユーグリッド様」


「僕は大したことはしていないけれど……」


 そんなことよりも、シャイナの体調の方が気になる。

 なんだか、いつもと様子が違うし。


「ユーグリッド様。姉様の事は僕が見ておりますから、安心なさってください」


 クリストフ様はそうおしゃってシャイナの手を取ると、シェリスに向かって何やらアイコンタクトのようなものを送っていた。

 特定個人間の念話を、他人が傍聴することは基本的に出来ない。

 少なくとも僕は出来ないし、お城の図書館の蔵書でも目にした記憶はない。

 母様か、セキア先生ならばご存知かもしれないけれど。


「お兄様。お兄様とお話をしたいとおっしゃってくださった方はまだたくさんいらっしゃいますよ。まさか、私1人に任せて、また逃亡なさるおつもりではありませんよね?」


 シャイナの事は気がかりだったけれど、クリストフ様がついていてくれるのならば、おそらく大丈夫だろう。

 

「そうだね。大丈夫、最後まで気は抜かないから」


 それに、エスコートしている相手の事、エルマーナ皇女のお相手を忘れるわけにはいかない。

 お互い、忙しかったとはいえ、長い間他の事にかまけてしまったというのは事実なのだから。

 パートナーの事を放っておくなんて、最低な男だと認識されてしまいかねない。

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