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ミクトラン帝国 24 朝のデート 4

 そのあたりは感覚の問題になるので、自分自身の認識を、それもほとんど意識せずにやっていることを、他人に伝えるのは難しい。

 セキア先生のように、その道の専門家の方ならば上手に教えられるのだろうけれど、そもそも僕はこの光の魔法に関して習ったことはないため、自分自身の言葉で伝えるしかない。

 しばらく練習を続けていると、初めは自身の手の周りをぼやぼやと照らすだけだったメヌエットさんの魔法の光が収束して、見事に両手の中に暖かな光る玉が作り出されていた。


「うわぁ……」


 難しいとは言ったけれど、光の魔法は生活の中でも使われるだけのことはあって、他の魔法と比べると扱いやすい魔法でもある。

 嬉しそうに口元をほころばせていたメヌエットさんは、すぐに自身の周りをふよふよと移動させることが出来るくらいには、光の魔法を制御できるようになった。


「お上手ですよ。とりあえずはその1つを制御することに集中してみてください。最初からたくさん制御しようとすると、意識が分散されて、弾けてしまう事にもなりかねますから」


「はいっ!」


 それに、メヌエットさんから感じられる魔力は、僕の方でも何となくならばわかるけれど、本当にどれほど蓄えられているのか、正確なところは本人にしか分からない。

 そのため、1つくらいならば大丈夫だろうけれど、10個も20個も、あるいはそれ以上ともなってくると、魔力の使い過ぎで倒れてしまうような事態にならないとも言い切れない。慣れるまでは、無理をしない方が賢明だろう。


「では次は、その光の玉に意思を念じて……心に思い浮かべてみてください」


「ええっと……」


 これも見せた方が分かりやすいだろう。

 僕も1つ、先程作り出していた光の玉をメヌエットさんの目の前まで移動させると、意思を投じた。


「あっ!」


 球形だった光の玉が、ハートの形に、あるいは正六面体に、そして星の形にと、次々に姿を変える。

 もちろん、周りでいくつも回っている光も形を変えていて、それぞれ別々の形をとっている。


「きれい……」


 静かに降り積もる雪のように、頭上から降って来る魔法の光に、メヌエットさんは瞳をキラキラとさせていた。


「こういうのも学院へ行けば教えてくださるのでしょうか?」


 どうだろう。

 期待に沿えず申し訳ないけれど、僕は学院へ通ったことはないので分からないというのが本音だ。

 母様や、セキア先生に聞いた感じでは、おそらく、光を灯す魔法は教えてくれるだろうけれど、今僕が見せたような、光を様々な形に作り替えたりすることは、教えては貰えないだろう。自分たちでやろうと思えば、簡単に――かどうかは分からないけれど――思いつくことだとは思っているけれど。


「そうなのですね。つまらない質問にもお答えくださり、ありがとうございます、ユーグリッド王子様」


 つまらないなどということはないけれど。僕の方こそ、答えることが出来ずに申し訳ない。

 時間を確認すると、そろそろお城へ戻っていた方が良いころ合いだ。

 そろそろ、皆が起きだすころだろうし、そうでなくても、多分、シャイナがヴァイオリンの練習をしているころだろう。

 もしかしたら、もう終えてしまっているかもしれないけれど。


「メヌーっ」


 そう思っていたところで、丁度、向こうの方から大きく手を振りながら、笑顔のナリアさんが戻って来るところだった。


「すごいのよっ。お姉さん、本当に歌が上手なの。まるで、昨日聴いたエルマーナ皇女様みたいに! 声も歌い方もそっくりだし!」


「……そ、そうなんだ」


 2人きりで歌声を聴けばわかるだろうと思ったけれど、どうやらかなり真実に近付きはしたけれど、それを事実だとは思っていないらしかった。

 普通、皇女様が婚約者でもない男性と2人きりで、こんな風に出かけるだろうなどとは夢にも思わないだろうから、無意識的にその可能性を排除して考えているからなのだろうけれど。

