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ミクトラン帝国 9 開花祭当日の朝、何でもないひと時

 ◇ ◇ ◇



 結局、開花祭の前日になっても、僕は何も情報を得られずにいた。

 というのも、あの日以降、昼間は開花祭のための準備を怠るわけにいかず、夜には公爵家だとか、お城で開かれるパーティーにも出席しなくてはならず、とても夜中に、皆が寝静まった後に出かけられるような体力が残っていなかったからだ。

 エルヴィラ、アルデンシア、ミクトランの騎士団の方も、国同士、あるいは個人間で思うところが全くないということはなかったのだろうけれど、とりあえず見た目上は協力して警備やらに当たっていた。

 騎士団の皆さんに言われるまでもなく、流石の僕も自分の役目のある祭りの前日は自重しようと思っている。僕はエルヴィラを代表して招かれているのだし、進行の方々とも打ち合わせなどしなくてはならないことはたくさんある。

 僕とシェリスが出るのは演目の最後で、その1つ前にはシャイナがヴァイオリンを演奏する。

 僕たちの出番まではまだ十分に時間があるのだけれど、開祭式で歌われるエルマーナ皇女の出番まではもう1日もない。

 1人で、お城で焦っていても仕方がないとわかってはいるのだけれど、どうしても気になってしまう。


「お兄様。そのように焦っていても仕方がありませんよ」


 一緒に庭での練習に付き合ってくれているシェリスが落ち着いた口調で窘めてくる。これでは、どちらが兄で妹なのか分かったものではない。いや、身長とか、色々、実際には僕の方が兄だと一目でわかる要素はたくさんあるだろうけれど。

 そのシェリスの周りには、丸だとか、四角だとか、星の形をしていたりする、きらきらとした光を帯びた、というよりも光そのものが浮かんでいる。

 それらはシェリスが作り出しているもので、夜中近くになるだろう僕らが舞台に立つ時間にはきっと素敵に見えることだろう。ただ光を照らすだけならば、魔法師ならば誰だって出来ることだけれど、そのあたりは演出によっても変わって来るし、それにはもちろん魔法師としての実力がどの程度なのかという事も重要になってくるため、誰もが同じようにできるかと言われれば、そうとは言い切れないものでもある。

 僕たちは、大陸でも最も歴史ある、魔法の研究においてもおそらくは最も進められている、エルヴィラ王国の代表として相応しい舞台を執り行う必要がある。

 もちろん、観客の皆さんに楽しんで貰うためには、僕たち自身も楽しまなくては出来ないだろう。 

 反体制派の動向は気になるけれど、それで舞台を疎かにしていては意味がない。

 しかし、そのことと、注意警戒をしないことというのは必ずしも一致しないのでは、とも思っている。

 だから泣き言など言っていられない。

 今夜は前夜祭で盛り上がるらしい。

 お祭りにシャイナを誘って出かけたいのは山々だけれど、騎士団の皆さんは巡回に出られていて、その上さらに気を割かなければならないようなことは避けたい。もちろん、そんなことを言えば、気にしないで下さいと言われるのが目に見えているので、わざわざ報告したりはしないけれど。

 僕やシェリスと同じように、シャイナもお城の庭に出てきていて、ほんのわずかだけれど、疲れたような顔をしながら、椅子に座っていた。


「シャイナ。少し疲れているようだけれど、どうしたの?」


 声をかけると、シャイナは立ち上がり、何でもありませんと、再び手に持っていたヴァイオリンを構えた。

 どうやら急かしたか、無理をさせてしまったらしい。


「ごめん。疲れているなら無理をせずに休んでいた方が――」


「ありがとうございます、ユーグリッド様。ですが私は大丈夫です。そのように思われるのでしたら、もう少し、ヴィレンス様との衝突を避けていただけると助かるのですが」


 そう言われてしまうと言葉もない。

 開花祭にはもちろん、トルメリア公国やオーリック公国の方も招かれている。

 オーリック公国のヴィンヴェル大公はすでにご結婚なさっていて、お世継ぎこそ生まれてはいらっしゃらないものの、王妃様でいらっしゃるミーリス様とご一緒に仲睦まじい姿を見せてくださっていた。


「僕としては、ヴィレンス様とそれほど衝突しているつもりはないんだけれどね」


 そう言うと、シャイナにはため息をつかれてしまった。

 ただちょっと、睨み合ったり、言い争ったり、けん制し合ったり、張り合ったりしただけだ。


「シャイナ。お兄様がヴィレンス公子と言い争ったりしなくなる魔法の言葉を教えてあげましょうか?」


 シェリスが何やら企んでいるような、とても楽しそうな顔でシャイナにそっと耳打ちする。

 いや、いいんだけどさ。そういうのは本人がいないところでやってくれないかな。そうした方が僕の嬉しさも増すというのに。

 まあ、基本的に僕は、シャイナに関しては、単純だと思っているので、どのような経過をたどろうとも、シャイナに言われたなら嬉しくなるとは思うけれどね。シェリスがわざわざ教える程の台詞なんだし。

 もっとも、シャイナのことだから、どんな台詞だろうと、特に照れたりもせず――演技でない限りは――淡々というのだろうけれど。

 と、思っていたのだけれど。

 いつもと変わらない表情でいたシャイナの顔は、シェリスが耳に口を寄せた直後に、カァァァァっと赤く染まるという、珍しい変化をした。

 ドレスを両手でぎゅっと握りこんで、俯きがちに下を向いたシャイナは、大変失礼ながら、今まで見てきた中で、1番可愛いと思った。


「そのようなこと、口に出すことは出来ません」


 シャイナはさっと辺りを見回して、僕達以外には会話を聞いている人がいないことを確認したにもかかわらず、シェリスにそう宣言すると、僕の事をキッと睨んで、また頬を赤く染めて、そのあとくるりと背を向けて、歩き去ってしまった。


「……シェリス、シャイナに何て教えたの?」


 シェリスは僕の方へと振り返ると、面白がっていることを隠そうともせず、目を細めた。


「教えてあげても良いけれど、兄様はそれを本当に私の口から聞きたいと思っているの?」


 私はそれで嬉しいけれど、とシェリスは可愛らしく舌を出した。

 一体、何を吹き込んだんだろう。

 シェリスの事だから、悪いことではないとは思うけれど、物凄く気になる。


「きっといつか聞かせてくれるわよ。シャイナも兄様の事――いえ、これは私から言うべきではないわね」


 シェリスは一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた後、楽しそうにそう微笑んで、シャイナが隠れている柱の後ろを見つめていた。

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