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ミクトラン帝国 6 夜の調査

 エルマーナ皇女を傷つけさせるつもりがないということは、エルマーナ皇女の近くにいれば僕たちの安全も同様に保証されることになる。

 しかしそれは、開花祭が完全に無事に終わるという事とイコールではない。

 身の安全は保障されていても、不安な気持ちまでを完全に拭い去ることは出来ないだろう。それは、自身の事のみにかかわらず、守ってくださっている騎士団の皆さんの事を案じられるに違いないからだ。

 だからといって、ミクトラン帝国の皆さんが楽しみにしていらっしゃる開花祭を、ましてや中止になどさせられるはずはない。それこそ相手の思うつぼだ。

 モンドゥム様の言葉は信じられる。しかし、自分で確認しないままでいるということも、また、僕には出来なかった。

 ミクトラン帝国の帝城へ戻り、揃って夕食をいただいた後、シェリスやシャイナ、それにエルマーナ皇女が一緒に湯浴みに出かけたタイミングを見計らい、僕はお城を抜け出すことにした。


「ユーグリッド様」


 しかし、そう物事は上手くゆかず、敷地すら出ないうちに巡回の担当の騎士の方たちに見つかってしまった。


「このような時間に、お1人でどちらへ向かわれるのですか?」


 どうしよう。

 本当の事を言えば、絶対についてくると言われる。

 出来れば隠密に行動したいから、人数は少ない、本当ならば1人で出かけたいところだったのだけれど。

 しかし、ここで適当なことを言えば、シェリスたちには絶対にばれてしまうし。

 いっその事、本当の事を話して協力して貰おうか。


「昼間、ひそかに僕たちの警護についていらしていた方たちはどこにいらっしゃるのか、御存知ですか?」


「暗部の者たちですね」


 ミクトラン帝国の国章の入ったプレートを付けている騎士の方が教えてくれた話によれば、そういう部隊がミクトラン帝国の城にはあるのだという。聞いた話から推測するに、エルヴィラの王宮で言えは諜報部のようなものだろうか。

 しかし、暗部って、なんだか言い方が物騒なんだけれど。

 少し視線が鋭くなってしまったようで、慌てた様子で訂正される。


「いえ、そのように物騒などということはありません。ただ少し他人に漏らすことのできない仕事だった理、禁則事項で話せない内容が多かったり、言えない都合があったりするだけでして」


 それを物騒と言わずに何というのだろう。

 こちらの騎士の皆さんは、いたって真面目に答えてくださったのだろうけれど、残念ながら僕には全くその実情がわからなかった。

 もっとも、他国の人間に、それもより中枢に近いというか、そのものというか、とにかく、僕に話せないというのは納得の事だったけれど。自国の防衛機構の核心を他国の人間に簡単に話すようでは、少なくとも宮仕えは務まらないだろう。


「それで、暗部の者たちにどのようなご用件でしょうか?」


 エルヴィラの騎士団ではない方たちの視線が鋭くなる。中にはそれとなく腰の辺りに手を伸ばされた方もいる。

 普通、暗部でも、諜報部でも、どのような名称だろうとかまわないのだけれど、そういった部署への用事などろくでもないことの方が多いだろうからね。

 対応して臨戦態勢を取ろうとしたエルヴィラの騎士団の皆さんを手で制する。

 今ここで無駄に諍いを起こしている場合ではない。


「皆さんもすでに情報は共有されていらっしゃることと思いますが、昼間の件で確認しておきたいことがいくつか」


 僕としては、知りたいことを教えて貰えるのなら、誰が相手であってもかまわない。

 より詳しい話が聞けたらとは思っているけれど、性質上、彼らと共有されていない情報があるとは思えない。

 案の定ご存じだったようで、教えてしまってもよいのだろうかと思案していらっしゃるように、構えを解いて、皆さんが顔を見合わせられる。


「その話は、少なからず僕やシェリス、それにシャイナやクリストフ様にも関係するかもしれないことなのですよね? あなた方、ミクトラン帝国ではどのように言われているのかは存じませんが、エルヴィラの王宮では、知らない方が良い情報というものはほとんど存在しない、知らずにいることの方が知っているよりもはるかに危険だと教わってきました」


 もちろん、内緒話とか、そういった事とは全く別の話だけれど。

 僕もシェリスやシャイナに隠し事をしているわけだけれど、本当に彼女たちが教えてほしいと望むのならば教えるつもりだ。そんなことを話すのは格好悪いから黙っていようというのは、僕の勝手な格好つけだけれど。

 

「その理屈だと、シャイナやシェリスがこの話を聞いて一緒に行くと言い出したら連れて行かなきゃいけないかなとも思っているから、2人が出てこられないだろうタイミングで出てきたんだけれどね」


 だから時間がないんだと、せっつく。


「……承知いたしました。我々も姫殿下を――本来はユーグリッド様もですが――危険に晒すわけには参りません。我々はすでに情報を得ておりますから、今から出ようと思っていたところですので、一緒に、決して離れぬよう付いてきてくださいますか」


 ここで1人で行くと言っても、無駄なことは分かっていたし、時間もない。

 僕は、それで構いませんと頷いた。


「承知いたしました。おい。お前たちはこのことをメイドの皆様にお知らせしろ。決して姫様方、そしてクリストフアルデンシア第1王子様をお城から出さぬよう、目を離さないように伝えるのだ」


 メイドの皆様か。

 まあ、分かっていたことだけれど、エルヴィラの騎士団の皆さんはメイドの皆さんに頭が上がらないらしい。

 どうでもいいことだったけれど、僕はふとそんなことを考えた。

 それはともかく。


「では殿下、参りましょう」


 その前に言っておくべきことがある。


「エルヴィラの騎士団の皆さんは良いのですが、アルデンシアとミクトランの騎士団の皆さんは構わないのですか? 僕が一時的にでもあなた方の上に立つことになってしまって」


 騎士団の皆さんは、エルヴィラではそうなのだけれど、君主、うちの場合は父様に、絶対の主としての忠誠を捧げると誓約の言葉を述べている。

 友情とは違うかもしれないけれど、信頼と忠節でつながっている。

 だから僕も彼らの事は信頼しているし、剣技や武術の稽古を通しても、友情に似た関係は築くことが出来ているのではないかと思ってもいる。

 おそらくは、アルデンシアでも同じような儀式は行っているのだろう。メギド様に対して。

 そんな彼らに対して、僕が、という思いがある。

 このように迷っている主がいては、エルヴィラの騎士団の皆さんにも影響するかもしれない。

 しかし。


「構いません。ユーグリッド様と共に行動すること、特に今回の事案に関しては、エルマーナ姫様、そしてもちろん、シェリス様、シャイナ様、クリストフ様の安寧にもつながることですので。そのような気遣いは無用でございます。どうぞ、我らの事も、御自身の剣としてお考え下さい」


「ありがとうございます」


 お城の警備にあたられる方を残して、僕達は夜の帝国街へと繰り出した。

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