 興奮した様子のナリアさんに、メヌエットさんはどうしたら良いのかとかなり困っている様子だった。


「お、お姉ちゃん! そろそろ戻らないと、お母さんに心配されるよ」


「それもそうね。じゃあ、戻りましょう。ご飯を食べたらまた練習よ」


 ナリアさんがこちらを振り返りながら、とてもいい笑顔で大きく手を振る。


「ありがとう、お姉さん。それから、お兄さんもメヌの事を見てくれてありがとう! また今度、教えてね!」


 メヌエットさんがぺこりと頭を下げてくれたので、僕達も笑顔で手を振った。


「あっ! そういえば、肝心なことを聞くのを忘れていたわ!」


 僕とエルマーナ皇女が2人に背を向けてお城へと戻り始めたところで、そんな声が聞こえてきた。

 

「また会うって言っても、私たち、あなた達の名前も何も知らないのだけれど」


 まあ、変装しているのだし――変装と言えるのかどうかはかなり怪しいところだったけれど――気がつかなかったのだとしても不思議ではない。


「申し遅れました。私、エルマーナ・グラナードと申します。以後、お見知りおきを、ナリアさん」


 エルマーナ皇女が微笑みかけると、ナリアさんの瞳がこれ以上ないというほど大きく見開かれ、大きく叫びそうになったところで、メヌエットさんの手が横から素早くお姉さんの口を塞いだ。

 これ以上、この場に留まっていない方が良いのかもしれない。


「おふたりとも、今朝はとても有意義な時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」


 僕はエルマーナ皇女が振っている方と逆の手を取ると、一緒に空へと舞い上がる。

 

「どうでしたか、エルマーナ皇女。ミクトラン帝国の皆さんの中にも、それからあの子たちの中にも、貴女の歌はしっかりと残っていたでしょう?」


 本当は聞かなくても、エルマーナ皇女の顔を見れば簡単にわかることだったけれど。


「はい。今朝は連れ出してくださって、本当にありがとうございました、ユーグリッド様」


 エルマーナ皇女の声は、出かけたときよりも明るく、楽しそうというか、嬉しそうというか、とにかく、元気は出て、前向きになられた様子だった。


「いえ。貴女の心の曇りが晴れたようで何よりです」


 開花祭の前から、襲撃にあったりと、色々事件が重なったためもあるのだろう。

 もちろん、開花祭の歌はとても心に響いたものだったけれど、今のエルマーナ皇女の気持ちでも、歌声を聞いてみたいと思った。

 お城が見えてくると、静かにヴァイオリンの音色が聞こえてきた。

 どうやらまだ練習をしているところだったらしい。


「ユーグリッド様」


 練習の邪魔をしては割から、静かに降りて聴いていようと思ったのだけれど、降り立つ前に、シャイナは僕たちに気がついて空を見上げて、わずかに眉を動かした。


「おはよう、シャイナ。朝から君のヴァイオリンを聴くことが出来て嬉しいよ。やっぱり丁度いい時間だったみたいだ」


 本心を告げたのだけれど、シャイナの人形のように硬質な視線は1点に注がれているようだった。


「そうですか。おふたりのデートの邪魔をしてしまったようで、申し訳ありません」


 デート?

 

「いっ、いやっ、デートじゃないよ! エルマーナ皇女が元気なさそうにしていたから、元気づけようと思って――」


「あら、デートではなかったのですね。私はてっきり――」


 僕が慌てていると、後ろからエルマーナ皇女がしゅんとしたように声をかけてきた。

 もしかして、エルマーナ皇女はあれをデートだと認識していたのか?

 デートって言ったら、もっとこう――とにかく、デートと呼べるようなものではなかった、と思う。


「馬に蹴られる趣味はないので、私はこれで失礼いたします」


「あっ、シャイナ、ちょっと――」


 僕が伸ばした手はシャイナに届かず、空を掴む。

 後ろからは、面白そうにしているような小さな笑い声が漏れ聞こえてきていた。


「すみません。シャイナ姫の反応が面白くてつい」


 もっとクールな方だと思っていましたけれど、随分と豊かな方ですのね、とエルマーナ皇女は微笑んでいた。


「片思いなんです」


 そう言うと、エルマーナ皇女は何故だか寂し気な笑みを浮かべられた。


「……そのようなこともないとは思いますが」


 いや、まあ、嫌われてはいないと思っているけれど。


「そろそろ朝食になると思います。参りましょう」


 エルマーナ皇女はそう言って、僕の前を歩き始められた。


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