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ミクトラン帝国 27 パーティーへのエスコート 3

「やっぱりここにいたんだね」


 初めてシャイナと会ったアルデンシアの記念式典の時にも、シャイナはこうやって庭の噴水の縁に座っていた。

 あの時はシャイナの名前も、何も知らなかったのだけれど、今はあのときよりも少しだけ多くの事を知っている。

 

「何か考え事?」


 シャイナが星や月に何かお祈りをするような女の子ではないことは分かっている。

 そんな時間があるのなら、自分の力でつかみ取れるようにと努力するような女の子だ。

 僕が近付くと、シャイナは手にしていたヴァイオリンを丁寧にケースに戻して収納し、そっと自分の隣の場所をあけてくれた。


「座っても?」


 声をかけると、そのくらいご自分でお考え下さい、とでも言われているかのように、シャイナは少し照れているような顔で横を向いてしまった。

 

「ありがとう」

 

 僕はそこに座って、会場から少し拝借してきたクッキーを、収納して持ち歩いているカゴにハンカチを敷いて入れる。

 僕がどうぞ、とほほ笑むと、シャイナは白い指でクッキーをつまみ上げて、じっとそれを見つめた後に、ぽりぽり齧った。ゆっくりと、自分の考えをまとめるように。

 どうして会場を抜け出してきたのとか、こんな風に拗ねているのはひょっとしてやきもちでも妬いてくれたのかなとか、聞いてみたいことはあったけれど、どれも答えは一緒であるように思えて、それを自分から尋ねるのは何となく野暮な気がして、僕も黙ったまま一緒にクッキーを齧りつつ、シャイナが話してくれるのを待った。


「……エルヴィラの王子様が、このようなところにいらしては会場の方々は残念に思われるのではないですか」


 しばらくの間の後、シャイナが口を開いたのはそんな言葉だった。

 非難しているような口調ではあったけれど、僕の方へと身体を向けずに横を向いたままだったけれど、シャイナの肌は大理石のように白くて綺麗なので、少しでも赤くなっていることは分かってしまうのだということは、表情の変化が少ないシャイナの気持ちを知るうえで大事なところだ。

 おそらく本人は気がついていないのだろうけれど、僕は今のところそれをシャイナに告げるつもりはなかったし、きっとメギド様も、ファラリッサ様も、クリストフ様も同じなのだろう。


「どうかな。あらかたの挨拶は済ませたし、一応の責任は果たしたつもりだよ。シャイナも知っての通り、シェリスはしっかりしているから、僕がずっと一緒についていなくても大丈夫だし」


 多分、後で2人きりになったときに怒ってみせて、なにかねだられたりするかもしれないけれど。


「それを言うのなら、シャイナだって同じことじゃないの?」


「……私はいいんです。クリストフがいますから……」


 シャイナの表情は、それで良いとは到底思っていないようなものだったけれど、クリストフ様にはシェリスと似たような、ある種のしたたかさとでもいうべきだろうか、人を惹きつけるところがあるので――それが意識的にしろ、無意識的にしろ――その考えは間違ってはいないかもしれない。

 まあ、でも、僕の個人的なことを言えば、シャイナがこうして1人でいることに対して、ほっとしたような感情と、良かったとか、嬉しかったとか、そんな感想はあるにしろ、マイナスの感情を持つことはない。

 それもつまらない、シャイナを独り占めしていたいとか、他の男性といるところを見ずに済んだとか、そんな子供っぽい感情のためだけれど。


「……エルマーナ皇女とのことは、シェリス姫には任せることは出来ないのではないですか?」


 シャイナが上目遣いに、少し頬を膨らませて、僕を見上げる。

 

「エルマーナ皇女とは何もないよ。シャイナが心配しているようなことは」


「本当ですか?」


 シャイナは、ハッとしたように目を見開き、別に私は心配など何もしておりませんと顔を逸らしてしまった。

 エルマーナ皇女には、嫌われてはいないだろうし、おそらく、好意を向けられてはいるのだと思う。

 けれど、それがどのような好意――恋愛感情なのか、はたまた感謝や尊敬の念なのか、あるいは別の何か――なのかは、はっきりとは分からない。

 もし間違ったことを聞いてしまったなら、大恥をかくか、大変な失礼を働くことになるのか、どちらかだ。そんなことは出来はしない。

 シャイナには以前、強引な方は好きではありませんと言われているので、どのような考え、あるいは気持ちからそんなことを聞きたくなったのか、追及したいのは山々だったけれど、ぐっと我慢する。


「今日は演奏を頼まれてはいないんだね」


 先の開花祭で素敵な演奏をしたからだろうか。

 もう1度聴きたいと思っていらっしゃる方も大勢いらっしゃるだろうとは思うけれど、そんなに何度も続けて演奏させるのは大変だと思われたのかもしれない。

 それに、今回のパーティーはそういった目的で開かれているわけではなくて、シャイナやクリストフ様個人と、あるいはアルデンシアと、そして、自分たちの事ではあるけれど、エルヴィラの、次期国王、あるいはお姫様と、個人的なつながりを欲しがっての事、というと言い過ぎかも知れないけれど、大きく外れてもいないだろうから。


「シャイナ。君からすれば、僕は妹を含めて女性にだらしのない男に見えているのかもしれないけれど、初めて君に逢ったあの日から、僕はずっとシャイナの事だけを考えているよ」


 シャイナと2人きりの時間はとてもかけがえのないもので、本当はもっとこうして2人でいたかったけれど、そろそろシェリスに任せきりというのも面目が立たない。もっとも、シェリスに対して、兄の威厳なんてものは最初から存在すらしていないけれど。

 僕はシャイナの前で膝をつくと、白魚のようにほっそりとした手を取った。


「また私と踊っていただけますか?」


 シャイナは驚いたように目を見開いていたけれど、


「……正式なお申込みでしたら、断る理由もありません」


 と言ってくれた。


「ありがとう。春先で温かくなってきているとはいえ、まだやっぱり夜は冷えるから、倒れてしまわないようにね」


 前に僕を心配してお見舞いに来てくれたシャイナだから、そんな心配は不要だろうけれど。

 僕は踊りの音楽が始まる前にと、会場へ戻った。

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