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ミクトラン帝国 8 夜の調査 3

 しかし、顔もはっきりと見えていない夜の闇に紛れた相手を追跡するのは、いくら探索や探知の魔法があるとはいえ、困難だった。

 名前どころか顔すらはっきり見えないのでは、そもそも誰を探知するべきなのかがわからない。探知や探索系の魔法も、万能性を秘めてはいるけれど、万能というわけではないのだ。

 

「――追いかけられそうですか?」


 僕の邪魔にならないためだろうか、今まで影に徹されて、居酒屋の外で待機されていた騎士団の方に声をかけた。


「はっ。現在、隊の数名が後を追いかけましたが、御存知の通り、今宵の街は御覧の状況です。我々には魔法を扱うことが出来ませんので、善処はするでしょうが、撒かれる可能性は高いかと」


 じゃあ、続きは暗部の方に任せるしかないという事かな。

 随分と調子に乗って出かけてきた割には、ほとんど何の収穫も得られずに帰ることになると。

 自分の無能さ加減に思わずため息をついてしまい、慌てて訂正する。これではまるで、騎士団の皆さんに対して落胆しているみたいだ。


「すみません。皆さんに思うところがあるわけでは決してないのです。ただ、自分の不甲斐なさにほとほと呆れていたといいますか」


 今いらしてくださっている騎士団の構成員は、エルヴィラ、アルデンシア、ミクトランの混合部隊だ。

 もちろん、お城の警護もあるから全員というわけではないけれど、僕のためを思ってついてきてくださったことには本当に感謝している。

 それだというのに。

 しかし、僕が落胆してばかりもいられない。

 僕がいくら気にしないで下さいとお願いしたところで、彼らが全く気にしないということはあり得ない。

 彼らの主として――厳密には全員というわけではなかったけれど――情けない姿は見せられない。

 ならば、少なくとも今は何も被害が出ていないわけだし、落ち込んでいるよりも、起こるかもしれない事態に備えるように頭を切り替えてゆくべきだ。

 この夜間の調査を決行した目的は果たせなかったけれど、明日が本番なのだ。いつまでも今日のことを気にしてばかりはいられない。

 明日に備えるという意味でも、今日のところはさっさと帰って身体を休めよう。


「申し訳ありません。今日のところは全くの徒労に終わらせてしまいました。弁解のしようもありません。しかし、僕達が警戒しているという情報を相手に与え、あちらの行動を多少は抑制できたのかとは思います。残りは本番当日のみとなってしまいましたが、明日も協力していただけますか?」


「いえ、それは出来ません」


 ミクトランの方からも、アルデンシアの方からも、そしてエルヴィラの皆さんからも間髪入れずに揃った返事が聞こえる。

 まあ、そうか。

 今回は完全に失敗してしまったからな。

 僕に協力できないというのも納得の行く答えだ。

 しかし、その理由は、僕が考えていたものとは少し、いや大分異なるものだった。


「ユーグリッド殿下。御身は明日の開花祭本番では、重要な任を帯びていらっしゃいます。殿下はそちらに集中なさっていてください」


「こちらに関しては我々が必ず対処いたしますので」


「殿下のお力からすれば、頼りなく思われるやもしれぬ我々ですが、最善を尽くすことをお約束致します」


 頼りないなどとは、わずかにも思ったことはない。

 それよりも、せっかくのお祭りだというのに、彼らにも楽しむための時間を提供できなかったことが悔やまれる。

 そんな僕の心を見透かしたように、またも口を揃えられた。


「殿下。我々に対して何か思われる必要は全くございません。我々の全ては姫様、そして若様のために存在しているのです」


「殿下、そして、若様、姫様、両陛下の心の安寧こそ、我らの報酬でございます」


「ご自身に関してはもちろんのこと、国民の安全こそが心の平穏に直結するとおっしゃるのでしたら、必ず我々が守り抜いて見せましょう」


 本当に頼もしい人たちだ。

 彼らに対して、情けない姿は見せられない。

 それに、僕が堂々としていれば、少なくともシェリスと、もしかしたらシャイナやエルマーナ皇女殿下も、多少は緊張を解すための手伝いくらいは出来るかもしれない。

 僕は心からの謝辞を告げた。

 

「それから、これは頼みたいことなのですが、今日この後も、僕はシェリスたちを心配させないためにもお城の方へ戻らなくてはなりませんが、皆さんはまだ調査を続けられるおつもりなのでしょう?」


 目の前の全員の首が縦に振られる。


「結果報告ではなく、経過報告で構いません。出来るだけ逐一、僕の方へ連絡をするようにしては貰えませんか?」


 彼らの力を信用していないわけではない。

 今回の調査もそうだけれど、万が一という事態に備えるためだ。

 より詳しい情報があれば、それだけ正しく対処することが出来る。


「承知いたしました」


 彼らもそのことは分かっているだろうに、何も言わずに頷いてくれる。本当にありがたい。


「ありがとうございます。では、先程も申し上げた通り、僕は1度お城へ戻るつもりですが……」


「承知いたしました。おい、殿下を城まで護衛いたせ。残りの者は散開。各自情報を収集し、早期の、開会式の前には殿下と姫様方にご報告できるように、いや、必ずご報告申し上げるのだ」


 僕は1人でも大丈夫ですと言っても聞き入れては貰えないだろう。

 それは、僕がシェリスやシャイナに、1人で大丈夫ですと言われても護衛を外すことがないのと同じ理由だろう。

 まあ、護衛といっても、帰りは人数も少数なので、この程度であれば、全員で空を飛ぶことも不可能ではない。

 僕は周囲を囲う球状の障壁を展開して、僕と、護衛に来てくださるという騎士団の方を一遍に包み込むと、そのまま飛行の魔法を使用して、出てきた時とは倍どころではない速度でお城まで帰還した。

 もちろん、ずっと自室で寝ていましたと誤魔化せるように、テラスから僕が借りている部屋へと戻る。


「あら、お兄様。お帰りなさい」


 しかし、どうも今晩は上手くいかないことばかりらしい。


「ただいま、シェリス。それにシャイナとエルマーナ皇女殿下。もう夜も遅いけれど、夜更かしは美容の大敵だとかって、早く寝るようにしていなかったっけ、シェリス?」


「お気遣いありがとうございます。しかし、ユーグリッド様。今の時刻はそれほど夜中というわけではございません」


「すみません、お義兄さん。僕の力では姉様たちを止められませんでした」


 シャイナ達の後ろでは、クリストフ様が正座させられていた。

 特に頼んでいたわけではないけれど、どうやら誤魔化そうとしてくれていたみたいだった。


「……まあ、どうせお兄様には何を言っても無駄なのは分かっているけれど、せめて連絡はしてくださいね」


 でも、シェリスたちはお風呂に入っていたんじゃないのという僕の反論は、当然のように聞いては貰えなかった。

 しかし、入浴中の女性に声をかけるなんて、結婚もしていないのに、そんな恥知らずなことが出来るはずもない。


「罰としてお兄様には私たちが眠くなるまで遊びに付き合って貰うからね」


 それは罰にはならないのでは、なんてことはもちろん指摘しない。

 僕はシェリスとシャイナとエルマーナ皇女殿下が満足するまで、カードやら、双六やら、その他の遊びに付き合った。

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