ミクトラン帝国 20 魔法のステージ 4
「こんばんわ。お集まりになった紳士並びに淑女の皆様」
そんな定番の挨拶から僕らのステージは始まった。
「そんな皆様は、すでに今までのステージで温まっていることでしょうし、今更、今回の舞台の説明や、僕のつまらないスピーチなど聞きたくもないでしょう。ですからこの場は、先程皆様を楽しませました、僕の可愛い妹へと譲ることにしましょう」
そう言って、シェリスにマイクを渡す。
どう考えたって、僕みたいな野郎よりも、シェリスのような美少女が笑顔で喋った方が盛り上がるに決まっている。
なぜなら、僕ら出番の前後が、シャイナとエルマーナ皇女の出番だからだ。
シェリスは呆れた様子ながらも、ちゃんと僕からマイクを受け取ってくれる。元々、シェリスに前半のマイクパフォーマンスは頼んであったので、そこからの語りも流れるように受け継がれた。
「ご紹介にあずかりました、ヘタレな兄の後始末を担当する、シェリス・フリューリンクです」
客席から、どっと笑い声が響いた。
シェリスは、時折僕へと会話を振りながら、会場の沸く話し方をしている。
本能的に、もちろんそれだけではなく、今までの生活――あるいは人生と言っても良いのかもしれない――で得た経験だったりもするのだろうけれど、どうすれば皆が自分の方へと注目するのか知っているのだ。
時折、僕へも話が振られながら、集まった人たちを飽きさせるような反応をさせることなく、流れるように舞台は移り変わってゆく。
僕とシェリスの小競り合いのような、仲良い兄妹喧嘩のような、しかし本当はただじゃれ合っているだけのような、そんな雰囲気から始まったステージは、気がつけば、僕とシェリスが互いに協力しながら作り上げている光景へと塗り替えられている。
光の階段を互いに手を繋ぎ合って駆け上がり、輝く扉を潜り抜けたり、まばゆく光る大きな翼で客席の上までもを、光の粒子をまき散らしながら飛び回ったり、はじけるように果物――言うまでもなく、幻術の魔法で作り出されているもので、実体はない――が飛び出したり、シェリスがハート――こちらも果物と同様――を振りまきながらウィンクをして、投げキッスまでかますと、会場中の、おそらくはほとんどのすべての男性が、まさに大地が震えるような歓声を轟かせていた。
「今度は何だ?」
「背後に海と、迫って来る波に乗ったイルカが見えるぞ! 幻覚とわかっているのに、ここまで迫力があるとは」
「こんな夜中なのに、いや、夜中だからか、広がるオーロラがはっきりと見えるぜ……」
「しっ! 黙って!」
「綺麗ね……」
初めは大きく沸いていた客席は、舞台が進むにつれて、奇妙な静けさに包まれ始めた。
しかし、それは決して、飽きられたとか、つまらなかったとか、見るに堪えないなどという事ではなく、僕達のステージに見入ってくれているのだと、会場の熱気が伝えてくれている。
こんな風に他人に見せるための魔法なんて披露した記憶はほとんどないし、集まってくださった皆様が満足してくださるか心配だったけれど、どうやら成果は上々のようだ。
もちろん、そんなことシェリスには絶対に言えないけれど。
そんなことを言えば、一笑に付されるか、憐れみをはらんだ目で見られるか、どちらかだろう。
もしかしたら、セラシオーヌ様のような笑顔で見つめてくるかもしれない。
「これ、シャイナやエルマーナ皇女とも一緒に、歌ったり、踊ったり、楽器を演奏しながらだったら、もっと盛り上げられたかもしれないわね」
指を鳴らして夜空に架かる虹を作り出しながら、シェリスが僕にそんな展望を語る。
現実的には、練習する場所や時間なんかを考えた場合、それはほとんど不可能だとは思うけれど、とても楽しそうではある。
確かにシェリスとクリストフ様が今回、即興で場を繋いでくれたりもしていたけれど、きっと2人ともその出来栄えに満足はしていないのだろう。もちろん、はたから見れば素晴らしい舞台であったことには変わりがないけれど。
「じゃあ、僕の結婚式ではそうしようか。もちろん、来年以降、あるいは今年中でも、今回みたいに頼まれる機会があれば試してみてもいいかもしれないけれど」
「そうね。兄様が本当にシャイナと結婚するようなことがあれば、その時の出し物には、私たちが披露してあげてもいいわよ」
シェリスは全然僕の方を見ないままに、笑顔で客席に手を振っている。
完全にどうでもいいことだと思っているらしい。
花火が上がり、大きな音ともにはじける気配がして、一瞬、僕達のステージに影が落ちる。
「兄様」
「分かっているよ」
名残惜しいけれど、そろそろ僕たちの出番は終わりに近い。
まあ、体力的にも、魔力的にも、結構限界も近かったので、舞台の上で倒れてしまうというような無様を晒さずにすんで、一安心といったところか。
最後は、春の花色の髪のお姫様に任せよう。
シェリスと僕は、腕を高く上げて、指を鳴らす。
「どうしたんだ? 照明が落ちたぞ」
「トラブルか?」
「いいえ、違うわ。見て!」
照明はわざと落とした。
それと同時に、代わりに僕達の衣装が七色に輝きだす。
月と星の明かりだけに照らされる中で、僕達は、宙で、あるいは舞台上で、くるくると舞い続け、やがて静かにステージ中央に降り立つと、人差し指で天を突きながら、合わせるように片手をあげた。
魔法の明かりが再び僕らの姿を照らし出すと、客席からは割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
「ちゃんと温めておいたでしょう」
舞台袖へと戻ってくると、シェリスが得意げな顔でエルマーナ皇女へと引き継ぎの声をかける。
「僕たちは所詮、前座に過ぎませんから」
実際、ここへ集まった方の目的は、エルマーナ皇女の歌声を聴くことだ。
「ええ、ありがとうございます」
エルマーナ皇女は、僕達の挑戦的ともいえる言葉を受けても、変わらずに微笑まれた。
「それから、前座などということはございません。シャイナ姫も、ユーグリッド様も、シェリス姫も、皆さん、とても素敵でした」
「ユーグリッド様……?」
「……」
エルマーナ皇女が褒めてくれたというのに、シェリスとシャイナの眉がわずかにピクリと動いた気がした。
今、そんなに反応するような事が何かあった?
「ふふっ。では行って参りますね」
なんだか不思議な笑みを残しつつ、エルマーナ皇女はステージへと向かった。
「兄様。やっぱりナンパしてたんじゃない」
「してないって! あの時は本当にただ助けただけだから! そんな余裕もなかったし……って、何で蹴るの!」
シェリスにはあらぬ誤解で蹴られるし、シャイナに至っては、なぜかツンとそっぽを向かれてしまうし。
一体、僕が何をしたというのだろう。
「シェリス姫、それに姉様。エルマーナ皇女の歌声を聞き逃してしまいますよ」
クリストフ様が間に入ってくださって、僕達はようやく落ち着いてエルマーナ皇女の舞台を、特等席から見物させて貰った。
その歌声からは、先の事件の不安や怯えなど全く感じられず、歌姫という形容がまさにぴったりで、 星の瞬く夜空へと吸い込まれそうなほどにどこまでも響いているようだった。




