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ミクトラン帝国 22 朝のデート 2

 ◇ ◇ ◇



 朝もやの中、僕達は2人で城の外へと出かけることにした。

 もちろん、僕とエルマーナ皇女、そのままの恰好でというわけにはいかないので、ちょっとした変装をしている。

 つばの広い帽子の中に目立つ薄ピンクの髪を隠し、色付きの眼鏡をかけ、普通の町娘のような木綿のワンピースを着たエルマーナ皇女と一緒に、馬車は使わずに街中へと向かう。

 門衛の方には心配されたけれど、途中までは空を飛んで行くつもりだし、それほど長時間になる予定でもないから、おそらくそれほどの負担にはならないだろう。

 首都ヴェスレールの町並みは、開花祭のためにおしゃれに飾り付けられていた。

 エルマーナ皇女は、お城を出てからずっと、僕の腕にギュッとしがみついている。

 一応解決したとはいえ、昨日の今日だ。まだ不安に思う気持ちが強いのかもしれない。


「そのように不安がらないでください。今はまだ人もそれほど多いわけではありませんし、はぐれる心配はないと思いますよ。万が一にも何もないように、ぼ――私がお守りいたしますから」


 安心して貰えるように微笑みかけると、エルマーナ皇女は頬をカァァァァっと赤く染めて、僕の事をぼうっとした様子で見上げてきたのだけれど、すぐに慌てた様子でさっと俯いてしまった。

 多分、今回も暗部の方たちがついてきていらっしゃるのだとは思うけれど、僕が気を抜くわけにはいかない。

 朝早くだというのに、道端で占いをしている屋台や、玉投げや手品の練習をしていたり、屋台の掃除をしていたりと、賑やかというほどではないけれど、少なくとも、熱気が冷めていたりするような事にはなっていない。

 通りの向こうには、小さな女の子たちが2人、歌を歌っているところが見える。


「お上手ですね」


 僕がしゃがんで声をかけると、女の子たちは嬉しそうに顔をほころばせた。


「私の歌の良さがわかるなんて、あなた、良い耳してるわね」


「昨日の皇女様のお歌がとっても素敵だったから、大きくなったらあんな風に歌えるように練習してるの」


 斜め後ろをちらりと見ると、エルマーナ皇女はわずかに恥ずかしそうに、頬を赤くして、帽子を深くかぶり直しているところだった。

 その仕草が可愛らしくて、僕もつい頬をほころばせた。


「お兄さんたちはなにしてるの?」


 薄茶色の髪を腰の辺りまで伸ばしている、少しきつめの目をした女の子が、じっと僕達の事をのぞき込んでくる。

 別に気付かれても問題はないのだけれど、何となく気付かれてはならないような気がしてくる。

 その子の後ろにいる、同じ髪色の、こちらは肩よりも上で短く切り揃えている女の子が、こちらに気づいたようにハッとした表情になる。


「お姉ちゃん、この人……」


「そうだったわ! あなたたちに構っている暇じゃなかったのよ」


 その子はくるりと横を向くと、目を閉じて、片手を胸に当て、片手は大きく広げながら、歌い始めた。 昨日のステージでエルマーナ皇女が歌っていた歌だ。

 少女らしく高い音程で歌われるその歌は、朝の綺麗な空気の中で、心地よく響いてきた。

 

「ちょっと、メヌエット! 私が歌ったら頼むわねって言ったじゃない!」


 途中までその女の子は気持ちよさそうに歌っていたのだけれど、歌詞の途中で、歌うのを止めて振り返り、腰に手を当てていた。

 聞こえてきていた話によると、昨日、ステージで僕とシェリスがやったようなことを、お姉さんである彼女――ナリアさんが歌っている最中に、妹であるメヌエットさんが手伝うということにしていたらしい。


「せっかく観客もできたっていうのに」


 ナリアさんは、目をきらめかせて、野望――と本人は言っていた――を僕たちに聞かせてくれた。


「私たちもいつか、そう遠くない未来に、昨日のエルヴィラから来たっていう格好良い王子様と、お姫様がやっていたような、あんなステージをして、開花祭でも、なんでもいいからステージに立てたらいいなって話していたの! ねっ?」


「はっ、はい、そうなんです……」


 ナリアさんの方は変わらず元気いっぱいの話し方だったけれど、メヌエットさんの方は、初めの時よりも固くなっていたというか、妙にこちらを意識されているというか、視線も安定しないし、手をもじもじと動かしているようだ。


「どうしたの、メヌ。さっきから急に。観客が少しいるくらいでそんな風になってたら、到底ステージなんて立てないわよ」


 どうやら、メヌエットさんの方は僕たちに気付いた様子だったけれど、ナリアさんの方は気づいてはいないらしい。

 ナリアさんは「そうだわっ」と笑顔で振り向くと、


「ねえ、あなた達魔法は使えるの? 私は使えないんだけど、メヌは使えるのよ」


 魔法が使えるのなら、多少なりとも魔力を感知することは出来るわけで、僕達に魔法が使えるのかどうか尋ねる必要はないわけだけれど、魔法が使えないのだというナリアさんならば、そう尋ねるのも仕方がないのかもしれない。


「ええ。とはいえ、僕もまだまだ修行中の身ですが」


「ふーん。でも、メヌよりは上手そうよね? 昨日のステージ、あなた達も見たんでしょう?」


 見たというよりも、舞台で演じていました、なんて、この素直な、真っすぐな瞳の前では言い出すことは出来なかった。


「だったら、メヌに教えてあげてくれないかしら。メヌもきっと、1人でやるよりはいいと思うの。メヌも教えて貰った方が良いわよね?」


 話を振られて、妹のメヌエットさんの方は、明らかに焦っているというか、困っているような、どうしようといった顔を浮かべている。

 お姉ちゃんは気づいていないみたいだけど、教えた方が良いのかな? でも、お忍びとかだったらどうしよう。教えていた貰うなんて、そんなこと、何か問題になるんじゃ。

 そんなことを考えているということが見て取れる。


「私は構いませんよ。えっと――」


「私も構いませんよ。元々、ユー――貴方に誘っていただいたことですから」


 ナリアさんが気付いていないのならば、無理に気付かせる必要もない。というよりも、気付かないでいてくれた方が良い。

 デートの途中だった、と言えるのかどうかは怪しかったけれど、エルマーナ皇女の許可もいただけた。

 

「私はナリアさんの方を見ますから、メヌエットさんの方をお願いできますか?」


「ええっと――」


 教えること自体は歓迎することなんだけれど、離れた場所に行ってしまうのはどうかと。

 しかし、僕が告げる間もなく、エルマーナ皇女とナリアさんは離れていってしまった。


「ユーグリッド王子様。お姉ちゃ――姉がすみません」


 私の事はどうかお気になさらないで下さいと、ぎこちない動作で座って固まってしまったメヌエットさんからは、しかし、ちらちらと僕の方を窺うような視線を感じる。


「メヌエットさん。私の事でしたら構いませんので、せっかくこうして出会うことになったのも何かの縁です。丁度、私も訓練をしようと思っていたところですから、一緒に練習をいたしませんか?」


 出来るだけ優しく、無理強いするような感じにはならないように話しかけ、真っすぐに目を見つめながら、メヌエットさんへと手を差し出した。

 年齢的には、シャイナよりも少し幼い、9歳か10歳といったところだろうか。

 微笑みかけると、メヌエットさんは、しばらく戸惑った後、頬を薄くピンク色に染めながら


「……よろしくお願いします」


 と手を取ってくれた。


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