ミクトラン帝国 18 魔法のステージ 2
「……はぁ、お兄様。見とれているのは分かるけれど、せっかく女の子――女性がドレスアップしたのだから、まずは褒めなくちゃだめよ」
シェリスに言われるまでもなく、僕はシャイナとエルマーナ皇女が着替えを終えて出てきたら、真っ先に褒めるつもりでいた。
エルマーナ皇女の衣装は、ひだまり色の、フリルとリボンが幾重にも重なっているひらひらとしたドレスで、むき出しの白い肩がまぶしい。
ふわふわのピンクの髪には、薔薇をかたどった真っ赤なコサージュと、白いフリルのヘッドドレス、そして虹のような光沢のある薄いヴェールを被っている。
「とてもよくお似合いですよ、エルマーナ姫。こちらのミクトラン帝国は、生憎と海に面してはおられませんけれど、伝説に謳われるような、物語に出てくる人魚姫の歌声が聞こえてきそうです」
実際には、物語に出てくる海底にあるらしい海の国の人魚姫の歌声は、人を惑わし、漁船を難破させるための歌だったという事だけれど、そうでなくとも、十分に見に来てくださっている方を惑わせてしまいそうな衣装だ。
「貴女の魅力的なお姿を拝見できることはとても光栄ですが、時間も時間ですし、この後にはまだ、シャイナと、それから僕の出番があります。風邪をひいたりなさらないよう、しっかりと温めていてくださいね」
僕は収納してあった、どちらかといえば冬に使用することが多いようなわりと厚めのマントを取り出すと、そっとエルマーナ皇女の肩から羽織らせた。
「今はこのようなものしかありませんが、女性がお身体を冷やすようなことはなさってはいけませんよ」
「あっ、ありがとうございます……」
エルマーナ皇女は、頬を染めながら胸の前辺りでぎゅっとマントを巻き込むように握りしめると、縁のファーに顔を埋められたまま、消え入りそうな声でお礼をおっしゃられた。
そしてシャイナには、どうしても確かめておかなくてはいけないことがある。
「――えっと、シャイナ。本当にその衣装で出るの?」
「どこかおかしかったでしょうか?」
シャイナは手にヴァイオリンを持ったまま、くるりとその場で1回転した。
「いや、どこもおかしくない。すごく可愛いけど……」
何というか、はっきり言って、目のやり場にすごく困る。
シャイナの衣装は、紺を主体とした、白いフリルが縁をかたどっているドレスなのだけれど、それは良いとしよう。
いつものティアラではなく、青いリボンと白いフリルのヘッドドレスも、とても素敵だ。
首に巻かれた黒いチョーカーには、小さな翡翠の装飾がいくつか施されている。
そこまでは良い。
問題は、ドレスの方で。
「何で、その、そんなに丈が短いというか、ちょっと――はっきり言って、露出が多すぎじゃない?」
ドレスの後ろ側は長く、少し地面を引きずるくらいの長さだというのに、前面は、真っ白な太ももが惜しげもなく晒されていて、もう、何というか、色々と見えそうでヤバイ。いや、見えたりはしないんだけれど、逆にそれが、こう、掻き立てるというか。
それに、シャイナの胸元は相変わらずなんだけれど、本当にギリギリまで下げられているようで、さっきシャイナが1回転したときも、ずり落ちたりしやしないだろうかと、内心ではとてもハラハラしていた。僕がするのも変なのかもしれないけれど。
というか、シャイナも、年頃の女の子なんだから、もう少しこう、自分がどう見られているかというのを意識して欲しい。それに関しては、僕に原因の一端がないとも言い切れはしないけれど。
「そうでしょうか? お母さまはとても素敵だとおっしゃってくださいましたし、それに――」
シャイナが上目遣い気味に僕の顔を覗き込んでくる。
うぅ、近い。
普段ならば歓迎するんだけれど、今は本番を控えているわけで、意識的になのか、それとも意識せずにやっているのか、はたまたファラリッサ様からの教えなのかは分からないけれど、理性が追い付かなくなりそうだ。
「お兄様はあれだから、シャイナのその姿を他の、特に男性に見せたくないとでも思っているんでしょう」
シェリスが呆れたように溜息をついている。
その通りなんだけれど、兄のそんな情けないところを本人にばらさないで欲しかったよ。
このまま、シャイナを連れてお城に戻ってしまいたかったけれど、もちろん、そんなことが出来るはずもない。
「い、いや、そんなことはないよ……多分」
「自分の気持ちなのに多分ってどういう事なの?」
シェリスは本気で僕に呆れているらしく、口調も普段のものに戻っている。
どうせ、シェリスには僕の気持ちなんてお見通しだからだろうけれど。
「兄様。ここで兄様が何と言っても、結局シャイナは演奏するんだから、この衣装で。あんまり女々しいと愛想をつかされるわよ」
ここで僕がシャイナを引き留めることは出来ない。
そんなことは十分すぎるほどによく分かっているし、これから先も、何度だって、シャイナが素敵で綺麗な、そして可愛らしい格好で、大勢の人の前に出ることはある。
「兄様。お母様が何ておっしゃっていたか忘れたの?」
シェリスがそっと耳打ちしてくる。
「もちろん、忘れてないよ。シャイナがどれほど素敵な女の子、女性になろうとも、僕の方がもっとずっと輝いて、シャイナがこっちを向かずにはいられないようになればいいんでしょう」
「兄様にはその自信がなくなっちゃったの?」
そんなことはない。
でもシャイナの前ではいつだって不安がある。
「ユーグリッド様」
この状況で、シャイナの方から声をかけてきてくれるとは思っていなかったので、僕は恐る恐る振り向こうとした。
しかし、シェリスに思い切り身体を回されて、即座にシャイナを顔を合わせることになった。
シャイナの宝石のように綺麗な紫の瞳は、真っすぐに僕の事をのぞき込んできていた。
「こちらで私の演奏をしっかりとお聴きになっていらしてくださいね」
それからシャイナは僕の手を取って、そっと自分の顔の前まで持ち上げると、目を瞑り、柔らかく微笑んだ。
「では、行って参ります」
びっくりした。
シャイナの表情からはまるで、これからキスでもされるのかと思った。
まだ僕の心臓は早鐘を打っている。
しかし不思議と、落ち着いていないというわけではなくなっていた。
「兄様。シャイナに振り回されっぱなしじゃなくて、もっとしゃっきりしてよね」
「……善処します」
でも、きっとこれからも、僕はシャイナの一挙一動に振り回されるだろう。
それは嫌な気持ちにはならなかったし、むしろ嬉しいとも感じている。
決してそういう趣味というわけではないのだけれど。
「……やっぱり素敵ね」
シャイナの演奏に耳を傾けるシェリスは、わずかにではあったけれど、どこか悔しそうでもあった。
「そうだね。僕達も負けられないね」
「ええ」
客席が大きな拍手に包まれる中、僕とシェリスは互いに見つめ、頷き合った。




