ミクトラン帝国 26 パーティーへのエスコート 2
結局、その夜の公爵家のパーティーで、僕は、ヴィレンス公子がシャイナのエスコートをするのを眺めながら、エルマーナ皇女の相手を務めさせていただいていた。
姉様の方のことはおまかせください、とクリストフ様に言われ、その後に、今宵はエルマーナ様のお手をお取りくださいと頼まれてしまった。
他人に言われたからなどという理由で相手の女性を選ぶなど、そんな失礼なことはないと思っていたけれど、結果的に第三者から見ればそのような形に収まってしまった感は否めなかった。
「謝罪などなさらないでください。経緯はどうであれ、こうして手を取ってくださったことを嬉しく思います」
パーティーが始まり、最初に1曲、エルマーナ皇女のダンスの相手を務めさせていただいて、その上、そんなことまで言わせてしまった。
パートナーを務めてくださった女性にそんなことを言わせてしまうなんて、紳士としては失格だと言わざるを得ない。
たとえ、自身の気持ちがどこへ向いていようとも、踊っている最中には相手の、パートナーの事だけを考えていなくてはならない。
「いえ、私の方こそ謝罪させてください。貴女の事を考えずに踊るなど、あるまじき行為でした」
謝罪と、お礼の意味も込めて微笑むと、エルマーナ皇女もわずかにはにかんでいるような笑顔を見せてくださった。
オープニングのダンスの曲が終わり、礼をとると、エルマーナ皇女が何か言いたそうにしているような様子だったけれど。
「エルマーナ皇女?」
僕が尋ねてみても、エルマーナ皇女は微笑んで小さく首を横に振られただけだった。
「おお! こちらにおいででしたか、ユーグリッド王子!」
そのすぐ後、僕がシャイナを探そうと振り向いたところで、主催者であるところの初老の男性、シャレタント公爵に声をかけられた。
「ぜひユーグリッド王子と、それからシェリス王女を紹介してほしいという方が大勢いらっしゃるのですが、よろしいでしょうか」
シャイナと話がしたかったり、ダンスを申し込みたかったのは山々だったけれど、僕達はミクトラン帝国まで父様の名代として、エルヴィラを代表して来ているのだ。自身の望みよりも、社交を優先しなくてはならない。
公爵の後ろには、ミクトラン帝国の要人の方々がぞろぞろと控えている。
僕はエルマーナ皇女にことわって、シェリスを迎えにゆき、2人で一緒に挨拶回りをした。
「おふたりのステージには感動いたしました」
「我が家の娘もエルヴィラへ魔法を学びに留学したいと申しておりまして」
そんなことをおっしゃって下さる方もいて、話のきっかけを作るための社交辞令だとわかってはいるけれど、ステージに立たせて貰って良かったなあと、胸の暖かかくなるのを感じたりもした。
もちろん、それだけで済むはずもなく、先程の僕とエルマーナ皇女のダンスをご覧になった方もいて、
「失礼ですが、殿下とエルマーナ様はご婚約なさっているのですか?」
「いえ。エルマーナ皇女様とはそういった関係ではありませんが」
ではどなたかと? と尋ねられ、よっぽどシャイナの事を話したかったけれど、残念ながら、僕はまだシャイナに婚約を受けては貰っていないし、僕の立場で余計なことを言えば、シャイナと、アルデンシアのご家族にも迷惑がかかる恐れがある。
当然、そんな質問をされたからには、彼らがどこへ話を持ってゆきたかったのかも想像通りだったわけで、ならばと、自分の孫娘だとか、姪孫だとか、たくさんの女性を紹介されてしまった。
もちろん、一緒にいるシェリスへも、純粋な――ばかりではないかもしれないけれど――少なくとも悪意的ではない、甘い表情をした、僕とそう変わらない年齢にみえる青年が声をかけてきていた。
みれば、エルマーナ皇女のところへも、同じくらいの人が集まっている。
だとすると、シャイナのところでも同様なのではないだろうか。
シャイナの事だから、まさかお世継ぎだからとはいえ、クリストフ様1人に社交を任せるなどということはしないだろう。
もちろん、シャイナが他の男性にどうこう、というのはほとんど心配してはいないけれど……。
いつかシャイナに言われたことがあった。「私の目に映るすべてのものに嫉妬なさるおつもりですか」と。
少し考え事をして、気がつくと、隣にいたはずのシェリスの姿が見えなくなっていた。
シェリスが他人と話すのに疲れたなどと、少なくとも、このような外向きの場で、そんな顔を見せるとは思えないけれど。
『私はエルマーナ皇女と一緒にいるから心配しないで、兄様はやりたいようにして』
そんな念話が届けられた。
ほんのわずかに不安になる気持ちもあったのだけれど、やはり取り越し苦労だったというか、いらない心配だったらしい。
そしてどうやら、僕は気を使われているらしい。
いつも思っているけれど、本当に、シェリスには一生頭が上がらないだろう。
それからわずかな期待とともに、とりあえず庭の方へと足を伸ばしてみる。
夜空にはいくつもの星が輝いていて、満月ではなかったけれど、月も透明な光で柔らかな芝生を照らしている。
「シャイナ」
噴水の縁に座っていたシャイナは周りの音が聞こえないかのように、静かにヴァイオリンを弾いていた。音が漏れ聞こえてこないのは、遮音の結界の効果だろう。
もう少し近付くと、結界に触れたところで、顔を上げたシャイナと目が合った。
結い上げられた銀の髪が、背中にこぼれてサラサラと流れ、そこにあたる月の光に、銀細工のように輝いている。
後ろに湧き上がる噴水と合わさって、そこだけが夢の世界のようだった。
音のない、正確には噴水のこぼれる音だけが響く世界で、僕とシャイナは見つめ合う。




