ミクトラン帝国 10 僕らが向かうべき場所
僕とシェリスとシャイナが、先程到着されて、少し遅れて姿を見せられたヴィレンス公子とも一緒になって、城の中庭でリハーサルを行っていると、メイドの方が昼食の支度が整いましたと呼びに来てくださった。
「昼食だと……?」
ヴィレンス公子がそう呟いて、眉をひそめて、何事か考え込むように顎に手を当てる。
少し気になったので、僕も一応時刻を確認したけれど、特に早すぎたり、遅すぎたりすることもなく、昨日とほとんど同じ時刻であり、別段不思議がるとか、疑問に思うことはないように思えた。
なので、僕達には特に関係のないこと、おそらくは没頭し過ぎて時間を忘れていたとか、あるいはトルメリア公国の方が住ませた朝食の時刻からそれほど経っていないだとか、そんなような理由なのだろうとぼんやりと考えていた。
食室へ行くと、すでにモンドゥム皇帝陛下とフェアリーチェ王妃は席についていらした。
「おや? エルマーナは貴殿らと一緒ではなかったのか?」
モンドゥム皇帝陛下は意外そうな顔をしていらした。
今回はどうやら演技ではないらしい。
「エルマーナ皇女の事は私は昨日からお見受けしていません」
僕がそう答え、シェリスとシャイナ、クリストフ様へ視線を向けても、3人とも同じように首を横に振っていた。
「すまないが、エルマーナを呼んで来てはくれぬか」
モンドゥム陛下が姿勢よく並んでいらっしゃるメイドさんに声を掛けられる。
「恐れながら申し上げます、モンドゥム様。私どもが先程エルマーナ様の寝室へお声をかけに行かれたところ、すでに姫様はその部屋にはいらっしゃいませんでした。私どもも、姫様の行動を、それもお城の中で、逐一確認しているわけではございませんから」
直後、モンドゥム様が、失礼、と立ち上がられて、魔法を使われたのが分かった。
先日の内緒話の時にも使用された、探索探知の魔法だ。
ただし、あの時とは範囲が違ったようだけれど。
そして、今回はあの時と同じような余裕が見られない。
「……今朝から昨夜までの間で、最後にエルマーナの事を観たのが自分だという確証を得ている者は?」
僕とシェリス、シャイナとクリストフ様、それにヴィレンス公子が、互いに顔を見合わせた。
僕が最後にエルマーナ皇女と顔を合わせたのは、昨夜一緒に遊んでいた時が最後だ。僕は男性なので、当然シェリスたち女性陣とは一緒には寝ることが出来ない。
唯一、ヴィレンス公子だけが確信の得ているような、しかし訝しんでいるような、そんな表情を浮かべていた。
「失礼致します。一言申し上げてもよろしいでしょうか?」
ヴィレンス公子が席についたまま片手をぴしっと上げる。
「私達は今朝、先程到着したばかりではありますが、すでに白いドレスへと着替えていらしたエルマーナ皇女が、ぱたぱたと走って外へ向かっているのを確認いたしました。残念ながら、他にどなたかが一緒だということはありませんでしたが」
僕たちは顔を見合わせた。
どうやら、ヴィレンス公子を除く全員が即座に同じ結論に至ったようで、僕達の様子を見たヴィレンス公子も何事か悟られた様子だった。
僕とシャイナが同時に席から立ち上がる。
すでに、のんびりと朝食を済ませている暇はない。
「お兄様、私も――」
僕が何をしようとしているのか悟ったらしいシェリスがそう声をかけてくる。
「だめだ、シェリス。たしかに人手は欲しいけれど、僕達が2人とも、もっと言えば今いる4人とも、エルマーナ皇女を探しに出かけるのは悪手だ」
相手の狙いはおそらくだが、エルマーナ皇女の命ではなく、今回の開花祭を潰すことだと思われるので、最悪、僕達が全員でエルマーナ皇女を連れ戻しに出かけてしまって、予想以上に時間がかかってしまい、そもそも開式すら出来ないという事態に陥ることは避けたい。
いや、最悪というならばむしろ――僕は浮かんだ考えをすぐに棄却した。
「この時間にエルマーナ皇女が理由もなくお見えにならないはずがありません。数日一緒に過ごさせていただいただけではありますが、そのような方にはお見受けできませんでした。つまり、昼過ぎという、確実に昼食が執り行われるであろう時間帯に姿を見せられないという理由が存在するという事であり、それはエルマーナ皇女が何らかの事態に巻き込まれている可能性が高いという事です。おそらく、城の内部に協力者――ここでの協力者とは、当然、相手方の一味という意味ですが――の存在があり、手紙か何かで外へと呼び出されたのでしょう」
シャイナが告げた内容には、僕も全く賛成だった。
数日前にお会いしたばかりだけれど、誰にも、何も告げずにいなくなるような、そんな無責任な方には見えなかった。
つまり、誰にも告げずに出てゆく必要があった、あるいはそう決断するように迫られていた。
考えられる可能性のうち、最もありそうなのは、手紙で、何らかの致命的な事実により、呼び出され、御自身の足で歩いて出て行かれたという事だ。
この国のお世継ぎとなるかもしれないお方、それも女性の方が、例えば顔を赤らめられながら、絶対についてこないでくださいなどと言いつつ、隠蔽などの魔法などを駆使されながら出かけられては、いかにこのお城を守っていらっしゃる騎士の方であろうとも、追跡は困難だろう。
それはもちろん、この帝国の騎士および兵士の方に留まらず、エルヴィラやアルデンシアに所属している騎士や魔法師の方であっても同じことだ。
「モンドゥム皇帝陛下。1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
僕が何を言い出すのか、すでに察知されていたらしく、モンドゥム皇帝陛下は、僕が次の言葉を紡ぐよりも先に口を開かれた。
「おそらく止めても聞いては貰えぬのだろう。分かった。もしもの場合には、開花祭に関しては、こちらで何とでもして見せよう。エルマーナの事、よろしく頼む」
それから、シャイナの事を説得しようと思ったけれど、シャイナの表情を見て、諦めた。
ここで時間をとられている暇は全くない。
「御心配には及びません、ユーグリッド様。私も自分の身体くらいは自分で守ることは出来ますので。人数は多い方がよろしいかと」
「……出来るだけ僕の側を離れないで。信じていないわけではないけれど、分かってくれるよね?」
シェリスとクリストフ様、そしてヴィレンス公子の身は、モンドゥム皇帝陛下以下、このお城にいらっしゃる方が保障してくださることだろう。
この状況下で、他国の姫であるシャイナまで拐されてしまうような事態は避けたい。
自国の姫だけでも相当に問題だけれど、他国からの賓客であるシャイナ(やシェリス、そしてヴィレンス公子やクリストフ様)まで誘拐されたとなっては、おそらくは首謀者である反体制派をさらに活気づけることにもなる。
「お兄様。お気をつけて」
失礼とは思ったけれど、とにかく時間が惜しい。
僕とシャイナは、食室を退出すると、最も近くにあった窓を開け放ち、驚きのあまりに声を失ったメイドさんを尻目に、揃って飛び出した。




