ミクトラン帝国 23 朝のデート 3
教えるとはいっても。
「ええっと、メヌエットさん」
「は、はいっ!」
そわそわと落ち着かないのか、メヌエットさんは先程から、しきりに服装の乱れを気にして裾を引っ張っていたり、前髪を指にくるくると巻き付けたり、ナリアさんの方をはらはらとした面持ちでちらちらと窺っていたりしている。
おそらく、お姉さんの方が何か粗相を働かないかと心配なのだろうけれど、そんな状態では魔法の練習など出来ようはずもない。
「そのように畏まらないで、というのは無理かもしれませんが、こうして出会えたのも何かの縁でしょう。自分で言うのもなんですが、私としてもせっかくの機会を大切にしたいですし、人に教えることも技能の向上になると思っていますから」
とりあえず、この状況に慣れる――のは難しいかもしれないけれど、話くらいは聴いてもらえる状態にならなければ、どうしようもない。目の前の女の子が、ただ緊張して、あわあわとしているというのも、男としては見過ごせるはずもない。
「では、こういうのはどうでしょう。メヌエットさんもいずれは学院に通おうと思っていらっしゃいますか?」
エルヴィラと同じように、このミクトラン帝国の首都ヴェスレールにも学院はある。
細かな教育方針や、指導方法などの違いはあれど、学科ごとに教える内容や学院というそのものの制度というものはそう変わるものではないだろう。
「……それは通うことが出来たらとは思いますが」
メヌエットさんが顔を伏せて、しゅんとした雰囲気になってしまう。
まあ、学院側としても、教師にお給料を払わなければならないわけで、当然、無償で誰にでも、というようになるには、まだ時間がかかることだろう。
学院ではなく、例えば冒険者と呼ばれる職業に就く人たちが集まるギルドなんかでは、初心者のために戦闘方法などであれば教えてくれる訓練所などの機関であれば存在してはいるけれど、そこでは開花祭で僕達が見せたような、言ってしまえば、モンスターの討伐や、食料、あるいは医療用薬草の採取など、その他冒険者稼業においてあまり重要ではない魔法に関しては教わることは出来ないだろう。
ギルド側としても、冒険者に不運があっては経営にも支障が出るため、直接戦闘には関係がないと思われる、正確にいえば、優先度の低い魔法に関しては詳しく教えてくれたりはしないだろう。
一応、各種の魔法ごと、あるいはまとめられた魔導書なんかも販売されてはいるけれど、全部揃えようと思うと、それは膨大な額になり、とてもではないけれど、普通の家庭でおいそれと手に出せるようなものではない。
「学院では学費の後納だったり、有望であると認められた際には免除になる制度もありますから、とりあえず通っておくのは良いことだとは思います」
たしかに、金銭的に借りを作るというのは心情的に苦しいというのは分かる。
しかし、学院で教わる知識は、軽く目を通した感じだけでも、生きて行くために必要なことのようだったし、とりあえず知らなくては、何もすることは出来ない。
知ることが力だということは、常々、僕もお城でセキア先生や、その他の先生方に教えられている。
「本当にメヌエットさんが通うかどうかは別にして、今はとりあえず、私を先生――学院やギルドなどでも教えてくれるような係の人だと思ってください。それが仕事なのですから、どのような質問でも、もちろんプライベートはお答えできないことが多いと思いますが、何か聞いておきたいことはありませんか?」
メヌエットさんは顔を上げてはくれたけれど、口を開いたり閉じたりを繰り返していて、中々難しい様子だ。
いきなり、何か質問でもありますか、では、難しいというのもわかる。
「……そうですね、本来は魔法ごとに、結界だとか、付与だとか、移動だとか、先人の偉大な方々が分けられた名称だったりもあるのですが、重要なのはイメージすることと、その通りに魔力をコントロールすることです」
「イメージですか……?」
メヌエットさんがわずかに眉を顰める。
イメージするということは、誰かに言われるまでもなく、魔法師ならば誰でもしていることで、そもそも思い描けなければ、魔法が作用されることもない。
「今更私に言われるまでもないことでしょうが、明確なイメージというのが、より良く魔法を使う、あるいは使いこなすために大切なことです。例えば、昨夜のお祭りで私とシェリスが作り出したものの中でも、虹は実際に光を利用した魔法でしたが、波だったり、海だったりが実際にあの場にあったわけではないということは、ご理解いただけていますよね?」
ミクトラン帝国は海に面してはいないので、あの場所に波が起きたりするということはあり得ない。
つまり、僕達がみせた幻覚だったわけだけれど、それを作り出すためには、僕達がしっかりと、見ている方にも伝わるだけのイメージを持たなくてはならないという事だ。
「言葉でいうよりも実際にやってみた方が分かりやすいでしょう」
僕は手の中で水の球を作り出す。
これは空気中の水分を集めたもので、それがものを燃焼させる魔法よりも感覚的にとらえやすいと言われる所以でもある。
酸素を意識するよりも、雨を想像する方が、大抵の人にとってはやりやすいことだろう。
案の定、これは基礎と呼べるかすら怪しいレベルの事なので、メヌエットさんはすぐに同じ水球を出現させた。
「基本的には同じことですよ。ただ、昨日見せたような光の球というのは、光を感じることは普通でも、光を意識することがないため難しいのではないかと思っています」
物が見えているときに、一々光の反射と吸収で色を認識しているんだと考えている人は、いないとは言い切れないかもしれないけれど、極々少数だろう。
慣れれば簡単だけれど、初めては苦労するかもしれない。




