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ミクトラン帝国 25 パーティーへのエスコート

 ◇ ◇ ◇



 翌日の夜、僕達はミクトラン帝国のシャレタント公爵のパーティーに招待されていた。

 元々、僕達はミクトラン帝国皇家に招待されていたのであって、モンドゥム陛下が何か催されていたのならそちらに出る必要もあったのだけれど、この日は特にお城での予定もなく、僕達の出立に際して開いてくださるというパーティまではまだ少し日にちがあったので、外交としての挨拶も重要ではあったし、失礼して、そちらのパーティーに出席させていただくことにしていた。

 前にシャイナがエルヴィラまで訪ねて来てくれた時のパーティーには、残念ながら一緒に参加することは出来なかったので、こうしてシャイナと一緒にパーティーに参加するのは随分と久しぶりな気がする。

 けれど、その前には1つ避けては通ることのできない問題があって。


「私がシャイナ姫をエスコートさせてもらう」


 その日の朝食の席で招待状を受け取った際、もちろん、僕とシェリスだけではなく、シャイナとクリストフ様、そしてヴィレンス公子も同じようにパーティーに招待されていた。

 エスコートする相手役が必要なダンスパーティーではなかったけれど、僕としてもせっかくの機会を逃したくはなくて。

 それはもちろん、ヴィレンス公子も同じ思いだったわけで。


「まったく、なんでそんなことで一々諍いになるのよ」


 遠巻きに眺めていたシェリスが大げさにため息をついて見せていた。


「仕方がありませんよ、お義姉さん。偏に姉様がはっきりなさらないのが悪いのです」


 クリストフ様はそう言っているけれど、僕はそうは思わない。

 シャイナにはっきりと選んで貰えない僕の方に問題があるのだ。

 母様がおっしゃっていたように、1番高いところで思い切り輝いていれば、自然とそちらを向いてもくれるのだろうけれど、残念ながらまだ僕はその域には達していないという事なのだろう。

 とはいえ、このままではシャイナ達が心からパーティーを楽しむことが出来ないし、現状、実力だけで相手役を決めるのであれば、確実に僕が勝ってしまい、それでは大人げがない。もっとも、現状すでに大人げないというのであればそれまでだけれど。


「聞き捨てならないな。今、どのような勝負であってもそちらが勝るといいたいのか?」


「ええっと……」


 まずい。怒らせてしまっただろうか。

 あれからいくらか時が過ぎたとはいえ、僕が以前ヴィレンス公子を決闘で負かせてしまったことは事実。

 しかも、好きな女の子の前でというのだから、ヴィレンス公子の中では苦い思い出として今でも燻っていてもおかしくはない。


「いいだろう。私もこのまま負けたままで良いとは思っていないし、どのような形であれ、1本取られたままなのは事実だからな」


 あれは、正確には僕が1本取ったのではなくて、ヴィレンス公子が自ら負けを認めたようなものだと認識しているので、少しくらいは悪かったかなとも思っているけれど、暴力的に屈服させるよりは幾分ましだとは思ってもいた。

 ヴィレンス公子はすっかりその気で、すぐさま庭へと向かわれそうになるので、僕は慌てて呼び止めた。


「待ってください、ヴィレンス公子」


「何だ、貴殿。よもや怖気づいたわけでもあるまい」


 もちろん、そんなわけではないのだけれど。


「ならばどこに問題がある。私は先に外へ出て待つ」


 それだけ言うと、ヴィレンス公子は、シャイナの手を握り締めて、熱のこもった視線を向けた後、部屋を出て行かれた。


「……シャイナ。今更というか、僕が言うのもなんだけれど、その」


「本当に、どうして男の方はすぐに決闘だなんだのとおっしゃるのでしょう」


 かなり呆れていることの分かる口調で、シャイナはため息をついた。

 僕だってやりたくてやっているわけじゃない……と言い切れないのがつらいところなんだよなあ。

 いや、シャイナが言いたいのは、もっと違う方法――たとえば芸術的なこと、それこそ年末の音楽祭で行われるような演奏だったり――もあるとか、甘い言葉で情熱的に誘ってくれとか――後者はかなり怪しいけれど――そういった意味で言っているのだということは分かっているんだけれど。

 結局、男というのは好きな女の子の前では良い格好を見せたいと思ってしまう生き物なのだ。

 たとえ、それが女性から見れば別段格好良いというわけではないという姿なのだとわかってはいても。


「じゃあシャイナは、僕が情熱的に誘ったら手を取ってくれたのかな?」


 お望みとあればいくらでも、と僕はシャイナの前で膝をついて、ほっそりとした白い指先をとり、優しくその手を握った。


「シャイナ姫。貴女の瞳にほかの男性が映り、その手を取ることを、どうしても寛容出来そうにありません。嫉妬しているのだというみっともない感情であるのは理解できますが、どうにも止められそうにないのです。どうか、この手を取ってはいただけないでしょうか」


 決闘を持ち掛けられた時点で、勝負の結果がどうあれ、僕の敗色は濃厚なのだ。

 そこまでヴィレンス公子が考えているのかどうかは分からないけれど、このくらいの抜け駆けは許されても良いのではないだろうか。


「シャイナ姫はあのようなことをおっしゃりながら、まだご自身のお気持ちをお認めにはなっていらっしゃらないのですか?」


「姉様がどうかしたんですか?」


 何やらクリストフ様と、そこにシェリスも加わって、ひそひそ話をしていたエルマーナ皇女が話し終えられたようで、僕に声をかけてくださった。


「シャイナ姫がユーグリッド様のお手を取られないのでしたら、私が申し込んでもよろしいですか?」


 エルマーナ皇女は笑顔のままシャイナの事を見つめている。

 僕が口を開こうとしたら、横からシェリスに裾を引っ張られ、首を横に振られた。


「私に断りを入れる必要はないのではありませんか?」


「ユーグリッド様が申し込まれたのはシャイナ姫で、私は後釜ですから」


 2人はそのまましばらく見つめ合っていて、その様子を、おそらくシェリスと、クリストフ様が面白そうに眺めていた。


「私は何も言う事はありません。失礼いたします」


 僕が口を挟めずにいたのをどうにか思ったのか、シャイナは1度僕の方へと厳しめの視線を向けた後、「それでは」と部屋を後にした。


「申し訳ありません、ユーグリッド様」


 振り向きざまに、僕が口を開くよりも早く、エルマーナ皇女に謝られてしまった。

 元々責めるつもりはなかったけれど。


「いえ。シャイナに相手にされないのは慣れていますから」


「ユーグリッド様。姉様は少し素直じゃない、いえ、素直になれないだけなんです」


 クリストフ様も申し訳なさそうに頭を下げられる。


「ありがとうございます、クリストフ様。けれど、大丈夫です。十分に分かっていますから」


 言ったりはしないけれど、クリストフ様が生まれる前からシャイナとは付き合っているのだ。付き合っているというよりも、そのころは僕が一方的に押しかけていただけだったとも言えるけれど。


「シャイナが素敵な女の子だということは知っていますから。どうかなさいましたか、エルマーナ皇女。顔色が優れないようですが」


 何だか少し俯きがちな感じがする。


「いいえ、何でもありません。それよりもよろしくお願いしますね」


 エルマーナ皇女の笑顔は、やはりどこかすぐれない様子だった。

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